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物語「死にたい魚」

魚は死にたかった。

父はサメに食われ、母は人間に連れていかれてしまった。だけれどそれが死にたい理由ではなかった。 泳いでも泳いでもどこへ辿り着くわけでもない、この魚という生き方に希望を見いだせないでいることが死にたい魚の心に大きな穴を空けたのだった。

だがある時、とある魚に話しかけられた。

「良いこと教えてやるよ。月はな、実は天国への入り口なんだとよ。お前だから教えたんだ。誰にも秘密だぜ」

それを聞いた死にたい魚はそれから目を輝かせて月を目指して泳いだ。とにかく泳いだ。どうやって月に行けるかなんて考えることもなく。ただ月を見つめて泳ぎ続けたのだ。

あそこへ行けば天国へ行ける。苦しまず死ねるのかもしれない。

そんな希望が死にたい魚の心に煌々と光り、ただ死にたいと思っていた頃とは違う魚のように泳ぎ続けた。辿り着けない場所なんて思いもせず、辿り着くために泳いだ。

そして月日が過ぎ、死にたい魚は老いぼれてしまった。

瞼は重くなり、泳ぐスピードものろのろで。でも心は今でも輝いていた。月に行けば天国へ行ける。きっと両親にも会えるだろう。

だから死にたい魚は泳ぎ続けた。瞼が閉じて永遠の眠りが始まり、その夢の中で月に辿り着くまで。
懸命に懸命に泳ぎ続けた。努力は報われたのだ。
だけれど死にたい魚が月に辿り着いただなんてどの魚も知らない。
死にたい魚に意地悪で話しかけたあの魚ですら。
誰も知らないのだ。

死にたい魚がしあわせに死んだ話など。


 おわり



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