小説読書感想文『鉄の骨』

鉄の骨、つまりはマンション等の建造物の鉄骨のことです。
この小説は、公共土木工事の談合を題材にしているのですが実は小説の中に『鉄の骨』という言葉は一度しか出てきません。
最終章の最後の最後、以下の文章の中に出てくるだけ。

いま平太の前で新しい建物が次第にその輪郭を現そうとしている。鉄の骨が組まれ、コンクリートが打設される。なにもなかったところにひとつの建造物が構築されていく、その過程は美しく気高い。大げさではなく、人間の力と想像力の結晶だ。

この「平太」とは、この小説の中で奔走する主人公。
その彼が建設現場を観ての感想なのが上記文章なのですが、そこにだけ『鉄の骨』という言葉が登場します。
ここから、この文章の文脈における『鉄の骨』が、作者池井戸潤さんがこの小説を通して伝えたい想いがこもっているような気がしてなりません。

小説の舞台は、中堅のゼネコン企業である一松組。この企業の若手社員である冨島平太が、「談合課」と揶揄される業務課に配属になる所から話が始まります。
平太は、社会人としては経験不足で未熟だけど、建設業に携わるものとしての信念をしかと持つ青年として描かれています。そんな純粋な青年が、談合というゼネコン業界の悪慣習を前に悩み苦しみつつも、一度は「必要悪」として受け入れていく様が描かれているのが前半です。その過程から、何故頻繁にゼネコンでの談合が検察に摘発されているにも関わらず無くならないのかが語られていて、すっと頭に入ります。経済小説は、こういう感じで経済事象を理解していけるのが醍醐味の1つで、この『鉄の骨』もこの点で丁寧かつ具体的に書かれているように感じられました。勉強になります。
で、物語は半沢直樹を彷彿とさせる池井戸潤さんらしい、勧善懲悪・大逆転・ハッピーエンドな感じです。
よく言えば、読みやすくて読後感がスッキリ、悪く言えばベタベタで展開が読みやすい感じです。
登場人物も、ドラマのセオリー通りな感じなキャスティングで、分かりやすい。ザ・大衆小説って感じです。

主人公の平太は終始、様々な登場人物の計略に翻弄され未熟な若手社員らしく右往左往していき、自己の信念についても揺らぐ時があります。でも、どれだけ追い込まれても、彼は自分の「筋」を通し、時には業界の大物にも意見を述べていきます。それが青臭くも魅力的に感じました。いかなる理由や不条理があっての必要悪があったとしても、原理原則を忘れてしまってはダメですからね。鉄筋なきコンクリートは、見た目はちゃんとしているようでも、脆くて衝撃があると崩れてしまうものですからね。

あと、談合に関する平太の格闘の裏ストーリーとして、平太の恋愛話もあったりします。こっちもめちゃめちゃベタな展開で、分かりやすすぎるほど分かりやすい展開と結末です。ただ、この裏ストーリーが表のストーリーとシンクロしている部分があり、表ストーリーの展開の理解を促進させる効果があるように感じました。

最後に、小説内で好きな登場人物のセリフをいくつかご紹介。

>たとえ見かけは平凡でも、施主さんにとってその建物にはやはり夢があるんだと思います。(中略)たしかに、子供の頃の私が見上げた高層ビルとは違うでしょうが、そこに誰かの、なんらかの夢があることには変わりないと思います。

>役人だって談合を利用してるんだ。談合がなくなって困るのは、実のところ役人のほうじゃねえか。

>どんな理由だろうと関係ない。(中略)お前はここにいて、その若さで業務課の仕事に就いた。いま仕事がまるでわからないのは実力のせいじゃない。経験がないからだ。なんでここにいるかなんて青臭い存在論を語る暇があるんなら、このチャンスを生かすことを考えな。

>人間っていうのはな、目上の前では性格を隠す。だが、お前のような年若を前にするとついつい人柄を出してしまう。それが奴らの本性なのさ。

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