『マザー・スノー』優希んち②
優希は2階の自室で上着のジャケットをハンガーにかけ、カバンをベッドに放り投げた。
そして履いていたタイトなデニムジーンズを脱ぎ捨て、それを小学生から使っている勉強机の椅子にかけ、ゆったりした高校ジャージのズボンに履き替えた。
「高校のジャージは一生モノ」だと誰かが言っていたが、まさにそれである。
少々雑に洗っても全く傷まない。
優希は階段を駆け下りるが、下から五段目だけをそろ〜りと踏み、また駆け下りた。
先程うごめいて見えた五段目の木目は、今はピクリともしない。
その後秒速で手洗いとうがいを済ませてから、リビングの食卓に着座した。
今日の献立はビーフステーキと、ご飯と味噌汁。付け合せにはキャベツの千切りである。
(・・・さあ!喰うぞ!!)
前述した通り、美栄子の焼くステーキは靴底の如く固い。気合いを入れて食さないとアゴを外すのだ。
「ユキちゃーん、今日ね?パート終わりに買い物してたらさぁ、、まゆみちゃんって覚えてる?そのお母さんに、バッタリ!」
「ああ〜。幼稚園の、フガ、年少さん時の、さくら組の?フガフガ」
靴底ステーキをフガフガ噛みながら優希は答えた。
「そう!それでね?まゆみちゃん今大学4年生でもうじき卒業なのにね?ま〜だ就職先が決まらないままなんだってー!」
フライパンを洗いながら、あからさまに少し嬉しそうな声で美栄子は言った。
「(娘がフリーターやからってムッチャ嬉しそうやん。)…フガ。まぁ、、今は就職難っていうよね〜。仕方ないよ〜。」
パカパカケータイが主流だったこの時代、大学生でも中々就職が決まらず何十社と落ち続けた学生もいたのだ。
(あ、そういえば。この前ステーキ肉を買って来た時も、確かスーパーで知り合いに出くわしていたよな…。)
そう美栄子はその名の通り、大の見栄っ張り。
知り合いの目があったら、安物買いをすることが出来ない性分なのだ。
加えて美栄子からは「買い物依存症」の傾向が見られる。
まず冷蔵庫の中身を確認することがないから、同じ食材を次々買い足しては下にあるものをよく腐らしている。
その上家計管理が大の苦手ではあるが、面倒臭がって家計簿を一切付けたがらず、必要のないものを次々購入し、毎月の生活費がいくらあっても足りない。
足りない分をクレジットカードで補っていたら、どんどんどんどん積み重なってその金額は今200万円近くになっている。
しかし見栄っ張りなのは何も美栄子に限った話ではない。
ソファーに寝そべりながらテレビに夢中の夫、友春も妻に負けず劣らずだ。
友人の多い友春は、友の前だとやたら気前が良い。
飲みに行く度に最後は「俺が出す!」と、ほぼ毎回自らババを引きに行く。
そして案の定クレジットカードで払っていって、その借金はこれまた200万円近く。
負債金額を夫婦で競っている始末である。
友春と美栄子。
2人の名を合わせると「友に見栄を張る」である。
「混ぜるな危険」という事だったのかもしれない。
しかし、2人が混ぜ合わされたから優希が生まれてこれたのだ。
優希は以前どこかで「バカは一生クレジットカードを持つな。」という言葉を聞いた覚えがあった。
自分にもこの2人の血が流れていることを自覚しているから、彼女は「クレカだけは一生持たない!!」と固く心に決めているのだった。
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