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「栄光の架け橋」に自分をかさねて…。

東京オリンピックが始まった!
昨日、出社の際に車のラジオから流れてきたのは、この曲だ。

栄光の架け橋  :ゆず

誰にも見せない泪(なみだ)があった
人知れず流した泪があった
決して平らな道ではなかった
けれど確かに歩んで来た道だ
あの時想い描いた夢の途中に今も
何度も何度もあきらめかけた夢の途中
いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
   栄光の架橋へと…  

ご存知、2004アテネオリンピックのテーマソングだ。いろんな感動のシーンの度に、このフレーズが頭をよぎるのではなかろうか。実は、僕もその一人だ。今でも、NHKアナウンサーが発した「栄光への架け橋だ!」は、記憶に新しいところだ。

ところがこの曲に、意外なボクの発見、感動があったのだ。
最近、着物ネタが多かったので、その話をさせていただく。

32歳になる長男(健互)が中学時代、剣道をやっていた。中学3年となると、いろんな思い出がいっぱいだ。親子共々汗し、涙し、悔しい思いをして、中体連が終った。一次会は父兄と子どもとの「ねぎらいの会」、そして二次会は、お馴染みのスナックで、先生と父兄だけの宴となった。
思い出話に花が咲く人、カラオケを歌う人、それぞれのゆかしい時間だ。その際に、剣道の顧問の山城先生が、送別会で歌われた曲がこの曲だ。

最初は、「先生が歌うから聞いておこう♪」などという気持ちで何気なく聞いていたが、二番になって、先生の声が少し詰まるではないか。よくよく聞いてみれば、とってもいい曲だ。僕の琴線も揺るんだ。 

早速、家族(カミさん、長男/中3、長女/中1、僕)でカラオケボックスに行って、この曲を歌ってみた。 

もう駄目だと全てが嫌になって
逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの
支えの中で歩いて来た
悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある
さあ行こう 振り返らず走り出せばいい
希望に満ちた空へ…

僕は着物屋(3代目)、斜陽産業だ。銀行から融資も受けながら上手くいかない時が多かった。逃げたかった。夜中目を覚ますと眠れない。酒に逃げ、なかば人生にあきらめがあった。
しかし、家族やお客様・仕入先の支えがあるから何とか今日までやってこれた。僕の気持ちを代弁してくれているようで、歌いながら涙がどんどんあふれてきた。

その後も、家族でカラオケに行くたびに熱唱した。「よく泣く父ちゃんが、また泣きよる!」と、特に娘からからかわれていたが、やはり、何回歌っても涙が出てくる。「思い出せば、、、」からの所は、カミさんに歌ってもらい口ずさむことが増えてきた。

子どもが剣道をやってくれていたおかげで、ボクにとっても金メダルと同じ価値のある、心に染みわたる生涯の名曲と出会えた。
一年以上ぶりに、カラオケボックスにも行きたくなった。

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