小説読書感想文『不撓不屈』 高杉良

 久々に小説を読んでみようと思い、なんとなしに手にとったのがこの本です。とったって、Kindleですけど。この小説を選んだ理由は、「税理士」の有名な「冤罪事件」をモチーフとした小説だったからです。税理士法人に勤めて約3年、そろそろ税理士登録もしようと考えている西村公宏ですが、その前に、税理士のこわさ恐ろしさの面も知っておかなくてはいけないと思い、この本を選びました。また、弊法人がこの小説の主人公・飯塚毅先生の影響を強く受けているからというのもあります。自利利他・担雪埋井等、とても心に染み入る言葉です。そんなわけで、結構なボリュームのある本でしたが、一ヶ月かけて読み終えたので、感想文をば。

フィクション?ノンフィクション?小説?ルポタージュ?

 そんなわけで久々に選んだこの小説なのですが、読んでみたら、かなり異質・異色な内容でかなりビックリです。この小説は、「飯塚事件」と呼ばれる、国税による弾圧的な税務調査と、冤罪事件をモチーフにした小説といわれているのですが、中身を読んでみてビックリ。

全部、実名で書かれているのです。悪役側の人も含め。

日本の刑法には「名誉棄損罪」と呼ばれる犯罪があって、他者を公表する文章で悪く書くというのはリスクがあるんですよね。この犯罪は、事実を書いたとしても罪に問われる可能性があるので、名誉を傷つけられたと言われると色々と面倒に巻き込まれやすいですからね。出版時点で多くの「悪役」が鬼籍に入っていたからというのもあるかもしれませんが、これは筆者の「真実」を伝えたいという強い思いがあったのかもしれません。
 あと、驚くのが小説内に出てくる様々な「引用」です。裏取りしてないので間違っているかもしれませんが、おそらく実際の裁判記録や国会での議事録等がたくさん出てきます。特に、終盤の国会議員が飯塚事件を巡り当時の国税庁長官を詰問する場面では、ひたすらひたすら議事録の「引用」です。こんなん普通のまっとうな小説ならば、作者が脚色を込めて一番アツく面白くドラマティックに書くもんです。それが、ひたすらに「引用」。その議事録自体も確かに面白いのですが、正直言って小説の体をなしておりません。もはや、ルポタージュの域です。
 でも。この作品は「ノンフィクション」とも「ルポタージュ」ともどこにも書かれていないんですよね。最近、文春文庫から文庫本が出たようなのですが、そこでも「実名経済小説」と書かれているだけです。なお、私は角川文庫の文庫本を読んだのですが、文末に普通ある「あとがき」も「解説」もありませんでした。この微妙なボカし具合は、色々と考えられているんだろうなと勝手に思っておりました。

飯塚先生の最後のおもいがこもっている?

 この小説は、メインは先述した飯塚事件がメインテーマなのですが、途中突然に、飯塚先生の半生のエピソードが突然ぶっこまれます。飯塚先生の「不撓不屈」の精神の基礎となっているエピソードなので大事だとは思いますが、それがまた長い。とにかく長い。そして、ぶっちゃけ言うと俺SUGEEE系です。普通の娯楽経済小説を期待して読んでいたら、ここで脱落するでしょう。また、飯塚事件がメインテーマといいつつ、飯塚事件が終わってもこの小説は終わらないんですよね。最後はTKC設立の経緯や、息子へのTKCの禅譲のエピソードが書かれていたりするんです。これも、単なる勧善懲悪な娯楽経済小説を読みたい人からすれば、完全に蛇足です。
 この小説を書いているのは、多数のヒット経済小説を書かれている高杉良先生なので、「引用」乱発やメインテーマから外れたエピソード山盛りみたいなことを普通はしないと思うんですよね。なのに、なぜこんなつくりにしたのか。
 ここからは私の推論。おそらく、飯塚毅先生がかなり手を入れていると思われます。中盤以降の「引用」まみれの文章を読んでまず思ったのが、「監査調書みたい」です。自らが考える真実に虚偽が含まれていないことを客観的に証明するかの如く書き方になっているんですよね。FACTベースってやつ。こういうの、いかにも専門家ちっくな文章です。飯塚先生の影を感じます。
 また、この小説が一番最初に世に出たのが2002年。最初は新潮社から出ております。一方で飯塚先生がお亡くなりになられたのが2004年。生前に出来されているんですよね。なので、飯塚先生がこの小説にかなり「意思」を詰め込まれた可能性は十分にあると思われます。

