コロナと断食と。【前編】
嗚呼、もうどうにもこうにも、やりずらい世の中であると。
そんな溜息ををあざ笑うかのようにコロナがやって来た。
嵐のようである。
綺麗なこと、嫌なこと、好きなもの、愛しい人、
批判も協調も善意も悪意も、
全部まるごと薙倒すみたいにして、これはもう暫くは、
やっと、
人間が人間であることを思い出すのだろう。
それならばゴールデン・ウィークに『ペスト』でも読もうかと思うものの、
帰省も叶わず東京の隅で溶けるようなぬるま湯の日々。
電車の音を窓越しに聴くだけの一日。
大崎善生『パイロットフィッシュ』の一節を想い出す。
僕は川底に沈みこんだ。
その場所からゆらゆらと揺れ続ける外の風景を眺めていた。夜も昼も、部屋の電気はつけっぱなしだった。それは、川底にいる僕にとっての太陽だった。空は広く、鳥たちは飛び交い、蝶が舞っている。川は流れ、魚が矢のように泳ぎ去っていく。これでいいのかもしれない、と僕は思った。都立家政の六畳一間のアパートの万年床の上に寝転がり、こんなに美しい眺めをゆらゆらとした現実を見続けることができる。きっと、もう手を伸ばしても届かないのかもしれない。自分は少しこの場所に長くいすぎて、気がつかないうちに深みにはまってしまっているのかもしれない。
その証拠に、あんなに鳥たちがたくさん飛び交っているのにひとつの囀りも何の物音も聞こえないし風を感じないじゃないか。
孤独だと思った。(大崎喜生『パイロットフィッシュ』角川文庫)
遠く電車の音を聴いていると、まるで水底へ落ちていくような心地がする。
深く沈み、人混みや日常から離れてゆく。
一度潜ってしまうとなかなか水面から顔を出す気になれない。
しかし、引きこもりにも才能が必要というが、
自分ほど適した人材もそう居ないのだろう。
延々と、どこまでも沈む身体をどうにか起こして作り置きのスパイスカレーを温める。
レンジの音だけが響く。酷く心地が良い。
隠居生活。
決して嫌ではないが、
檻から出るなと言われれば出たくなかったものも出たくなる。
当たり前のことだ。
この日常が強要されているのだと思い出した瞬間、先程までの心地よさは失われ、「つまらない」という感情だけが湧き上がる。
つまらない。
つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない、
満腹になった私は箸を置き、
ふと、いつかのメンヘラ神が成田山の断食道場を三日で逃げ出した話を思い起こした。
あの日記を読んでからずっと、成田山へ行ってみたいと思っていた。
別に、死にたいわけじゃあないが。
半日かけて「断食」について調べた。
塩と酵素と水があれば自分でもできるらしい。
英語ではファスティングというらしいが、
なんとなく「断食」という単語の響きの方が好きだと思う。
断食(だんじき、英語: Fasting)、絶食(ぜっしょく)とは、飲食行為を断つこと。一定の期間、全ての食物あるいは特定の食物の摂取を絶つ宗教的行為[1]。現代では絶食療法(一般に言う断食療法)として医療行為ないし民間医療ともされている。固形物の食べ物を口にするのを止める行為であり、水すらも一切飲まない断食もある。断食は世界の諸宗教に広く見られる[2]。食料を摂らないことを「絶食」「不食」という表現が使われることもある。食事は断つものの、「水か茶なら飲んでも構わない」とする断食もある。断食 - Wikipedia
ダイエット、精神統一、体内クレンズ…ネットを漁ると、あらゆる場所で様々な効果が謳われていたが、一度やってみたいという気持ちの方が大きい。
怖いもの見たさ。好奇心。R18。
単純に興味がある。
久々に、まるで旅支度でもしているような気分だ。
コロナで成田山の断食道場は休み。とはいえ単に数日間食を抜くだけの話だ。
暫くは外に出ることも飲みに誘われることもないだろう。家でやればいい。
それに、なんだかこの生ぬるい日常と似合っている。
必要な日数を計算する。
明日から2~3日で準備食を取り、その後5日間断食、のち2日で回復食。
束の間の暇つぶし。
小さな試みを想うと、少しだけ頬が上気する。
いつの間にか夜がきている。
ともすれば、これはしばらくの最後の晩餐。
ところでUberEats(ウーバーイーツ)は便利だ。
家から一歩も出ずとも豪華な食事が楽しめるとは。最後の晩餐にふさわしい。
旅先でよくUber(ウーバー)は使っていた(※最近は多くの国で使用できてタクシーよりも安全である)が、日本ではタクシー用途よりも先にデリバリーが浸透するとは。
便利になった世の中に感謝しつつ、配達員”タカヒロ”が運んでくれたハンバーガーを食らう。
そして私は満腹になり、満足した身体は気付くとそのまま眠りについていた。
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