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秋風のラストスパート

 大洋4連戦の最終日。鈴木と竹田という若い力の躍動で実に1週間ぶりの白星を手にした中日は、この流れを逃すまいとエース・星野仙を先発マウンドに送った。

 平日ながら12時半開始のデーゲーム。スタンドも1万5千人と程々の客入りで、なんとなく秋ののどかな行楽気分が漂う中、星野仙はただ一人全身から闘志をみなぎらせていた。

「勝負の世界は、一寸先は闇ですからね。いくら秋だからと言ってお祭り騒ぎは絶対禁物です」

 前回登板した9月30日の巨人戦は最後まで一人で投げ切ったが、伏兵吉田の手痛い一発に沈み、4失点で負け投手になった。あの夜のひりつくような空気感に比べて、この日の穏やかさは “燃える男” にとっていささか張り合いのないものだったかもしれない。

 しかし、だからこそ星野仙は身が入らないということがないよう「一寸先は闇」と自分に言い聞かせ、敢えて緊張感を高めているようでもあった。

 大洋先発は間柴だった。間柴といえばつい2日前に完投勝ちを献上し、昨日のダブルヘッダー第一戦にも抑えで登板。これで3日続けての対戦となるが、井上コーチは「やっぱりいい気はしなかった」と言う。

 成績だけ見れば恐るるに足らない相手だが、大きく割れるカーブと手元で伸びるストレートがよく決まるときは恐竜打線といえども攻略は容易ではない。決して打線好調とは言えない現状、思いのほか手こずる恐れは十分あり得るため、中日からみれば決して与しやすい相手ではなかった。

 その間柴は最近2週間(11試合)で6度目の登板とあきらかに酷使されており、間柴自身も「ゆうべ、鈴木コーチから “いけるか” と言われたけど、僕は冗談かと思っていた。疲れを感じなかったから登板したけど……」と、奥歯にものが挟まったような言い方で起用法への不満をあらわにした。宮崎監督いわく「若いから大丈夫」らしいが、どうもこの監督は調子のいい投手を短期間に使い倒してしまう傾向があるようだ。

 一方の中日は現在、近藤コーチの統率のもと、パズルのように計算し尽くされた緻密なスケジュールで投手管理を行っている。

 たとえば星野仙は最近よく「もう、いつどんな時でも、たとえ腕が折れたって構わない。投げまくってみせる」と玉砕覚悟の意気込みを口にするが、実際には無理な連投を極力避けた起用法となっている。これも本当に腕が折れてしまっては元も子もないことを近藤コーチがよく心得ているからだ。

*   *   *

 星野仙は初回、ワンヒットを許したものの無失点の好スタート。するとその裏、中日は先頭高木守の左翼フェンス直撃二塁打を足がかりに藤波送りバント、井上四球で一、三塁のチャンスとし、マーチンが右前に先制タイムリー。まるで「燃えよドラゴンズ!」の歌詞のような攻撃で早くも主導権を握った。

 続く2回は大島の11号ソロが飛び出し、間柴はここで降板。2日前、あれだけ手こずった間柴をものともしないあたりに打線の復調がうかがえる。3回にも井上の2ランでリードを4点とし、試合は完全に中日ペースとなった。こうなると星野仙も変な気負いが抜け、悠々と投げられるというものだ。

「あれだけ早くバックアップしてくれたら楽だねえ。3回までは必死に投げたけど、あの2ランで “ホッ” さ。5回の2点(井上犠飛、谷沢タイムリー)で、あとは流させてもらったよ」

 8回に1点取られて完封こそ逃したが、このところフル回転だったリリーフ陣を休ませた点でも価値のある114球完投劇であった。

 気の早い評論家の間では中日が優勝した場合のMVPの行方について話題にのぼることもあるようで、星野仙はその最有力候補とされている。突出した成績を残しているわけではないが、先発、リリーフとチーム事情に応じた配置転換を厭わない根性や、「ここぞ」という試合の前に決起集会を主催するなど選手会長としての貢献度は計り知れないものがある。グラウンド内外で放つ大きな存在感は、まさに “大黒柱” といったところだ。

 残り10試合。追う巨人はこの日、阪神に大勝し、中日のマジックナンバー再点灯はまたもお預けとなった。しかし、どれだけ巨人がしぶとく粘ろうとも中日はあと9個勝てば優勝が確定する。与那嶺監督は言う。

「ここまできて、よそのことはアテにできない。自分の力で勝たないといけないのよ」

 快勝したというのに、いつもの “与那嶺スマイル” はなし。キッと引き締まった表情が、ラストスパートの緊張感を物語っていた。季節はもう、秋である。

中6-1洋
(1974.10.4)

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