見出し画像

事故物件専門調査員桑津の管理ファイル【とあるマンションの話 ⑤】

事務所に帰ってまず珈琲を淹れて、一息ついたころに藤原さんからの報告書がメールで届いた。
A4のペライチのレポートだったが、知りたいことがそこに書いてあった。

事故があったのは躯体工事の中盤あたりだったらしい。
上層階に鉄筋などの資材を運ぶためのワイヤーが突如切れ、しなったワイヤーが当時6階付近で作業をしていた30代の男性作業員のBさんの右腕に直撃。右腕の橈骨と尺骨をぶち折る形となり、右腕の大半を失った。
当時現場は騒然となり、Bさんは現場にいた同僚にとりあえず右腕をきつく縛ってもらい、救急病院へと搬送されたとのこと。
その際、車で5分のところに救急対応ができる病院があったため、その場にいた者の運転する車で連れて行ったとのこと。
その後、Bさんは治療の甲斐なく、運び込まれた病院で死亡の判定がされた。
この時救急車も呼ばず、警察にも連絡をしなかったため、これまで明るみに出ることもなかったそうだ。
かなり凄惨な事故なのだが「分譲前に事故物件」になることを極度に恐れた現場監督によってこの事故は緘口令が敷かれ、隠蔽された。
実はこの事故の前にも作業員が落下し、けがをする事故を起こしたばかりだったので、余計にプレッシャーがかかっていたそうだ。

にしても、これはいろいろとあかんやつではないか。
建設的なことは門外漢なのでわからないが、これが事実だといろいろまずくないか。

この事故によりBさんは死亡したが、「マンション敷地内での死亡」にならなかったため、新築時の重要事項説明書にも記載がなかったのだ。
まぁ確かに敷地内で死亡していなければ、厳密に言えば心理的瑕疵には当たらないが、だからこそBさんは止血もそこそこに「現場から早急に」運びだされたのではないか、と勘繰ってしまう。

Bさんはやはり死亡していた。
だからこそ、あの部屋に出るのか。
事故を恨んで?
自分の死を隠してまで優先された新橋ローズタワーに住む人に対して化けて出ている?
そんな簡単な帰結でいいのだろうか。
どこか引っかかる。
俺には彼が恨みつらみであそこに立っている風には視えなかぅたからだ。
彼は何を伝えたいのか。

俺は現場で彼を視てから、一つの仮説を立てていた。
そのために波風さんにDMで質問して、回答を得ているが、まだ確証には至っていない。
まだピースが足りない。

俺は藤原さんに電話をした。
報告書のメール送信のお礼と、追加のお願いをするためだ。
「藤原さん、難しいかもしれませんが、
 Bさんのご遺族の方、おられましたら少しだけ
 会ってお話ができませんでしょうか。
 おそらく奥さんとお子さん、それも小さい
 お子さんがいるはずなんです。」

藤原さんはまた電話の向こうで素っ頓狂な声を出しながら、

「そ、そこまでわかるんですか。
 そうです。奥様と息子さんがいるそうです。
 もしかしたら、桑津さん、お会いして話を
 聞きたいんじゃないかと思いまして、
 当時の躯体工事を担当して今回のヒアリングを
 した人に頼み込んで、連絡先を聞いて
 おります。」

藤原さん、やるじゃん。
俺のこと、だいぶ熟知してきたんじゃなーい?
これは手間が省けた。でかした藤原ちゃん。
俺の中で親密度が一気に上昇し、心の中で親しみを込めて藤原ちゃんと呼び始めていた。
俺よりもずっと優秀で年収も高い藤原さんのことを。苦笑

「さすがですね藤原ちゃ、いや、藤原さん!
 助かりました。では、先方にご連絡を
 入れてもらい、お伺いできる日を調整して
 ください。」

慌てて、ちゃん付しそうになった。
まぁ俺のこと先生って呼ぶときあるし、あいこだ、あいこ。
そして何往復かやりとりをし、ご遺族の方に連絡を入れてくれたようで2日後にご自宅にお邪魔できることとなった。

