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米国連邦議会、社会保障関連法案(Build Back Better法案)の審議状況について。

バイデン政権は連邦議会の上下両院における民主党マジョリティーの状況を最大限に生かし、民主党政策の集大成とも言うべきBuild Back Better法案をクリスマス前に可決し、その上で民主党各議員は地元への年末休暇の凱旋を行う、そのように筆者は考えていた。しかし、どうもそうはならないようだ。

法案は既に11月に下院で可決され上院に送られていたが、審議は継続し年明けに持ち越される様相を呈してきた。目下の最大の障壁は、ウエストバージニア州選出の民主党上院議員ジョー・マンチン氏が現状のままの法案賛成に強く難色を示していることだ。

 Build Back Better法案は、もともと総額3.5兆ドルの予算規模で民主党が単独で起案を進めていたが、マンチン氏の要請でその半分の規模の1.75兆ドルまで圧縮させられた経緯がある。それを反映させて、民主党下院は3.5兆ドルで組まれていた予算を1.75兆ドルに組み直して採決を行い、民主党多数で可決し上院に送付したのが現在の法案の状況だ。

 民主党急進左派が強い力を持つ現在の下院においては、できるだけ幅広い世帯に手厚く補償給付が行き渡るように法案を設計する傾向がある。したがって、下院民主党は1.75兆ドルに半減された予算規模でも広く給付可能となるように、予算額が大きな項目については毎回の給付規模は維持しながら給付期間を短縮して組み直しを行った。そうすることで全体の予算が縮小されても大枠では収まるようにした。

 その際に最も大きく修正を行ったのが、Child Tax Credit(児童税額控除)の取り扱いだ。この項目は、もともと今年3月にバイデン大統領が署名して成立したコロナ禍からの経済回復を目的としたアメリカン・レスキュー・プラン法の中で今年末までの時限的措置として含まれていたものを、Build Back Better 法案でも引き続き延長する想定で設けられた。当初の総額3.5兆ドル規模での法案設計時には、これを2024年まで延長する建て付けで計上したが、総額を1.75兆ドルに半減させるに際して、1年間の延長への期間短縮をした。

 ところがマンチン議員は、この修正は受け入れられないとして、法案から児童税額控除を全て削除するか、あるいは児童税額控除を法案に含めるのであれば、規模を大幅に縮小したうえで期間を1年ではなく10年とするように言いだした。これに対し下院民主党は、児童税額控除を削除することを拒否、1年の期間で法案に含めた現状のままで上院で採決するようにマンチン議員に迫った。

 法案はBudget Reconciliationとして審議を行っているので、上院では単純マジョリティーがあれば可決させることができ、したがって民主党単独での採決で可決させることができる。しかし、法案から児童税額控除を切り離すと、その部分は個別の単独法案として審議することが必要となり、上院で可決させるには単独過半数ではなく60票の賛成票が必要となる。現状では共和党からの賛成は期待できないため、可決させることは実際には不可能だ。だからこそ、下院民主党は切り離しに反対してきた。

 マンチン議員という立ちはだかる壁は大きく、法案の審議は完全に行き詰まったと言って良いだろう。ワシントン時間12月16日(木曜日)夜にバイデン大統領は声明を発表し、マンチン議員の主張を受け入れる形で法案を修正する方針を表明した。具体的には、来週以降も引き続き協議を続け、修正案が合意出来次第議会採決に入る意向を表明している。

 しかし、マンチン議員の要求を反映させる法案の修正は困難を極めるであろう。マンチン議員の主張する児童税額控除を10年の期間にするには支給規模の大幅な縮小が必要であるため、下院民主党からの反発がかなり大きなものになるに違いないからだ。

 さらに懸念されるのが、アメリカにおけるインフレの進行である。12月12日付の世論調査機関イプソスの調査によるとアメリカ国民の69%が、バイデン政権のインフレ対応施策を評価しないとの結果だ。こうした中で、更に民主党内の対立で法案審議の立ち往生が続けば、バイデン政権のリーダーシップの欠如としてアメリカ国民の目に映る可能性が高い。

 バイデン大統領の支持率は年初以来50%台半ばを維持していたが、アフガニスタン撤退の失敗を受けて40%台に急降下しその後横ばいとなっている。11月にインフラ法案の可決などで若干上向きに転じているものの、現在は43%と来年の中間選挙を戦うには不十分な状況だ。インフレの進行が止まらなければ、いよいよ先行きは明るくない。したがって、この環境下でさらに法案が立ち往生する状態で年越しをするのは大きな政治的リスクがあると言わざるを得ない。

 当のマンチン議員であるが、氏の地元であるウエストバージニアは特に近年レッドステート化が進行しており、マンチン議員はバイデン政権にブレーキをかけることで地元での人気がかえって上昇するという奇妙な状態にある。本人は前回2018年の選挙で再選されているので、既に次の選挙となる2024年を見据えているはずだ。恐らく来年の中間選挙の結果を見て、場合によっては2024年は共和党に鞍替えして選挙を戦うこともオプションとして考えているに違いない。

 議員立法により政治が行われるアメリカにおいて、もともと上院議員一人一人が持つ権限は極めて大きなものがある。その上、現状の上院は民主党50/共和党50の議席構成に民主党副大統領がタイブレークとして追加の1票を加えるという僅差のマジョリティーなため、仮に民主党上院議員1人が拒否権をちらつかせると、とてつもない権限が生じる構造となっている。そうした上院の特質を最大限に利用しているのが、マンチン上院議員とアリゾナ州選出の民主党シネマ上院議員だ。特にマンチン議員の今回の法案の駆け引きにおいては、大統領を上回る権限を手にした状態が生じていると言って良いだろう。

 上院の特殊要素に揺さぶられる中、バイデン政権にとってこの法案を成立させることが中間選挙前の国内政治における最大の山場となってきたと言えよう。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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