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ラストイニングの不覚

 前半戦を34勝27敗5分、首位阪神と1.5ゲーム差の2位で終えたドラゴンズ。悲願の優勝を射程圏内に捉えた好成績に見えるが、必ずしも前向きになれない理由がある。昨年も貯金「8」で折り返しながら8月に7勝15敗と大きく負け越し、それが原因で首位戦線から脱落した苦い経験があるからだ。

 ただし事情の違いは考慮しなければならない。投打共にガッチリ噛み合った昨年の前半戦とは違い、今年の中日は開幕後のスタートダッシュこそ成功したものの、5月に入ると投手陣が崩壊。松本に頼りきりの状態が1ヶ月以上も続いた。

 また怪我人の続出も追い打ちをかけた。稲葉の自律神経失調症に始まり、渋谷、星野仙、ウィリアム、谷沢、島谷ーーと故障の大小はあれど誰かが必ず欠けていた。そうした苦しい中でも大島、谷木などニューヒーローが現れ、また高木守、木俣のベテラン勢が気を吐いてチームを牽引した。結果的に7個の貯金を作れたことは、怪我人の復帰が見込まれる後半戦に向けて明るい材料といえるだろう。

「後半戦になったら、ウチはもっと強くなるよ。だからボク、楽しみね」。与那嶺監督が特に心待ちにしていたのが島谷金二の復帰だ。6月上旬の北海道遠征の試合中、スライディングを行った際に左足をひねって負傷。当初は軽い捻挫かと思われたが、「左ひざの靱帯の一部が切れたらしく、半月の間、歩行もできなかった」(島谷)という思わぬ重傷で長期離脱を余儀なくされた。

 その間、本職外野の大島が慣れないサードを必死で守り、どうにかして穴を埋めたが、昨年のチーム二冠バッター(本塁打、打点)の不在はどうしたって痛手だった。その島谷がようやく試合に出られるまでに回復。さっそく後半戦の初っ端から「7番サード」でスタメンに名を連ねた。

*   *   *

 島谷がさっそく快音を響かせたのは、2回1死一塁の場面だった。約1ヶ月半ぶりの檜舞台。その間、実戦経験は一切なく、オールスター期間中に軽いバッティングとフィールディングを始めたばかり。ぶっつけ本番に不安もあったが、故障の影響を感じさせないクリーンヒットに与那嶺監督もホッとしたことだろう。

 試合が動いたのは4回表だった。谷沢の11号ソロで、それまで外木場を打ちあぐねていた中日が待望の先取点を手にしたのだ。ただ、この一発で外木場はネジを巻き直したように球が走りだし、5回からはノーヒット投球。中日打線は四死球をもらうのが精一杯だった。

 一方、後半戦の初陣を任された中日先発の三沢は、序盤のピンチを乗り切ってからはテンポよく凡打の山を築き上げた。3回から6回までは、こちらもノーヒット投球で、ゲームはこれといった波風も立たぬまま、あっという間にラストイニングを迎えていた。最終マウンドに立つのはもちろん三沢だ。

 実は交代のタイミングもあった。8回表、先頭のウィリアムが四球で歩いたとき、追加点が欲しい中日ベンチは代打に藤波を用意していたのだ。だがベンチは熟慮の末、三沢の続投を決断した。この続投には根拠があった。広島を2試合連続完封し、無失点イニングは26回に及んでいた。あと1イニングで対広島3連続完封。不確実な追加点より、この好調の流れに乗る方が賢明だと判断したのだろう。

 勝利まであと3人。先頭の山本浩を簡単に二飛に取り、続く三村も2球で追い込んだ。しかし3球目、甘く入ったシュートがセンター前に抜けた。勝利への焦りか、あるいは油断か。このヒットをきっかけに三沢は崩れ始め、山本一、マクガイアにも連打を許して同点に追いつかれた。一、三塁にランナーを残したまま、ついに降板を告げられた。

 三沢はその後の顛末を見なかった。見ようとしなかった、と言う方が正確だろう。マウンドを降りると、顔を真っ赤にしてロッカールームに直行した。そこで広島ファンの大歓声を耳にして、ゲームの結果を察した。「負けたでしょ」。そう呟くと、濡れたアンダーシャツで汗を拭き、帰り支度を急いだ。

「勝ったと思ったけど……」。まるで力尽きたかのように、与那嶺監督は言葉を絞り出した。その無念さは計り知れない。追いすがる巨人が大洋を逆転劇で下してゲーム差が縮まったのもダブルショックになった。

 昨年、中日は後半戦初戦の敗戦から立ち直れずにシーズンを終えた。今回も似た状況で、不安感は避けられない。一方、巨人は川上監督の “ぽかり事件” 以降、結束を強め、神・中を脅かしている。“1番長島” という奇策も効果を上げ、V10への期待が高まっている。

 巨人と直接対決すれば、経験豊富な巨人が有利。そのため中日は取りこぼしを避けねばならない。勝てる試合を確実に勝つことが鍵だ。その点で、5位相手の9回逆転サヨナラ負けは最悪の結果だった。

 20年ぶりの悲願に向けて、中日の真価が問われる夏がきた。

広2xー1中
(1974.7.26)

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