そして2日後。
俺は東大阪市にある、3階建てのよくある建売住宅の前にいた。
Bさんのご遺族のお宅である。
藤原さんが手配してくれた。
俺のことをどう説明してくれたのかはわからないが、藤原さんのことだ。
あれこれ考えず、あの律儀な性格のまま、誠意を尽くしてくれたのだろう。
一応、手土産のお菓子も持ってきたし、このまま家の前にいても仕方ない。
ええいままよ、と玄関横のピンポンを押した。

「はい・・お待ちしておりました。
 どうぞおあがりください。」

意外とスムーズにお邪魔することができた。
2階にあるリビングに通された。

「この度は主人がご迷惑をかけている
 そうで・・」

「いえいえいえ!そんな。
 全くの荒唐無稽なお話を信じて頂いて、
 お時間も頂いて、本当にありがとう
 ございます。」

藤原さん、全部普通に話したのかよ。。
よく信じてくれたもんだ。

「おたくの死んだ旦那さんが元職場で
 化けてでて、住人を怖がらせているんだぞ」
ってことをオブラートに包みつつも、すべて伝えきる自信は俺にはない。

「いえいえ、主人も辛かったと思います。
 一生懸命、私や息子のために働いていて
 くれたのに、あんな事故に遭って。」

「本当にお悔やみ申し上げます。
 お辛かったですね。」

「はい、私以上に、パパっ子だった息子が
 不憫で。」

悲しげな奥さんの目線の先に、奥さんとBさん、息子さんの3人で撮られた写真があった。
すぐ横の仏壇に置かれているまさに仏頂面のBさんと比べると、別人かと思うくらいニコニコ笑ってこちらを見ている。
俺が視たBさんの、むすっとしたぶっきらぼうなイメージとは程遠いほどいい笑顔で、生前はほんと良いパパだったんだなと思いが馳せてしまい、俺ももらい泣きしかけていた。
こういうのに弱い。

「そうですね、旦那さん、ほんと良い顔
 されています。
 私が視た印象とは全く違って。
 子煩悩な方だったんでしょうね。」

「そうなんです。いつもは無口でぶっきらぼう
 でしたが、息子の涼太に対しては本当に
 良いパパだったと思います。」

「え、いま息子さんの名前、りょうたくん
 とおっしゃいましたか?」

思わず聞き返してしまった。
あの部屋の住人Sさんの息子さんも確かリョータくんだったはず。

「はい、涼しいに太いと書いて、涼太です。
 今年で6歳になりました。
 あの写真のころは4歳ぐらいだったと
 思いますよ。」

年頃もリョータくんに近いな。
そうか、それでか。Bさんがあの部屋に固執する理由が一つまた理解できた。

「実はご主人が出る部屋の住人に4歳の
 お子さんがいまして、その子の名前も
 リョータくんなのです。」

「ええ!そんなことが。。
 主人が他人様の前に化けて出たと聞いて、
 そんなことする人ではないと、
 事故のことを恨みこそすれ、関係ない住民の
 方に化けて出るような人ではない、とそう
 思っていたのですが、そういうでしたか。
 その子のために、出たのかもしれませんね。

 それならこっちの家にも出てくれたら
 いいのに。
 涼太はあなたのこと忘れずに帰ってくるのを
 ずっと待っているのに。。」

奥さんは潤んだ目から大粒の涙を流しながら、遺影のご主人に語り掛けているようだった。
そこから少しお話をしていただいたが、あの事故があって、専業主婦だった奥さんも涼太くんも頼れる身内がなく路頭に迷いかけたのだそうだ。

そこでBさんの雇い主であった建設会社は責任を感じ、その後の生活に支障が出ないようずっとサポートをしてくれているらしい。
そのことについて、奥さんは大変感謝していると言っていた。

