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「貧乏ゆすりと言わないで」23.退院とその日から始まった悲劇

DBS手術(頭部への手術)から2週間経ち
「ここから先は通院調整していきましょう。」
と言うことになり退院することになった

退院日は三男のひなたが
昼近くに迎えに来てくれた

ひなたは、まさにイマドキ男子で
いつもレディファースト!
そつがなくスマートで
一緒にいると
心があたたかくなってくる。
退院の喜びもあって、
自宅近くの有名なお蕎麦屋さんで美味しいお蕎麦を食べ
ワインショップに立寄りシャンパンを買い
晴れ晴れとした気持ちで夕方家族ともにテーブルを囲んだ。                「退院おめでとう〜!!」 
「本当にママはすごいよね〜」
「そうそう、俺だったら耐えられないよ。」
「確かに、よく頑張ったよね。」
皆が心からほめてくれるので、
かなり気持ちが良くなって
ワイングラスを重ねる回数が増えてしまった喜美は
ついに気分が悪くなり、
ちっとも動けないどころかその場に倒れこんでしまった

その日の日記になぐり書きしたのはこんな言葉だった。             「退院したが、何だかよくなっている気がしない。
いや、少しずつ良くなっているのかな。
記憶が飛ぶ。頭の中がザワザワする。」

辛い日々がこうして始まったことを
まだ喜美は気づいていなかった。

次の日のこと。
「何これ、全然動けないじゃない。
薬も効かないしどうすればよいのよ!」

金縛りにあったかのように全く動けなくなったのだ。

「こんなんじゃ生きていけないじゃない。」
「昨日飲みすぎたせいかな?」
「何かの罰にあたったのか?助けて!」   
そんな気落ちを吐き出しながら、
その日はとにかく耐えた。

その翌日も体調は上向きにならず、
鉛のように動かない身体がしんどくて、
気持ちも揺れうごいて一日中泣いていた。

「もしかしたら、手術失敗したのかも?」 
と、縁起でもないことを考えて
精神的におかしくなりそうだったから、
かっちゃんにお休みを取ってもらい
病院へ連れて行ってもらうことにした。

主治医の当番日ではなかったが、
背に腹は変えられず、
がくがくとふるえている身体を
かっちゃんに支えてもらいながら診察室に入って話をすると、
案の定淡々と言われた
「残念ですが、現状、今の私では何もしてあげることができません。
考えてみてください。体の中に異物が入っていて、
それをこれから調整していこうとしているのですよ。
そんなに簡単なことではありません。来週まで何とか頑張ってください。」

あぁぁ、やっぱりそうか。
かっちゃんも
「俺が考えていた通りの返事だったよ。」
と。

喜美は自分の中で、
DBS手術=速攻でよくなる。
と言う勝手な図式あって
それが意に反して想像と違う結果になったため
パニックを起こしていたのだ。
でも、受診して医師に話しを聞いてもらったら
す〜っと気持ちが楽になった。 

病院マジックが起こり、
わかる人に話を聴いてもらうことって
本当に大事だなと感じた。
喜美は来週の主治医の診察まで
なんとか耐えることに気持ちを切り替えて
待つことにした。 

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