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青バットの大下

 札幌円山球場には、ある伝説が存在する。24年8月、東急大下弘が大映野口明から放った本塁打がそれだ。その打球はライトスタンドの遥か上空を越え、場外の道路、さらにはその向こうの林をも越えていった。「170メートルは飛んでいた」という証言が事実であれば、この一発こそがプロ野球における本塁打の最長飛距離ということになる。豪打で鳴らした大下ならあってもおかしくない話である。

 歴戦の舞台となった由緒ある円山球場が、このたび4億5千万円の市税を投じて大改装された。鉄筋コンクリート構造の内野スタンドが新たに設置され、2万人以上の観客を収容する立派な球場に生まれ変わった。

 中日の北海道遠征は43年から目下7連敗中(2引き分け)と鬼門になっている。暗黒の5月は7勝12敗2分と散々な結果に終わり、首位の座からたちまち3位に転落。月が変わって “ツキ” が変わるではないが、「新装の球場でスカッと勝って6月反攻の口火を切りたい」(近藤コーチ)のはチーム全員の共通の思いであった。

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 1点リードの大洋は7回から万全を期してエース平松を投入していた。故障明けで5月20日以来の登板となるが、おととしも札幌で中日相手に完投勝ちした平松は気持ちが乗っていた。だが中日もタダでは終わらない。7、8回とゼロに抑えられ敗色濃厚かと思われた9回、谷沢、マーチンの連打で作ったチャンスに島谷が犠飛で応えて同点に追いついたのだ。

 その裏、中日は二転三転するゲームに蹴りをつけるべく切り札の星野仙をマウンドへ送り出した。右足ももを痛めてしばらく実戦から遠ざかっていたため、9日ぶりの登板になる。同点で迎えたシーソーゲームの最終盤。この男がいちばん燃えるタイプの展開であろう。

 星野仙はいとも簡単に2死を奪った。シピンと松原を欠く大洋打線は迫力不足だなーーそんな油断が心の隙にあったかどうかは分からない。しかしバッターボックスの長崎に対して、少なくとも星野仙はさほど怖さを感じていなかったはずだ。

 鳴物入りのドラフト1位で入団した昨年、長崎は開幕間もなくして “内角に弱い” という欠点を露呈。徹底してそこを攻められた。中日バッテリーにもその印象が残っていたのだろう。マニュアルどおりに内角を突いたが、ほんの少し真ん中に入った。

 次の瞬間、打球は一直線にライトスタンドに突き刺さった。何が起こったのか分からないという風に、星野仙はマウンドに突っ立ったまま動けなかった。「真ん中低めのストレート。低めを狙ったのはいいが、コースが甘い」。江崎スコアラーの言葉がすべてを物語っていた。

 ヒーローの長崎は「もうインコースを攻められても怖くないです」とニコニコしながら一振りで決めたサヨナラ弾を喜んだ。苦しいルーキーイヤーを終えた昨年の暮れ、長崎は新たに就任した大下コーチと出会った。「僕は君と大ちゃん(山下大輔)を一人前にするために大洋に来たんだ」。そう言って渡されたのが、“男意気地をバットにかけて 渡世波風なんのその 青バット・大下弘” と書かれた色紙だった。

 この日以降、長崎は自主トレ、キャンプ、オープン戦、ある時は深夜に至るまで大下の徹底指導に歯を食いしばりながら耐えてきた。出会いから半年が経ち、今では「大下さんとの出会いが僕の人生に大きな変化を与えた。かけがえのない師です」と公言するほどの関係を築きあげた。

 かつて伝説の特大ホーマーを打った球場で、こんどは愛弟子が大仕事をやってのけたのだ。劇的なサヨナラ勝利に目尻を下げた大下コーチは、さぞ感慨深かったことだろう。

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