ただ俺からしたら事故を隠蔽した見返りというか罪滅ぼしなんじゃないのかという考えから抜け出せず、どうもしっくりこない感情を抑えていた。
奥さんも当初はこんな凄惨な事故なのにニュースの一つも出ないことを疑問に思ったが、主人の仕事が建設関係ということもあって、「これから新しい暮らしを始めようとする方にとって深い影となるようなことは控えた方が良い」と思い、建設会社の責任を問うこともなく、特に誰にもこのことを話してはいないそうだ。

事故から2年近く経ち、今になって主人が化けて出るようになったと聞いてビックリしたとのこと。
そりゃ当然である。
しかもそれを「視える」探偵のような者が話を聞きに行きたいと言っていると建設会社の人から聞いた時は正直戸惑ったそうだが、主人が死んでからも他人様に迷惑をかけているのならば、それは遺族として対応しないといけないので会います、という話になったとのこと。
ええ奥さんやん・・。
そんな良い奥さんに俺はちょっと辛いことをこれから尋ねないといけない。
ごめんね、奥さん。

「いろいろとお話を聞かせて頂いてありがとう
 ございました。
 ほんとこの2年、いろんな感情をお持ちに
 なりつつ、お過ごしになられたのですね。
 恨みつらみもあったでしょうに、ご主人の
 お仕事のことも配慮して沈黙を貫いて
 こられた奥様の考えに、本当に感服いたし
 ました。
 ますますこの事案に対して、よい解決を
 迎えることができるように、
 私もがんばっていきます。」

あぁ、つい言っちゃったよ。
滅多に言わない「がんばります」
がんばるって何を偉そうに。
Bさん、成仏させられる力とかないのにさ。
自問自答で恥ずかしくなる。

「そのために、最後に一つだけ質問を
 させていただければと思います。
 当時を思い出させることでお辛い質問なので、
 答えにくければそうおっしゃって下さい。」

さすがにこれを奥さんに聞くのは・・とここに来るまで散々思い悩んだが、聞かないと前に進まない。
俺がこれまでに建てた仮説通りだと、今までに起こったこと全てに説明がいく。
なぜBさんはあの部屋に出るのか。
なぜベランダなのか。
なぜ今更なのか。

まず俺ですら「それはないやろー」的なぶっ飛んだ仮説なのだ。
だからこそ、そこにある程度の確証がないと関係者も納得させられないだろう。
かなりの荒療治になるからだ。

俺は勇気を出して、奥さんにある質問をした。
Bさんが搬送された病院で、無言の体面をしたその時の様子を。
遺体の確認をしたときの様子を。

奥さんは時々言葉に詰まりながらも、重要な証言をしてくれた。
藤原さんの報告書にはそこまで記載はなかった。
奥さん以外、関係者は誰も知らなかったのだろう。
奥さんの証言によって、俺の仮説はさらに真実味を帯びてきた。

俺は奥さんに丁重にお礼を言い、お宅をあとにした。
帰るときに涼太くんが小学校から帰ってきたらしく、玄関で軽く挨拶をした。
元気よく「こんにちは!」と挨拶をしてくれたあとで、俺が持ってきたお菓子に目を付けてさっそく食べてくれていた。
利発そうで良い子だ。
どことなく背格好も「リョータ」くんと似ている。
だからこそ、Bさんはあの場を離れられないのだろう。

さて、これでピースはほぼ埋まった。
波風さんからの助言の検証もできる。
あとは現場で関係者を集めて、ちょっとした検査をするだけだ。

俺は帰り道、最寄り駅まで歩きながら藤原さんに、Bさんのご遺族の方の話を聞けたので、今から事務所に帰る予定であることを伝え、近々関係者に集まってもらって、件の部屋であることを検証したい旨、伝えた。
これでまた一歩進むはずだ。
そこから先はBさんや関係者がどう進むかによるが。
どちらにせよ、最初考えていた以上にこれは大ごとになる。
ある関係者からは恨まれるかもなぁと思いつつ、Bさんの奥様の気丈な態度やこれまでの配慮に報いなければならぬ。
そういう思いで、調査の終了に向けて、段取りをつけていった。

続く

この物語は一部フィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?