座り仕事

石原慎太郎の"国民への「遺言」"を覚えているだろうか。

数年前の衆議院予算委員会にて、実に100分もの時間、安倍晋三首相へとぶつけられた当人の質疑を、石原氏自身が遺言と称した。


それは改憲であり、あるいは強硬的な防衛論議であったが、何よりも「パチン!と鯉口を切るべきだ」という文言を印象的に覚えている。

毅然とした態度で鯉口を切る。それは即ち、寄らば斬る!という鋭い威嚇である。

施作や姿勢ではなく、この寄らば斬る!という態度こそ大事にしていこうと当時は深く思った。

座り仕事、立ち仕事という言葉を耳にし、連想するワードは?と問われるとやはり"苦痛"になってきてしまうのではないか。

そもそも論で、仕事という下の句がつく時点で須らく苦痛という連想がでてきてしまいそうなものだがそこは一旦スルーする。

私の場合は学生時代のアルバイトこそ立ち仕事が多かったが、就職以来管理系の仕事に就いている関係上、座り仕事にカテゴライズされる。

立ち仕事についても座り仕事にしても共通して肉体的なダメージ、苦痛は伴うものだが、私の座り仕事に関しては「そこにずっといなくてはならない苦痛」が大きく割合を占める。


隣席の武田は私に言うのだ。
「松岡くん、昨日はどこで飲んだの?昨日も絶対飲みにいったんでしょう?」

さらに左隣の木梨も言う。
「また飲んだんですか?ってことはまた酔っ払ってクダを巻いたんでしょう?」


私は彼らを見ることなく、目前のディスプレイのみを見据えてはっきりとした口調で断る。

「お酒はやめました。飲んでおりません」


前々日に部署異動にてこの課に配属された私は、当日行われた歓迎会で一次会こそ耐えたものの二次会で泥酔。
例のごとく社会を批判し、あろうことか会社をわずかばかり批判してしまったため、一部の人々から生意気であると悪評がたってしまった。

だがしかし、慣れっこである。お酒での失敗など。

もう酔っ払って覚えてないんです〜とか、お酒のせいです〜すみませーん!みたいなパリピ街道右端のような言い訳に意味は感じず、最近は「はい。酔っ払いました。ご迷惑をおかけしました」とのみ答えることにしている。

いいのだ。酔った時は酔った時。そして仕事の時はクールに、口数少なく対応すればそれでいい。


それをこの武田と木梨が邪魔をする。


「また悪口言う松岡くんみたいなあ」
「体調悪そうですけど二日酔いですか?」


以前の会社ではこういうノリに一個一個丁寧に突っ込み続けた結果が悲劇をまねいた。

元来童顔で背も小さく暗い私が、実はイジってOKの明るい奴でした!と判明した途端、前会社の総務や営業サポートはここぞとばかりに仕事で私を責めた。せめやすかったのだろう。

チームリーダーになり、部下ができたあとも執拗に私のみ責めた。全てはいじられキャラが確立してしまったからだ。

同じ轍はもう踏まない。


「ですから飲んでないです。仕事中なのでやめましょう」


寄らば斬る!

私は鯉口を切り彼らを威嚇した。

すると彼らは多少不満気な顔をしながら各々の仕事へと戻った。


これでいい。

感じは間違いなく悪いが仕方ない。
長いスパンでいじりをくらうよりはるかにマシだ。

×××

座り仕事の苦痛がきた…

異動したててで仕事があんまりない。もはや終わってしまった。

けれども外出の予定もいれていないため今日はずっとこの場所でなんらかの仕事をみつけ、座り続けていなければならない。


しかし何もない。


するとまるでそれを待っていたかのように武田が私に言うのだ。

「松岡くんの周りの子で変わった名前の子いる?」

「いや…まあいるちゃいますよ」

「たとえば?」

「そうですね。僕の知り合いの原くんはお父さんが大の原辰徳ファンということで、まさしく辰徳って名前つけられてましたね。」

「ふんふん。他には?」

「あとは…ミスチル好きな友人は、ミスチルからとって、娘はエソラ、息子は優しい唄で優唄って名前にしてました」

「それはいいね。実は俺の友人にもそういうのがあってさ」

「へー。どんなんです?」

「杉田っていう友達なんだけどさ、息子の名前がすごくてさ」

「すごいんですか?なんて名前です?」

「玄白」

「げ ん ぱ く !いやいや嘘でしょう!杉田玄白って!げんぱくはやり過ぎでしょ!」


「松岡くんは突っ込みがすごいなあ」


やられた。

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