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ツキに見放された星野仙一

 プロ野球 “夢の球宴” を彩るスター達の顔ぶれが決まった。今月20日から後楽園、西富、広島の3球場で計3試合が行われるオールスター戦。その出場選手の陣容が16日に発表された。

 注目すべきは中間発表で投手部門のトップを走っていた星野仙一だが、蓋を開けてみれば7位という残念な結果に。堀内、江夏といった巨・神勢は仕方ないにせよ、浅野、平松にまで追い抜かれたのは少々やるせない。その他の中日勢も松本が投手部門13位、木俣が捕手5位、谷沢が一塁手4位、高木守が二塁手5位、藤波、マーチンが外野手13、15位と軒並み振るわず、100万都市名古屋を拠点にするチームとは思えぬ人気の低さを露呈してしまった。

 ファンの数では劣るかもしれないが、優勝に懸ける熱意はむしろ優っているといえよう。この日から後楽園で始まる巨人との3連戦を迎えるにあたり、中日ナインは並々ならぬ決意を抱いて東京に降り立った。与那嶺監督が「巨人の息の根を止める」と気炎を揚げれば、近藤コーチも総力戦を示唆。16日の『中日スポーツ』には「巨人さん、死んでもらいます」との物騒な見出しが踊るなど、まるでシーズン終盤のような気の入りようだ。

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 ハーラーダービートップの松本は不安定な立ち上がり。オールスター全選手中トップ当選の1番長島が左翼線二塁打、上田のバントを一塁谷沢が弾いて無死一、三塁。続く末次の左前打であっさり先制を許すも、後続を抑えて1点に留めたのはせめてものエースの意地か。

 一方、こちらも防御率トップと絶好調の関本四十四を打ちあぐねていた中日だが、3回表に2死一、二塁から谷沢が前進守備のセンター柴田の頭上を破る三塁打を放って逆転。さらに4回表にも谷沢の右翼10号ソロで追加点を入れた。

 ところが今夜は松本がピリっとしない。その裏、王の二塁打を口火に1死満塁のピンチを背負うと、矢沢の代打富田の3球目に暴投をやらかして1点献上。2死二、三塁から関本の代打槌田が左中間を破り、あれよあれよと再逆転を許してしまったのだ。

 この回限りで松本に見切りをつけた中日ベンチは5回から渋谷を投入。巨人も小林にスイッチし、試合はリリーフ勝負へと突入した。情勢が動いたのは7回だった。中日は2死からウィリアム、藤波、高木守の長短3本の集中打で一気に逆転。1点のリードを奪うと、中日は残り3イニングを背番号20に託す決断を下した。

 彫りの深い顔立ちの伊達男ーー星野仙はこのところツキに見放されっぱなしだ。球団の投手として史上初のトップ選出かと期待されたオールスター投票も肩透かしに終わり、去る13日の大洋戦ではマウンドに上がると味方スタンドから “ブー” という不満の声が巻き起こった。いわゆる抑え役を任されながら、幾度とない背信投球でファンの信頼は地の底まで落ちているのだ。

 もっとも本人は「いちいち気にしていたらこんな商売は務まらない」と平気の平左だが、星野が出てくるたびに「大丈夫かいな」とファンが気もそぞろになっているのは事実だ。

 さてこの試合はどうだろう。7回裏、先頭吉田にセーフティバントを決められると、上田二塁打、王敬遠で2死満塁。5番柴田に右前タイムリーを喫してあっけなく再々逆転を許してしまった。対巨人になると体の奥底からアドレナリンがみなぎる星野だが、こうも容易くリードを吐き出してしまうようでは “巨人キラー” の金看板も形無しだ。

「俺の力はあんなもんさ。しかし打たれたのはアウトコースの真っ直ぐ。自分としては絶対失投ではなかった。奴のツキが俺より上ということさ」

 反省コメントもいちいち味があるのは、さすが役者といったところ。ところでこの試合、巨人も8回から中2日のエース堀内を投入する執念をみせるも、なんとマーチンの特大ソロで三度(みたび)振り出しに。上位同士のぶつかり合いは、二転三転四転のすさまじい熱戦となった。

 試合は同点で迎えた8回裏。黒江が歩いて1死一塁。堀内のバントは投前の小フライとなったが、星野はこれをワンバウンドで処理して一塁ベースカバーに入った高木守へ送球。黒江は星野がダイレクトで捕るものと思って一塁上にいたため、高木守のタッチで併殺成立かと思われた。ところが一塁の大里塁審が併殺を認めようとせず、中日側が抗議。すると塁審が高木守のタッチを見落としていたことを認めてジャッジが覆ったため、今度は三塁ベンチからドン川上が血相を変えて飛び出してきた。

「ワシらの判断ではミスジャッジが二つ重なっていたんじゃ。一つは星野の故意落球。もう一つは堀内がセーフということだ。黒江はアウトでも仕方ないが、堀内はボールより先にベースについていた。これは明らかなんじゃ」

 ただ、川上監督はミス云々よりも判定が変わったことに立腹していた。「この前は河埜の腕という歴然とした証拠があったのに変えんでおいて、今日はさっさと変える。まったくひどいもんだ、あきれるよ」。

 26分間に及ぶ抗議の最中、思わず握り拳がうずいた瞬間もあったという。川上監督といえば去る9日、死球かファウルかをめぐるゴタゴタで球審に右ストレートをお見舞いし、選手・監督を通じて37年間のプロ生活で初めての退場宣告を食らったばかり。さすがに今回は理性を保ったが、どうにも加齢と共に気が短くなっているようだ。

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 9回裏、2死二塁のサヨナラ機を辛くも凌ぐと、マウンドの星野はじめ中日ナインは互いに肩を叩いて健闘を称え合った。時間切れの引き分けを呼び込んだのは、選手たちの奮闘もさることながら、8回の抗議による中断が大きかった。敵地後楽園、しかも3ゲームつけて巨人の上にいることを思えば、中日にとっては勝ちに等しい何とやら……といっても過言ではなかろう。

 一方の巨人は、もし延長なら10回裏は4番王から始まる好打順だった。以前の川上監督ならその辺りまで見通したうえでゲームを進める強(したた)かさがあったものだが、やはり “V10危うし” の焦りは隠せていないようだ。

 ルーキー藤波が「これがプロなんですね。すごい。こんなに力が入った試合は僕初めて経験しました」と感動すれば、ネット裏の杉下茂氏も「近ごろまれに見る好ゲームだ」と唸った白熱の試合。その中で星野はリードを守れず、8回に中断があった際にはベンチ前で、投げ込まれたコーラの瓶を後頭部の首筋に受けるという災難にも襲われた。

 おそらく前半戦の登板はこれが最後になるだろう。ツキに見放されたまま終わる仙一ではない。監督推薦で出場するオールスター戦を経て、後半戦はこの悔しさを晴らすような獅子奮迅の活躍を望みたい。

巨人6ー6中日
(1974.7.16)

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