クジラに飲まれた竜
「地元に居座るこの10日間で、貯金を一つでも増やして二桁にしたい」
連戦が始まる前、与那嶺監督はそう意気込んでいた。つまり9試合を最低6勝3敗、あわよくばそれ以上の戦績で一気に団子レースを抜け出したいーーそのために昨日は敢えて中2日でエース松本を先陣に据えたが、まさかの乱調で黒星スタート。出鼻をくじかれる格好となった。
一方、打線は6得点と相変わらず好調。負けたのも松本の「夏バテ」によるところが大きく、今季7割近い勝率を誇る本拠地で格下の大洋相手に負け越すなんてことはなかろうと、ほとんどのファンはタカを括っていたに違いない。
ましてこの日の先発は安定感抜群の三沢である。松本が腰痛で調子を落としたこの一ヶ月間、ローテーションの軸として投手陣の屋台骨を支えたのは、何を隠そうこの三沢であった。チームが苦手とする広島戦に無類の強さを誇り、気付けば防御率も松本に接近しつつある。いまチームで最も頼れる投手といっても過言ではないのだ。
* * *
必勝を期したこの日のゲームだが、昨日と同じく初回で実質的に流れが決してしまった。三沢の立ち上がり、まず先頭の中塚が切り込み隊長よろしく二塁打を放つと、1死から松原、シピンが連続ホーマー。まるで昨日のVTRを見ているような展開でいきなり3点のビハインドを背負うことになった。
その裏、中日も1番高木守の二塁打でチャンスを作るが、後続ならず無得点。実は昨日も初回先頭で同じようにツーベースを打った高木守が生還できず、ズルズルと負け戦に突入していった。
二日続けてこんなものを見せられては、身銭を切って足を運んだファンはたまらない。「負け方が悪すぎる」「地元でこんな負け方はいかん」と立腹しながらも、決して投げ出すことなく進軍ラッパを吹き続ける私設応援団の健気さときたら。
しかし、この日は反撃の気運すらなくクジラに蹂躙されるばかり。ややもすれば首位浮上が見られるかも知れぬぞという期待を胸にチケットを買った2万人近いファンは、この一方的な展開をどのような思いでスタンドから見つめていたのだろうか。
結局三沢は2イニング4失点で降り、リリーフした水谷も3イニング3失点と乱調。さすがの恐竜打線も前半で7点ビハインドとなると、防御率3点台の山下律夫相手に白旗を上げるしかなかった。
「昨日あんな負け方をしたので絶対抑えてやろうと向かっていった。リラックスしようとしながら、なんとなく硬くなってしまった」(三沢)
何を言っても虚しく聞こえる。松原の一発はともかく、シピンの二者連続弾はあきらかに無警戒。どんな状況であれ、投手はマウンド上で闘志を絶やしてはならない。「あーあ」と投げやりになった時点で、相手からしてみれば腑抜けたカモも同然なのだ。
こんな試合でも一応見どころはあった。6回から2イニングずつ投げた竹田和史、鈴木孝政の好投がそれである。共に1安打無失点。無論、試合が決した後の登板であるため、大洋打線がそれほど必死ではなかった点は考慮せねばならない。
ただ、リリーフ投手不足が深刻な今の中日において、若い二人の躍動がことさら頼もしく映ったのは紛れもない事実である。
ゲームは最終回、マーチンの22号ソロで完封目前の山下に一矢報いるのが精一杯。この負けで中日は39日ぶりに巨人と入れ替わって3位に落ちた。
「投手が悪すぎる。あれだけ点を取られるとバッティングにも影響する。でも、こういうことはシーズン中何度もある。ギブアップしないことよ。いま順位は関係なく、貯金を減らさないこと。そのために3連敗は絶対にできないし、許されない。明日はなんとしても勝つよ」
与那嶺監督は自らを奮い立たせるように、そう捲し立てた。それにしても本拠地で大洋に足をすくわれるとは、夢にも思っていなかった。これで後半戦は1勝3敗。「10」を目指した貯金も「5」に減り、うかうかしていると4位大洋も4ゲーム差に迫っている。
夏真っ盛り。勝負の8月戦線を前に、20年ぶりの優勝は蜃気楼の彼方へ消えようとしている。
中1-7洋
(1974.7.31)
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