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大人のピッチング

 中日は喫緊の課題である投手陣の再整備もままならぬうちに北陸、後楽園、広島と12日間にわたる長期ロードに突入した。

 いったい誰が投げるのか、見当もつかない中で初戦の先発を任されたのはベテランの水谷寿伸だった。若い選手の多い中日にあって10年選手は高木守、木俣、そして水谷の3人しかいない。その水谷も最盛期に比べて力が落ち、今季は主に敗戦処理を務めている。今回の先発起用が苦肉の策であることは明らかだ。

 対する広島はこちらもベテランの大石を先発に立てた。“タコ踊り” と呼ばれるダイナミックなフォームで二桁勝利を5度も挙げた名選手だが、昨年あたりから抜群の制球力に陰りが見えつつある。「3点までは仕方ない。打ち合いは覚悟の上」(森永監督)での起用だった。

 ベテラン対決となったゲームは森永監督の読みどおり、序盤から乱戦模様となった。初回の中日は2番井上のエンドランで高木守が長駆生還、さらにマーチンの中前打で2点を先制。負けじと広島も3安打を重ねて同点に追いついたが、直後の2回に中日打線が爆発。井上5号、谷沢5号、大島2号が飛び出し、45年8月2日の大洋戦以来となる1イニング3ホーマーで一気に5点差と突き放したのだ。

 普通ならこれで勝負アリとなるのだが、ふしぎと地方球場は荒れるものだ。4回に3長短打で広島が2点を返して水谷を引きずり降ろすと、5回も代わった渡部を打ち崩して2点追加。たちまち1点差に詰め寄られた中日は、たまらず切り札の星野仙を投入した。“せざるを得なかった” と言うべきか。

 5回2死二塁。ヒット1本さえ許されないのは、最近の星野仙の乱調を思えば酷な場面だといえるだろう。最近3登板で満塁、サヨナラ、満塁ホーマーと致命的な一発を相次いで食らったショックは癒えているはずもなく、もしここで背信の投球をみせればエースといえども処遇を考えねばなるまい。さすがの星野仙も緊張したのか、代わりばなの代打宮川にストレートの四球、ようやくストライクが入ったのは次の山本一への2球目という有り様だった。

 ただ、浮き足立っていたのもここまでだった。いつもなら気持ちが先走って痛打される場面だが、この日の星野仙は落ち着いていた。近藤コーチが紙面を通して「大人になれ」と苦言を呈した効果だろうか。外角への変化球で二ゴロに仕留めてピンチを切り抜けると、その後もスローボールやフォークを適度に散らせる “大人のピッチング” で危なげなく反撃を断ったのである。

 8回には2号ソロで自らを援護するおまけ付き。「きょう打たれたらまた何を言われるか分からないから死に物狂いだった。こんなに嬉しいのは久しぶりだなあ」とは、おそらく本心からの言葉であろう。

 しかし首脳陣にホッとしている暇はない。そもそも抑えを予定していた星野仙を5回途中から繰り上げで起用したのは誤算なのだ。依然として火の車の投手運用は解消のめどが立たず、明日のダブルヘッダーの先発はまったくの不透明だ。まさか中2日の松本に頼るわけにもなるまい。

「星野仙の力投で悪循環は断ち切れた感じがするけど、あすからのことを思うとまだまだ楽観はできないよ」と与那嶺監督が慎重になるのも当然なのである。

中8-6広

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