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夏バテだよ

 広島でのゲーム終了後、中日は夜行バスで帰名。翌29日、いつもなら遠征明けの練習はベテラン組を休ませるのに、この日は高木守、木俣、さらにマーチン、ウィリアムの外国人勢まで参加して全体練習を敢行した。

「まだ球宴中の休みボケでタイミングが合ってないから」と与那嶺監督。ここから10日間も続く地元・名古屋での9連戦で、なんとしても混戦から抜け出したいという決意がうかがえる。

 今季中日はロードで16勝19敗2分(.457)に対し、ホームでは19勝9敗3分(.679)と勝率が跳ね上がる。シーズンで最も苦しいと言われる8月を迎えるにあたり、移動疲れとは無縁に戦えるのはこれ以上ないアドバンテージになるはずだ。首位阪神までわずか半ゲーム差。もはや虎のしっぽを捕まえたも同然である。だからこそ、ここで一気に追いつき、追い越し、独走態勢に持ち込むためにも、いま一度チーム一丸となる必要がある。休み返上での全体練習の真意は、おそらく、そこにあったのではないだろうか。

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 平日の大洋戦にはめずらしく2万人超の観衆を集めたこの日のゲーム。にわかに名古屋のドラゴンズ熱も高まりを見せつつあるようだ。

 まっさらな先発マウンドに上がったのは予想されていた三沢ではなく、エース松本だった。松本は27日の広島戦で3イニング48球を投げたばかり。結局この試合は雨で流れたが、体の疲労まで無かったことになるわけではない。それでも敢えて中2日の松本を行かせたのは、ホーム連戦に懸ける首脳陣の気持ちの表れに他ならない。

 しかし、この松本起用が裏目に出た。立ち上がり、先頭中塚に初球をいきなりゴロで三遊間を抜かれると、続く江尻の送りバントで二封を狙った島谷が悪送球。わずか2球で無死二、三塁のピンチを背負うと、3番松原が甘いカーブを捉えて左翼3ラン。よもやエース松本が汗拭く間もなく3失点とは、誰が予想しただろうか。

 敵なしの快投を毎度のように繰り広げ、“神様・松本様” とまで呼ばれたひと頃に比べれば、6月以降の松本はややスケールダウンした感は否めない。腰痛の影響らしいが、一時はトップを走っていた防御率も6位にまで落ちてしまった。

「こんな大事な試合は大抵勝ってるんだがなあ。中2日はちっとも影響ないが、急に暑くなったんで、体がだるかった。夏バテだよ。初回に松原に打たれて、がっくりきた」と、松本はさばさば振り返る。

 試合前、周囲が心配するほど氷水をがぶ飲みしていたのが、かえって体をおかしくしたのか。この日の松本は投球だけではなく、フィールディングでも精彩を欠いた。5回、江藤の二ゴロのとき、高木守との連携プレーの失敗から致命的なダメ押し点を喫した。ここで食い止めておけばまだ2点差だっただけに、ゲームの行方を決める痛恨の失策となった。

「あれは松本のミス。カバーさえ遅れなければ確実にアウト。ああいうプレーが正確にできないようじゃ20勝なんてできない」と森下コーチはいつになく手厳しい。松本だけではなく、初回の島谷の失策、谷木の牽制死と、ここぞの場面でのミスが最後まで響いた。

 この日の名古屋は今夏最高の32.7度を記録。昨日までの曇天から一転して猛暑となった。照りつける陽の光も試合前練習に励む選手達の体力、集中力を知らず知らずのうちに奪っていたのかもしれない。ただし条件は相手も同じ。やはり松本の立ち上がり、あれよあれよと3点を失ったショックが全体のリズムを崩したと考えるのが自然だろう。

 とはいえ安定感では頭ひとつ抜けており、今後も「ここぞ」という試合での松本への信頼は揺るぎない。むしろ問題視すべきは、敗戦処理を任されたリリーフ陣ーー渡部、鈴木孝、星野秀がことごとく火に油を注いだことだ。

「今日はご覧のとおり。何も言うことはありません」。再整備が立ち行かない投手陣の “夏バテ” に頭を悩ませる近藤コーチが、めずらしく取材を拒んだのも宜(むべ)なるかな。投壊現象を打開しない限り、逆転優勝は夢のまた夢に終わってしまいそうだ。

中6-15洋
(1974.7.30)

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