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米国社会保障関連法案(Build Back Better法案)、マンチン上院議員の反対表明とバイデン政権に与える影響。

ワシントン時間本日12月19日、FOXテレビの日曜朝の番組に出演した民主党上院議員ジョー・マンチン氏がBuild Back Better法案を支持しない旨を公式に表明した。上院で審議中であった本法案を可決させるためには、上院民主党のすべての賛成票が必要であるため、マンチン議員のこの反対表明は本法案を事実上廃案に追い込む極めて重大な出来事だ。

 連邦議会上下両院が丁度先週末の金曜日に年末年始の散会に入り、議会関係者のほとんどが地元に帰省した間隙を縫ってのテレビ電波での意見表明は、すべての議会関係者にとって正に寝耳に水であり、ホワイトハウスと議会民主党関係者はこのマンチン議員の行動を騙し討ちと取ったに違いない。

 マンチン議員は民主党員としてバイデン大統領を一貫して支持しているが、個別政策については度々政権運営に水を差す行動を取ってきた。Build Back Better法案に対しても終始後ろ向きであったが、一旦は、民主党内でマンチン議員の意向を全面的に反映させる形で、法案の予算規模を3.5兆ドルから1.75兆ドルに半減させることで調整がついたかのように見えた。

 ところが、11月にバイデン政権がインフラ法案を成立させた直後からBuild Back Better法案に対するマンチン氏の態度が再び硬化してきた。年内の法案成立を目指していたバイデン大統領は、マンチン氏との個別交渉に踏み切り、先週の議会散会直前に両者は今後の進め方に合意をしたとホワイトハウスは声明を出していた。その矢先でのマンチン氏の法案不支持表明である。

 全米メディアでは、マンチン氏が豹変した背景事情についての報道はまだないが、氏の最大の資金協力者であるケン・ランゴーネ氏の意向に沿う形で、マンチン氏が急遽テレビ出演をして法案不支持を電波上で表明するに至った、そのように筆者は考えている。

 ランゴーネ氏は、ウォールストリートの著名投資家でホームデポの共同創業者として知られる人物だ。従来は共和党の大口資金協力者として名を馳せてきたが、トランプ色の強まった共和党に嫌気がさし、民主党ながら中道色の強いマンチン氏を強く支援するようになったと言われている。

 ランゴーネ氏の思想は、バイデン政権が掲げる社会の分断を止め融和を目指す方向性を支持するが、民主党内で進む社会保障の拡充への動きには強い抵抗感があるというものだ。その根底にあるのは、社会保障制度の拡充がもたらす富の再配分としての富裕層への増税の回避だ。

 もともと企業経営者や資本家は伝統的に共和党を支持し、企業や富裕層への減税や自由な経済活動のための規制緩和といった政策を進めるようにロビイングを行ってきた。ところがトランプ政権の誕生により、共和党の支持者のコア層がティーパーティー運動を中心とするミドルクラスやエヴァンゲリッシュ教会右派へ移り、党の方向性が資本家や企業経営者の利益と必ずしも一致しなくなってきた。そこで、共和党だけではなく民主党の議員でも資本家の利益優遇になびく議員がいれば、なりふり構わず一本釣りするランゴーネ氏のような資本家が現れてきたのだ。

 11月に入りマンチン氏の態度が変化した時期と一致するように、ランゴーネ氏はマンチン氏のための政治資金調達活動を更に強化する意向表明をした。アメリカでは目下進行するインフレが最大の社会問題となる中、将来の財政負担増が懸念されるBuild Back Better法案を諦めさせるのには格好のチャンスだとランゴーネ氏が考えたに違いない。そして、それを実行するには上院の議場での議論よりもテレビの電波でキャスティングボードを握るマンチン氏に意見表明させた方が手っ取り早いと考えたのであろう。

 しかし、この手法は冷静に考えれば本来議場で行うべき議論を経ないという点で明らかに非民主的な行為だ。 更に注意すべきなことは、ランゴーネ氏は資金協力者であっても、マンチン氏が代表するウエストバージニア州の有権者ですらないことだ。上院議員という立場を鑑みれば、議会プロセスに反する要求に対しては本来ノーというべきであろう。

 マンチン上院議員は、2018年の選挙での再選組であり次回の選挙は2024年の為、来年の中間選挙の洗礼を受ける必要がない。そうした立場をフルに利用して、ランゴーネ氏の意向を優先する形でこの不意打ちとも言えるテレビ出演を行ったのだろうが、民主党内からは大きな反発を受けるのは間違いない。

 窮地に立たされたバイデン政権だが、マンチン議員が反対する中で状況を打開するには、民主党単独ではなく共和党の上院議員からも法案への賛成を得るしかない。今期で退任を表明している共和党上院議員が5名いるので、そうしたリスクフリーな立場の議員の支援を仰ぐか、あるいはミット・ロムニー氏のような共和党上院議員ながらトランプ氏と大幅に距離を置く大物議員と超党派による法案採択の道を模索するかであろう。しかしながら、現状では双方のチョイスとも極度に難しい情勢だと言わざるを得ない。

 仮にBuild Back Better法案が廃案になった場合は、バイデン政権は政治的に壊滅的な打撃を受けることになる。コロナ後の社会復興の基本政策の集大成でもあるこの法案は、民主党内を中道から左派急進派まで幅広い団結の元にまとめ上げられてきたものであり、廃案とともに民主党はバラバラに空中分解してしまうだろう。そして法案のもう一つの要である脱炭素及び再生可能エネルギー投資も全て中止することを意味する。パリ協定の目標を大きく毀損することになり、国際的にも道義的にも重大な問題を引き起こすことになる。

 今回のマンチン議員の民主主義的プロセスを度外視した行動は、ワシントンにおける資本家のロビイングがいかに酷く政治を歪めているかを如実に示した出来事だと言えよう。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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