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すべりだい 4.5

藤木さんとそういう仲になった際に気を付けたことがあった。
呼び名である。
お仕事の都合で、ほぼ毎日会う。
まぁ、平原さんには即バレしたのだが、ほかの人にはそうはいかない。
偏見かもしれないが、銀行のおっさんたちは人の色恋が大好物なのだ。
しかも下世話。
聞くに堪えない猥談を普通にしだす。
そういうのを聞かされるのは苦痛だったし、登場人物になるなどまっぴらごめんだった。

藤木さんは、絵里ちゃん、という名前だった。
一緒に一晩過ごすまでは意識したことすらなかった。
絵里ちゃん。可愛い名前だ。
俺は二人きりの時はどこでも、絵里ちゃん、と自然と名前で呼んでいた。

問題は、藤木さんの方だった。
最初の方は好んで俺の名前にさんを付けて呼んでいたのだが、ある日、俺を呼ぶときに銀行内で普通に名前で呼んでしまったのだ。苦笑
凍り付く空気。
その後に訪れるであろう、春の訪れが予感された。
春画の世界、の方の春である。来んでいい。

「えぇ、はい、そこ、立ち合い者とこ、名字だけ書いて、名前の部分、抜けてましたね。
 合ってます、あきら、です。
 結晶の、晶に、羅生門の羅です。
 キラキラネームですみませーん。」

我ながらグッジョブ!な光の速さで、訪れようとする春から、少し冷たい風が吹くような晩秋ぐらいにまで季節を戻した。
エロいおっさんたちの反応を見る。
一瞬何かを期待したように見えたが、今回はセーフっぽかった。

この一件で完全にビビった藤木さんは、以降、俺のことを名前でなく、普段から名字で呼ぶようになってしまった。
銀行内ではもちろん、デートで南京町の老祥記で豚まんをつついているときも、仕事で同行中の車内で、信号で止まるごとにキスをしてるときもずっと桑津さん、と呼び続けるようになった。
俺は変わらず絵里ちゃん、だったけど。

ただ、彼女の部屋にいるときだけは、名前で呼んでくれた。
「ここはええのん?また銀行で呼んじゃうかもしれへんで?」

「私の部屋はいいんですー。だって、初めていちゃいちゃしたのも、ここやから。この部屋だけは特別。
 この部屋の中だけは、晶羅さんと二人だけの世界なんやもん。」

「あぁ、腕引っ張られて連れ込まれたこの、世界ね。微笑」

「もぉそれ、いつまで言うのん?」

「うーん、絵里ちゃんが外で俺を名前で呼んでくれるまで、かな。」

悲しいかな、最後まで外では桑津さんだった。

絵里ちゃんこと、藤木さんとこういう仲になってしまってから、仕事で終電に掛かりそうな夜は、彼女の部屋に泊まるようになった。
週にして、1回か2回。
たいがい忙しくなりそうなときは、事前にわかっていたから、仕事で顔を合わせた際に、それとなく藤木さんは聞いてくるようになった。

「桑津さん、今日もお仕事、お忙しいんですか?」

「ええ、今日は借換と抹消案件をたくさんいただいてますので、帰るのも遅くなりそうですね。。」

「そうなんですね!それはしんどいですね!微笑」

いや藤木さん、満面の笑みでそれ言うの、どうかと思うよ。苦笑
そう思いながら、俺もウィンクして合図を送った。
今から思えば、俺の方は結構スリルを楽しんでいた節あるなぁ。

藤木さんがすべりだいの順番待ちに加わったことで、他の3人の俺の利用状況にさすがに変化が訪れた、ように思えた。
ただ、実際はそうでもなかった。
それまでは、平日はパティシエになったパティ子と、アパレル店員の明日香キララ似のキララちゃんがうまいこと譲り合いをしていた。

どちらも突然会いたいと言ってくる系だったのだが、示し合わせたようにパティ子は週始まりが多く、キララちゃんは逆に週の中頃が多かった。
藤木さんとは仕事でほぼ毎日会うし、ちょっとお昼にランチデートなどもできたので、そこまで毎週会いたいなどは言ってこなかった。
夜に会うとしても、仕事が忙しくて神戸の職場から大阪に帰るのが辛いなーという平日くらい。

