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フランス議会下院選挙(Élections législatives françaises )について。

 5年毎に全577議席を改選するフランス議会下院の選挙(小選挙区かつ2回投票制)は、12日に行われた第1回投票の時点で立候補者が絶対過半数を得票し法の定めにより当選が確定した5か所の選挙区を除く572の選挙区(11の在外居住者選挙区を含む)で19日に第2回投票が行われ最終議席が確定する(投票時間は午前8時~午後6時、ただし都市部は午後8時まで)。

 第1回投票では、急進左派ジャン=リュック・メランション氏が率いる政党La France Insoumise(LFI)を母体として、環境政党ヨーロッパ・エコロジー(Europe Écologie-Les Verts、EELV)、社会党、共産党およびその他左派グループから結成された連合Nouvelle Union populaire écologique et sociale(NUPES)が得票率で25.7%と、大統領のマクロン氏が率いる政党Renaissanceを母体とする連合ENSEMBLE!の25.8%と拮抗し、NUPESの躍進が鮮明となった。

 各選挙区において行われる2回目の投票は、基本的には、1回目の投票の上位2名により行われ勝者が決まる仕組みだが、1回目の投票で極端に棄権率が高かった場合は、民意を適正に反映させるために、法の定めにより、第2回投票を上位3名に広げて行う措置が取られる(具体的には、第3位となった候補者の得票がその選挙区の全登録有権者の12.5%の得票に満たなかった場合にこの措置が取られる)。第1回投票での棄権率が51.3%と非常に高かった前回2017年の選挙では、第2回投票が上位3名に広げて行われる選挙区が1か所出現したが、今回の選挙では第1回投票での棄権率が57.36%という更に深刻な数字となり、その結果、第2回投票が上位3名に広げて行われる選挙区が7か所も出現する事態となった。このことから、現在のフランスの政治システムにおいて制度的に深刻な問題が生じていることがうかがわれる。

 棄権率の高さの実態は、フランスの各地域ごとの経済社会状況と密接に連動しており、特に50%を超える高い棄権率の地域は、グローバル化の影響で産業空洞化が生じているフランス北東部、経済的困窮が広がるフランス南部地中海沿岸地域およびパリ首都圏の北東部に集中している(こうした地域は、ル・ペン氏が率いる極右政党Rassemblement national(RN)およびメランション氏の率いるNUPESの支持層が広がる地域とも一致している)。また、調査会社IPSOSが今回の第1回投票の直後に棄権率について行った調査によると、35歳未満の有権層の棄権率が70%と極端に高くなっており、35歳~59歳は56%、60歳以上は35%と高年齢層になるほど低い数字になっている。また、有権者の政治指向別にみると、左派指向の有権者の棄権率が49%、ル・ペン氏の率いるRNに親和性を持つ有権者の棄権率が48%であるのに対し、マクロン氏の与党に親和性を持つ有権者の棄権率が39%、共和党に親和性を持つ有権者の棄権率が38%となっている。こうした傾向から、中道右派のマクロン氏の与党および右派の共和党の支持層は棄権率の低い高年齢層に偏っており、逆に左派を広く包括しているメランション氏の支持層には棄権率の高い若年層が多いことがうかがわれる。

 実際のところ、第1回投票翌日の13日から第2回投票の直前の17日金曜日までに行われた選挙戦の最後の5日間においては、メランション陣営は積極的にメディアに露出し、有権者に対し第2回投票では積極的に投票所へ足を運ぶように働きかけを行ったのに対し、マクロン氏側の与党はそのような働きかけをほとんど行わなかった。マクロン氏陣営としては、そのような働きかけをしなくても、与党支持層の多数を占める高年齢層の有権者は積極的に投票所に出向くことが予想され、棄権率を下げる働きかけをすればかえって若年層を投票所に向かわせることでメランション陣営側の得票を後押しすることになるので、敢えてそのような行動を避けたのが明らかだといえる。逆に、メランション陣営としては、若年層が投票所に足を運ぶかどうかがNUPESの最終動静の鍵を握ることが分かっているので、積極的な働きかけを行ったといえる。