単なる勧善懲悪ものではない。税理士の「独立性」とは。

 と、長々とこの小説の異質性を色々と取り上げてきましたが、ようやくこの小説の感想に入ります。まず思ったのは、税理士になる前にこの小説を読んで良かったということ。税理士ってとても責任の重い仕事なんだということを強く感じざるを得なかったです。専門家としての振舞い方を少しでも間違うと、自分自身、そして多くの人の人生を狂わせてしまうんだということを、強い真実味をもって文章からひしひしと伝わってきました。
 税理士とは言うまでもなく「税金」に関する専門家ですが、この「税金」って、私たち国民と政府との利害対立がとても激しい分野なんですよね。誰だってお金は大切ですから。個人も会社も政府も、お金を増やす・守ることに必死なのです。その利害対立の最前線が「税金」。この利害対立をバチバチやっている最前線の専門家が、税理士なのです。税理士が重責なのは、よく考えてみれば当然の帰結でした。
 ただ、その利害調整をするにあたって、ふと思うことがあるわけです。

「税理士は誰の味方?」
 
 普通に考えれば、クライアントの味方ですよね。お金をもらっているんですから。飯塚先生も当初はそのようなお考えでした。小説の最初の頃は、いかに重税から中小企業を守り、どうやれば納税額を少なくすることが出来るか、それを一番大事にされていると、小説でも書かれていました。その発想で言うと、税の徴収者たる税務署など税務当局は当然に敵です。税務当局は時に不条理なことを言うことがあるのですが、飯塚先生は序盤でそんな役人を理詰めでバシバシと斬り捨てていきます。この辺りは、痛快さがあるのですが、そんなことをすると、当然に税務当局側は気分を害しますよね。その結果として生じたのが、「飯塚事件」なのだと描かれております。
 で、そんな大蔵省のエリート役人どもを「飯塚事件」でも返り討ちにしてはいスッキリ!となると、完全に池井戸潤先生の小説っぽくなるのですが、この『不撓不屈』ではそういったオチになっておりません。逮捕された職員4名全員の無罪は勝ち取っていますし、事件当時の国税庁長官は依願退職しているのですが、一番の黒幕とされている人物は罰せられることなく出世し、最後は証券局長にまでなっています。あと、この黒幕の上司も、その後国会議員になっています。とある首相のお父様でありお子様でもあります。また、「飯塚事件」で飯塚先生は甚大な経済的ダメージを負ったのですが、国家賠償請求はされなかったんですよね。訴えれば、かなり多額の賠償も見込めたかもしれないのに。明らかに一歩引いています。
そして、最後の章になると、税理士法の改正に関して、その後の国税庁長官福田幸弘氏とにこやかに対談したりしてます。明らかに「飯塚事件」を機に飯塚先生の考え方が変わっているのです。
 そこで鍵になるのが、最後の章で描かれている税理士法改正のエピソードです。飯塚先生は、現在の税理士法第1条の文言に強い影響力を与えたといわれています。具体的な文言は、以下の通りです。

(税理士の使命)
第一条 税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそつて、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。

この中の「独立した公正な立場」という言葉がカギです。公認会計士試験の勉強をされたことがある人だと、監査論の最初に学ぶのが「独立性」なのですが、まさにこの発想が税理士の使命にも含まれているんですよね。よくよく考えてみると、かなり驚きです。独立するってことは、クライアントに寄り添いすぎてもダメって事ですからね。
 そこには、飯塚事件での反省が強く生きているように思われます。つまり、国税は敵ではないってことです。クライアントからも国税からも独立した、信仰納税制度を支える専門家である必要があるのです。そのため、国税の立場も理解し、国税の主張もちゃんと勘案する気持ちも持たないといけないというお考えに飯塚先生は至られたんだと思われます。だから、飯塚事件以降、無用な国税との喧嘩はなさらなくなったんだと思われます。これも一種の「自利利他」ですよね。

まとめ:税理士、税理士を目指している人は必読の書!

 とっっっっても長くなってしまいましたが、結論を言いますと、

  ・分かりやすい経済娯楽小説ではありません。
   そこに期待すると、最後までとても読めません。
  ・実質、「飯塚事件」と「飯塚毅先生」に関するルポです。
   そう考えて読むと、かなり丁寧に仔細まで書かれていて面白い!
  ・税理士の責任の重さを強く感じさせる一冊。税理士は必読!

といった感じです。
税理士(法人)の社会的使命を実例をもってよく知ることができ、本当に良かったです。もっともっともっと緊張感をもって真剣に頭を使って仕事をしなければ、独立公正な専門家になれないなと強く感じました。もっともっと頑張ろう。

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