ちなみに藤木さんにもきちんと、彼女がいることも伝えていたので、理解はしてくれてる。
(誰だ!神戸の女だなとか言った奴は!)
あと2人いる、とは言ってなかったけれど。

残ったのは「彼女」の美人子だが、彼女には他に3人女の子がいることは、もちろん言ってなかったので、土日は彼女のためだけに確保していた。

とはいっても、さすがに週7日のうち、4人を相手にしていると・・辛くなってくる。
肉体的に。笑
じゃあ、しなきゃいいじゃん、と思うかもしれないが、その当時の俺は、今考えてもどうかしていると思うくらいに、

「俺ががんばれば、みんな幸せにできる!
 4等分じゃない。俺が400%の力を出せば、
 みんな100%愛せる!!」

って思い込んでたんですよね。
若いって素晴らしいですね。
ただ、仕事も相変わらず激務に次ぐ激務で。。
土日もしんどくてダウン、しちゃうこともあったりして、彼女のご要望を満たせないことも出てきた。
美人子は近頃メンヘラ化して、こっちの都合を全く考えないような遠出やデートプランをおねだりするようになってきたのもあって、それでも叶えてあげようとがんばって無理をするようになっていた。

そして、事件は起こった。

「ねぇ、あっきー。なんで休みに会ってくれないの?私はドライブに連れて行って欲しいの!ほら、掬星台っていう夜景がきれいなとこ、兵庫県にあるんやんな?私そこに行きたい。そこでまた思い出が増えるやん。」

「あぁ、ごめん。ちょっとさ、仕事忙しくってしんどくてさ。(道はよく知ってるよ。キララに先にせがまれて、先週行ったから。苦笑)」

このメールのやり取りをしていたのは、確か金曜夜中の1時くらいだったと思う。彼女は明日から始まる休みに大興奮。
俺は疲労困憊でマジで気絶する5秒前。

「だったら、仕事セーブすれば良くない?働きすぎやん!なんでそんなに働くのん?
平日だって、泊まり込み?みたいなことする日もあるやん。
そんなにしたい仕事でもないんでしょう?」

「(まぁ、泊まり込みではないんやけど、)
 うーんそやな、働きすぎなのは認める。
 ただ、俺自身がセーブできるようなそんなご身分やないねん。
 ほら、いろいろ稼いで貯金もしていかなあかんやろ?」

ここらへんで、ほんと、もう寝落ちしそうな感じだった。

「え、それって・・ちゃんと考えてくれてるってこと?」

「うんうん、ちゃんと考えているよ。」

「ちゃんとってどんな風に?実は行きたいとこがほかにもあってさ、前に見せたけどゼクシィ、あるやん?」

あぁ、結婚式場の話か。
おそらくここから1時間くらい、行きたい式場の話は続く。
パンフレットのない商品説明を目の前で延々とされる身にもなってくれよ。苦笑

ここらへんでもう、美人子の話は目には映れども、頭に入ってすらなく、かろうじて返事だけ返している状態だった。
そして俺は今までやったことがないミスを犯してしまった。

「ごめん、絵里ちゃん、今日はちょっともう目が開かんくなってきたから、明日ほら、朝会うやん、そのとき聞くから、もう寝ていい?」

「絵里ちゃん、て・・誰!!!」

あああああああああ!!!!
やってしもた。。
実は、美人子の名前は、恵美(えみ)ちゃん。
藤木さんが、絵里(えり)ちゃん。
パティ子は夏未(なつみ)ちゃん。
そしてキララちゃんは、愛美(あいみ)ちゃん。
とんでもなく、「~み」ちゃんが多かった!!笑
これまでは間違えず完璧にこなしてたのに!

恵美ちゃんに、絵里ちゃんて言っちゃった。。
しかも、絵里ちゃんだけ、「り」で終わるから、こっから言い訳の巻き返しが出来ない!

藤木さん加入によりこんな影響があるとは想像できなかった。。
俺も藤木さんって呼び続けたらよかったのかも。

さっきまで戦っていた眠気は俺を嘲笑うかのように夜の闇に退場し、代わりにやべぇよやべぇよ!!と羽の生えた出川哲郎が俺の周りに飛び交い、騒ぎ始めたのだが、どうしようもなかった。

次回、とうとう二股もとい、四股がバレるの巻 につづく。


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