 このように、フランス議会選挙において半数以上の有権者が投票を棄権する事態を生み出しているのは、現在のフランス憲法のもとにおいて、大統領の権限が強く、立法に関しても法案提出は実質的に内閣が独占的に行い、議会はそれを審議し承認するだけで、議会が民意を反映する場になっていないという実態が根本的な原因であろう。現在の議会は、大統領側の与党の政策を承認するための数合わせ的な機関となっているのが実情だ。また、与党が擁立している候補者に関しても、若手の積極的な登用を進めているものの、その多くがグランゼコール出身者で占められ、エリートが独占してきた従来型のシステムの延長線上であり、国民の関心事項を積極的に理解しようとするメッセージは希薄なままだ。

 また、大統領選挙に関しては、議会選挙と比較すると棄権率は低く収まっているが(今年4月24日に行われた大統領選挙決選投票での棄権率は28.01%)、一旦大統領として当選してしまえば、大統領府側で一方的に企画立案する政策を内閣におろし法制化を進めてしまうことが出来るのが実態だ。特にマクロン政権になってからは、大統領府でマッキンゼーなどの民間コンサルタントに政策立案を任せるようになり、政治過程に有権者が参画する実感がもてない状況が更に顕著になっている。政治システムの形骸化が、市民を政治意志を表現する手段としてのイエロー・ベスト運動などの激しいデモンストレーションに駆り立てている要因となっているのは間違いないだろう。(比較のためにドイツを例にとると、独大統領は国家元首であるが実質的な権限はなく、独連邦議会が立法権を完全に支配し、議会を構成する各政党が本格的な専属シンクタンク組織を夫々持ち政策立案を全面的に行い、政党が連立し議員により構成される内閣が首相を長として政権運営を行い、独連邦議会選挙は小選挙区・比例代表制、投票率は70%以上が維持されている。)

 今回、第1回投票終了後に会見を行ったボルヌ首相は、棄権率の悪化に強い憂慮を表明し、制度改正の必要性について言及したが、第1期マクロン政権でも制度改革を表明したものの行動に移すことが出来なかった。取りざたされた案としては、より得票率を大きく反映させられるような方式の検討であったが、棄権率の高さの原因が現在のフランスの政治システムの制度に内在している限り、選挙の方式を調節しても有権者の行動が簡単に変化するとものではないことが予想される。一方のメランション氏側は、NUPESが目指す政策目標の中に、第6共和政の基礎作り(つまり、現在の第5共和制のフランスを新しい共和制に移行するという意味)を行うということを掲げており、選挙の方式の調整といった表面的なものではなく、政治システムの改正を視野に入れている点で注目すべきだ。

 IPSOSの17日付けの最終予測では、第2回投票で実際に当選する議席は、ENSAMBLE!が265~305議席と、NUPESの140~180議席を上回るという予測を出している。しかし、NUPESの躍進により、マクロン氏の与党勢力が単独で絶対過半数(289議席以上)を得られるかは微妙な状況となってきたといえる。第2回投票でマクロン氏のENSEMBLE!が単独過半数に達しない場合は、マクロン氏が取りうる選択肢としてはサルコジ元大統領をパイプ役として共和党との連立を模索する公算が高いが、共和党内にはマクロン氏側とは距離を置くべきであるという意見も強く、スムーズに連立が出来るかは不透明だ。ENSEMBLE!が単独過半数を維持できれば、現在のボルヌ内閣は継続するが、過半数割れの場合は内閣は総辞職となり、連立をベースとした新内閣を組成する必要がある。

■参考資料: Les résultats en direct, Ministre de l'Intérieur

(Text written by Kimihiko Adachi)

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