黄金餅 落語変奏
隣の願人坊主が久しく寝付き、黴びた布団にもぐって死にかけているらしい。
奴の様子を見に行くと、ものを喰えずにひどく痩せてしまったからあんころ餅を買ってくれと言う。なるほど奴は哀れなくらい痩せていた。えぐれたあばらに垢が溜まり、こめかみに頭蓋骨の合わせ目が浮き出ている。見舞いだと思って言われるままに餅を買ってやったら、見ていられると喰いづらいから帰れという。俺は餅を置いて帰った。
帰って壁の破れから隣を覗いた。饐えて熱臭い暗がりで、奴が背を丸めてうずくまっている。
なにやら熱心にやっているから目をこらすと、餅を細かくちぎって中に何かをくるんでは、次から次へと口へ放り込んでいる。あれはなんだとなおも見ていると、胴巻きの中身をざらざらりと板の上へ出した。
銭だ。山盛りの銭。はしから一粒ずつ餅にくるんだ。呑み下すたびに喉仏がぎょくりと上下した。俺はそれを見ていた。とうとうぜんぶの銭を呑んだ。奴が最後の一粒に噎せてえずいた。
痙攣した。死んだ。
俺はおもてへ飛び出した。
隣へそろりと上がり、坊主を調べるとたしかに死んでいるから手を合わせてやった。それから俺は死んだ坊主を折り畳み、拾った漬物樽に詰めて縄をかけ、えいと背負って夜道を駆け出した。
骨と皮のくせに案外重い。腹の中に餅でくるんだ二分金と一分銀がぎっしり詰まっているからだ。寺の焼き場で生焼けに焼かせておいてから、隠亡を追っ払って、鯵切りで坊主の腹を裂いて、銭を取ろう。
俺は裸足でいっさんに寺を目指した。冷たい地べたにびたびたと足裏を打ち付けて走った。寝静まった芥のような家々の間を駆け抜けて、山崎町のはずれまでやってきた。
下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、
走る俺の背中でだしぬけに樽がばんと弾け、坊主ごとばらばらになって、月のない闇夜へ吸い込まれるように高く高く飛んだ。
三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出ます。
やがて夜空から樽の板が降った。板は土に刺さって柱となり梁となった。
そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっすぐに、筋違御門から大通りへ出まして、
坊主の褌が降ってきて幟になった。俺はなおも駆けた。
神田の須田町へ出まして、新石町から鍛冶町、
走り続けた。歯茎が降ってきて暖簾になった。
今川橋から本白銀町へ出まして、 石町から室町へ出まして、
走る。ふっはあはあ、ふっはあはあ、息、ガス、俺のガス。ガスが闇に満ちた。
日本橋を渡りまして、
肋骨が降ってきて床几ができた。
通り四丁目から中橋に出まして、 南伝馬町から京橋を渡ってまっすぐに新橋を右に切れまして、
腹中の銭がばらばらときらきらと降りそそいで次々と餅になった。
新し橋の通りをまっすぐに、 愛宕下へ出まして、
垢と目やにが降ってきて餡ができた。
天徳寺を抜けまして、神谷町から飯倉六丁目へ出まして、
臓腑が降ってきて毛氈ができた。爪が降ってきて座布団ができた。
坂を上がって飯倉片町、
そのころ、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに。
歯が降って皿ができた。髭が降って串ができた。
麻布の永坂を降りまして、十番へ出まして、
眼球が光りながらぼとりと落ちてきて、提灯に火があかるく灯った。
大黒坂をあがって一本松から、
皮が降ってきて着物になった。俺は汗をぬぐい、ひらりと袖を通した。虎が鳴いていた。夜風に裾が翻った。
麻布絶口釜無村の木蓮寺へ来たときには。
俺は和尚に水を貰って手足を洗い、顔を洗い、髭をあたり、さっぱりとして前掛けを締めた。東の空が白んでいた。
俺は店を開けた。朝日がぐんぐんと上がって俺と俺の餅屋を照らした。
やがて、裏の寺から聴こえるすてれん経のメロディーに誘われて、善男善女有象無象がわらわらとやって来た。
そして誰もかれもが、うららかな陽光に温められ、花の香りを嗅ぎながら餅を貪り喰った。
俺の餅屋は未来永劫繁盛した。