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桜花賞レース

「まあ、あしたになれば分かるわ。それよりオレは “桜花賞レース” のほうが気になるなあ」

 開幕前日、松本幸行はあいかわらずの人を食った口ぶりで記者たちを煙に巻いた。開幕投手は星野仙か、松本か--。おおかたの予想は星野仙だった。だが、蓋を開けてみれば意表をついた抜擢があるやも知れぬ。

 とくに松本は昨年、対広島に4勝1敗、防御率1.38と無類の強さを誇ったのである。昨年、二軍をみていた森永監督は認識していなくても、おそらく広島ナインは星野仙よりも松本の方に恐怖心を抱いているはずだ。

 その松本は結局開幕では投げず、2戦目の登板となった。昨日、いい形とは言えないまでもシーソーゲームを劇的に制したドラゴンズとしては、“広島キラー” 投入で卒なく連勝といきたいところだ。

 しかし、立ち上がりから松本がピリッとしない。初回、上垣内と深沢の長短打であっさり先制点を献上すると、2回にはマクガイアと三村がレフトへ連続ホーマー。期待はずれの松本は結局2イニング36球投げただけでお役御免となった。

 不安はなくも無かった。3月31日のオープン戦で左中指を親指のツメで切った影響からか、開幕前最後の調整登板となった紅白戦で球威不足に苦しみ、4回7失点と打ち込まれていたのだ。

 この日も甘く入ったカーブを痛打される場面が目立った。近藤貞雄ヘッドコーチは「調子が悪いことを承知で、相性のいい広島だから登板させた」と、半ば強行起用であったことを認めた。

①中日1-6広島

*   *   *

 今年のドラゴンズの看板は “三本柱” 、すなわち星野仙、松本、渋谷幸春の確固たるローテーションを中心に、守り勝つ野球を展開することだったはずだ。ところが星野仙、松本が不甲斐ない投球をみせ、この試合では渋谷までもが決して強力とはいえないカープ打線の餌食となり、2回2失点で無念の降板となった。

 投手陣を取りまとめる近藤ヘッドは「(渋谷は)雨さえ降らなければ急いで交代させることはなかった。ブルペンの調子はいいのだから。なに、少しも心配することはありませんよ」と “心配ご無用” を強調した。

 とはいえ戦略の根幹にかかわる問題だけに看過するわけにもいかない。開幕戦では星野秀、この日は二番手の三沢淳という、いわば伏兵たちの熱投でことなきを得たが、頼みの三本柱がこの調子では遅かれ早かれ再編は免れないだろう。

 試合は中日が2回裏に一挙4得点を入れて逆転。7回に1点を返されたが、このまま逃げ切れると思った土壇場9回に広島が粘りをみせて試合は振り出しに戻った。ダブルヘッダーの第二試合。広島が小刻みな継投策で5人の投手をつぎ込んだこともあり、すでに試合開始から3時間近くが経過していた。新しいイニングに入らない「時間切れ」のタイムリミットは間近にせまっていた。

 その裏、中日は代打男・江藤省三のヒットから2死一、二塁のチャンスを作る。時計の針は午後5時40分ごろをさしていた。打席には3番・谷沢健一。ナイター照明の灯る小雨のスタンドでは、10回が来ないことを知っている中日ファンが祈るような思いで背番号14を見つめていた。

 そこから粘りに粘ること11球目。長島が投じたカーブをバットの根っこで叩くと、打球はゴロになってセンター前へ抜けた。江藤の代走、西田暢が決勝のホームを踏むや、谷沢のもとに監督、コーチ、ナインが駆け寄り、歓喜の輪が広がった。

 谷沢は言う。「ああそう、11球も粘ったの。だけど、なんとしても一本欲しかった」。おそらくウソいつわりのない本音だろう。開幕から2試合9打席ノーヒット。この試合の3打席目、通算12打席目でようやく今季の初ヒットが出た。持ち味であるライト方向にグンと伸びるライナー性の打球はまだ見られないが、打者にとって何よりの良薬は “結果” である。サヨナラ打という最善の結果を得た谷沢は、明日からさぞかし気持ちよく打席に向かうことだろう。

 余談だが、桜花賞レースは4番人気のタカエノカオリが前評判を覆す走りで勝利した。「1ー4が入ったの。そりゃあ、買っとけばよかった。次は買うよ」。奇しくも自身の背番号「14」と同じ枠連に笑顔をみせた谷沢であった。

②中日5x-4広島

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