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半分妄想です。時系列がゴミ。

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"こんなことを、こんな混沌を、感じない人がいるのだろうか。善良で明るくら朗らかに生きている人が、いるんだろうか。たとえばこんなノートを読んで、なんだ汚い、暗い、気持ち悪い、とだけ、そういう風にだけ、思う人がいるのだろうか。僕は、そういう人になりたい。本当に、本当にそういう人になりたい。" "変にくすぐったい気持ちが街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪党が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんな

    • 真夜中の白状

      先日、久しぶりに勢い余って号泣してしまいました。 涙どばどば、鼻水でパジャマもびちょびちょ。 家で、一人で、真夜中に、どうにも耐えきれませんでした。 しかし爆笑しながら泣いたのは初めてです。 こちらの件です。 初めの方は普通にゲラゲラ笑っていたのですが、なんだか、乳首のテロップのあたりで、「面白い」が時空を超えてゆきました。 自分は確かにこの映像を観て、爆笑していたのだけれども。 確かに爆笑していたのだけれども。 こんな、あまりにも真剣なボケを突き付けられて、圧

      • 忘れられないサハラ(2018.09.23~24)

        "サハラ"とは、エジプトでは「砂漠」の意である。 だから、本来は"サハラ砂漠"なんて呼び名はおかしいらしい。 サハラ(アラビア語: ﺻحراء‎ ; ṣaḥarāʾ ; サハラーゥ)とは、元来アラビア語で「砂漠」「荒野」を意味する一般名詞だが、とくに北アフリカなどでは日常的にサハラ砂漠を指すことから、そのまま固有名詞としてヨーロッパの言語に定着した。アラビア語で明示的にサハラ砂漠を指すときには、「アッ=サハラーゥ・ル=クブラー」(アラビア語: الصحراء ال

        • 旅に出るということ

          もしもきみが今つらいなら、 何もかも投げ出してしまいたいくらいにつらいなら、 思い切って海を超えてみるといい。 少なくとも、電車に向かって飛び込んだりするよりは危なくないというか、幾分かはマシなはずである。 誰が決めたのか知らないが、日本は世界で一番安全な国だという。 一歩外へ出てみるのも悪くない。 少なくとも、地球の裏側の土を踏んだ事実は、未だに私を勇気づけてくれている。 そこに全く異なる世界があることを知っているだけで、日常の嫌なことも全部小さな出来事に思え

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        記事

          コロナと断食と。【後編】

          5月16日(土)。 あまりにも長かった断食を終えた。 食べ物が好きすぎる者にとって「断食」は結構きつく、期間中は何かを書く気にすらなれなかった。 よって断片的なメモのみ。 ■5月7日(木):突如「断食」という遊びを思いつく。天才かと思う。酵素(コンブチャクレンズ )を注文。 ■5月8日(金):準備食1日目。なんとなく身体によさそうなものを選んで食べる。肉と魚は避ける。 ■5月9日(土):準備食2日目。肉と魚とカフェイン抜きによる精神的ストレス。野菜だけ

          コロナと断食と。【後編】

          コロナと断食と。【前編】

          嗚呼、もうどうにもこうにも、やりずらい世の中であると。 そんな溜息ををあざ笑うかのようにコロナがやって来た。 嵐のようである。 綺麗なこと、嫌なこと、好きなもの、愛しい人、 批判も協調も善意も悪意も、 全部まるごと薙倒すみたいにして、これはもう暫くは、 やっと、 人間が人間であることを思い出すのだろう。 それならばゴールデン・ウィークに『ペスト』でも読もうかと思うものの、 帰省も叶わず東京の隅で溶けるようなぬるま湯の日々。 電車の音を窓越

          コロナと断食と。【前編】

          ホールデン・コールフィールドを探さない ~セントラルパークでの戯言~

          ひとえにサリンジャーが絡んだ途端、こうも盲目的になってしまうのはどうにかならないものか。 2017年の3月中旬、 ニューヨークへ降り立った。 こよみを見る限りでは多少春めいているはずなのに、雪の酷い夜だった(帰国後、新聞に載っているのを見つけたときには驚いた)。 ラガーディア空港の出口から一歩外に出ると、凍てつくような寒さが襲う。それでも気分は最高潮だった。 ついに訪れることが出来たという気持ちと、ニューヨークという地に足を踏み入れることで、自分の中から大事な

          ホールデン・コールフィールドを探さない ~セントラルパークでの戯言~