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鈴木孝政氏「東海ラジオ」引退に寄せて〜オカンの手料理のようだったタカマサの味わい深い居酒屋解説

 夕方の情報番組「Live Dragons!」にて、鈴木孝政氏が東海ラジオの解説者を引退したことが発表された。1989年に現役引退して以来、途中何度かコーチや二軍監督就任を挟みつつも、一貫して同局でのドラゴンズ戦の担当を続けてきた孝政氏の解説は、東海地方の野球ファンにしてみれば親の次によく聞いた「声」といっても過言ではない。
 それだけに今回の引退には、どこか故郷の実家を失ったような寂寞や、時の移ろいへの哀感が漂う。それは孝政氏の引退という出来事に対してのみならず、滅びゆく「古きよきプロ野球解説者」への哀悼とも言い換えられる。

贔屓全開の居酒屋解説

 率直に言えば孝政氏……タカマサの解説はいわゆる「現代的」と称されるタイプのそれではなかった。隠そうともしないドラゴンズ贔屓は、敵球団のファンからすれば決して耳障りのいいものではなかっただろうし、近年のセイバーメトリクス的な価値観を反映できている様子も(少なくとも私が聴いた範囲では)見受けられなかった。
 そうした意味では、多くのベテラン解説陣と同様に、タカマサもまたどちらかと言えば「居酒屋解説」に分類されるタイプであった。
 近年は野球の科学的解析の進化に伴い、解説者に求められるレベルも高くなっているように感じる。何かのプレーについて指摘するにしても明確な根拠やデータの裏付けがなければファンは納得せず、「流れ」や「投げっぷり」といった漠然とした表現を多用すれば、たちまち「無能」のレッテルを貼られるシビアな状況下にある。かつてのように、実績あるOBの発言が無条件に説得力を持った時代はとうの昔に終わってしまったのだ。
 これから解説の世界に飛び込む元選手は、そもそも中継の数自体が減少の一途を辿る中で、絶えず最新の野球観にアップデートし続けないと競争に勝てないのだから、大変だと思う。本当に。

タカマサの、ケレン味たっぷりの言葉選びが好きだった

 ならばタカマサの解説は聞く価値のないものだったかと言えば、そんなことは全くない。それどころか私的には、近年評判のいい理論派といわれる解説者達よりも、タカマサのような古きよき解説の方が肌に合っていたりもする。何故なら、子供の頃から慣れ親しんできたのはタカマサの声であり、贔屓全開の居酒屋解説だったからだ。
 タカマサや木俣達彦、高木守道といった古株OB達の解説を聞きながら、私はドラゴンズ、ひいてはプロ野球への愛情を深めてきた。特にタカマサの、ケレン味たっぷりの言葉選びが好きだった。

「ここで打てば明日の新聞一面ですよ」

「打たれましたけどね、胸を張っていいですよ。堂々と勝負して打たれたんだから」

 理論も根拠もあったもんじゃない。だけど温かみと味わいがある。それがあの頃のプロ野球中継だった。たまに配球なんかで予想を外すタカマサに対して、「な〜に適当なこと言ってんだ!」とブラウン管の前で野次を飛ばすのも楽しいひと時だった。たとえるならオカンの手料理。目分量で砂糖とみりんと料理酒と醤油をぶっ込んだようないい加減な味付けながら、妙に落ち着くというか。
 昔のプロ野球中継って、解説者のキャラを含めて一つのエンターテイメントだったよなと。日テレなら江川卓に掛布雅之、CBCなら牛島和彦に木俣達彦、東海はといえば、やっぱりタカマサの印象がとても強い。近年は若返りが進み、顔ぶれもずいぶん変わってきているが、やっぱり各局のイメージとして思い浮かぶのはこの辺りの世代だ。解説の内容はともかく、味わい深さは間違いなく今の人達よりも強かったと思う。

「ガッツナイター」のジングルと共に…

 タカマサは人のことを悪く言わない解説者でもあった。確執があったとされる落合監督に対しても皮肉や陰口を叩くようなマネは一切せず、コーチ業を解任された翌年以降も後腐れなく落合ドラゴンズの応援に徹していたのは本当に立派だった。
 そんなタカマサも再来年には70歳を迎える。代わりというわけではないが、来年からは福留孝介が仲間入りするという。そりゃ現役から離れて30年以上経つOBが、「今の野球」を解説するのはさすがにムリがあるわな。寂しいけど、仕方ない。
 この30年間でプロ野球の在り方は大きく変わった。時代も価値観も変わった。されどタカマサの人柄溢れる解説は、どんな時でも変わることなく「ガッツナイター」のジングルと共に私達に寄り添ってくれた。
 選手として3度、コーチとして1度、解説者として4度。要は1974年以降の全ての優勝に中日関係者として携わった偉大な鈴木孝政氏に、心から感謝を伝えたい。ありがとう。

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