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とうとうファイナル!18thショパンコンクール イチオシコンテスタント【STAGEⅢ感想②】

今日からとうとうファイナルです!

ファイナリスト12名が選んだコンチェルトは、1番が9名、2番が3名とのこと。初日の本日は4名全員が1番を選択しています。

本選、各ファイナリストの精神的重圧は言うまでもありませんが、体力面だけで言えば最も大変なのは指揮者だと思います……実際、前回もその前も、オケの疲労が感じられることは少なくありませんでした。後になればなるほど、顕著だったように思います。

実際問題 、コンチェルトでは「鳴らない」タイプのピアニストはどうしても不利になりやすいように思います。どんなに素晴らしい表現力を持っていても、ピアノがオケの音に埋もれてしまっては音楽が成立しません。
ただし、「鳴る」ことと「大きな音で弾ける」ことはイコールではないので、女性だから不利である、とは一概に言えません。ピアノという楽器の特性上、男性が有利となる場面は多いですが、一方でショパンは病弱で細身だったわけですし(パワーだけを考えれば健康体の女性の方が勝ることもあるでしょう)。
筋肉自慢がプロレスで必ず勝てるわけでもないように(?)、体格と「鳴る音を出す」「響かせる」ことは、必ずしも相関関係があるとは言えません。

また、音の鳴りだけではなく、オケとの信頼関係や協調性、といったものが求められるのもコンチェルトの醍醐味です。オケは伴奏、とにかく自分のピアノを聞け!ではダメだし、かとってオケに溶け合いすぎてしまってはソリストとして失格。こういった点を踏まえると、「コンチェルト経験が豊富なピアニスト」がどうしても有利になってきます。

さて、今回は前回のおすすめ記事に載せられなかった7名のSTAGEⅢの演奏について、感想を述べていきます。ファイナルの演奏の予習として、お読みいただけたら嬉しいです。

※名前をクリックすると当日の演奏動画に飛ぶことができます

Kamil Pacholec / Poland

正直、STAGEⅡ前半まではどうかな、と思っていたのに、後半にかけてもっと聞きたいかも、と思わせられた方。ロンドはいぶし銀で渋く。こういう表現、かえって新鮮な印象を受けた。そしてブレない堅実な演奏。
マズルカ、こちらはさすがの安定感。正統派。地味に音色を変化させてくるのがニクい。わびさびというか、無駄なものをそぎ落としたシンプルイズベストな演奏。
ソナタも、決して派手さや甘さはなく、大胆なアーティキュレーションもないのに、決して無難にはならない。いわば大人の演奏。知的で、一本スジが通っている印象を受けた。ショパンを弾く上では「やりすぎない」ことも重要なんだろうな。長く聞いていても飽きないのが素晴らしい。

Hao Rao / China

落ち着いたテンポ、やさしい音で弾き切ったベルスーズ。ソナタはドラマチックな導入。ブライトで堂々とした音。「歌う」というよりは「語る」、ドイツもののような響き。4楽章はいい緊張感!表現が音に合っている。緩急、圧力、音楽の伸び縮みなど、非常に気持ちがいい。
マズルカは陰影があって、ルバートのセンスがいい。音が明るくて、バスはもっちりした印象。3曲目では歌心を発揮。葛藤や苦しみをうまく表現している。
深い音で始まるポロネーズ。ザ・正統派、ザ・英雄ポロネーズ!堂々としていて華やかで、高音は煌びやかに輝く。コーダもバッチリ。音もよく鳴っていた。

Kyohei Sorita / Japan

美しい弱音で入ったマズルカ。キラキラの音。芯があって、温度と湿度のある音。相変わらずのポリフォニーのセンスがいいな。軽快で甘く歌く、余裕を感じさせる大人のマズルカ。落ち着いていて、でもロマンチック。2曲目は明るく華やかで、反田ワールド全開。一曲の中でくるくる表情が変わってとても楽しい。表現の幅、豊かさはトップクラスだと思う。3曲目、短調の曲なのに、なぜか彼が弾くと温かみを感じる。中間部、待ってましたとばかりにほとばしる。春の芽吹きをイメージさせるような喜びの表現。極極ピアニッシモ、すごいなー。陰と陽が対比的に表現されていて、陰影の根底に「生の喜び」のようなものを感じる。
ソナタ、落ち着いて入った導入部に続き、ぺダルを使ってソフトな表現を見せてくれる。場面転換が上手いし、音もキラキラでとても魅力的。2楽章の窮屈になりがちなテーマも、常に余裕ある弾きこなし。葬送、弱音。こんなに安定していて、かつ洗練されている葬送はなかなか聞けない気がする。デュナーミクや和声の捉え方がすごく上手い。そして4楽章。パラパラとした音で大きく波打っていく。内声も出しつつ、ひとつひとつの音を明確に奏でていく。全体をまとめるのは大きく薄いベールで包むような音色。構成力が問われるソナタでここまで完成させてくること自体が驚嘆。
遺作のラルゴ、多分はじめて聞いた。プログラムも本当におしゃれ。そして英雄ポロネーズへ。正統派で華やか、タメ方にも余裕を感じさせる。まるでリサイタルのような時間だった。

J J Jun Li Bui / Canada

バラード、素直な音がいい。音をよく聞き、よく歌っている。マズルカも寂寥感があり、丸い空間で響いているような音。落ち着いた、それでいて雰囲気のある色彩豊かな美音で進む。猛者揃いのコンテスタントたちのなかで、一種の清涼剤のような爽やかさ。かえって新鮮に聞こえてくる。不自然なルバートや大げさな緩急がなく、無理がなくて聞きやすい。
ロンド・ア・ラ・マズ―ル、高音部の美音が可愛くて素敵。静かだけど風が吹くような、明るい風景。うまみがありつつも嫌な残り方をしない、変な表現だけど、白だしのような味わい。カワイの高音も彼の世界観をうまく演出している。音量のコントロールも絶妙で、基本は弱音でコロコロと響かせる。品が良く、軽快で軽妙で楽しいロンド。
これまでの世界観から一変、重みのある男性的な、どっしりとした世界観でソナタへ。あくまでも正統派だけど歌がとても豊か。派手なことはしないけれど、誠実さと暖かさが伝わる1楽章。豊かな表現が素晴らしい。集中を切らさず2楽章、3楽章と続く。弱音で紡がれる世界。音は明るめだが、静謐な世界観がとても美しい。目の前からいなくなってしまった人に呼びかけるような、切ない表現がいい。4楽章、圧力のある太いバスと、華やかな右手のフレーズのバランスがいい。重めの表現でからしっかりルバートを入れ、華々しくフィナーレ。

Eva Gevorgyan / Russia, Armenia

髪編んできた~可愛い。この陰鬱で重たく、悲劇的な表現でピアノを奏でているのが17歳の女子だなんてな……暖房もない、うすら寒い部屋でひとり孤独に耐えている絵が浮かんでくる。いい意味で!寒い、とても寒い音楽。そこに、若干の不安定さや彼女自身の素直で少しシャイな感じが加わって、絶妙の音楽が出来上がっている。
ソナタ。よい緊迫感。2楽章の寒気のするような雰囲気はさすが!カタストロフィ的な場面での彼女は、まさに水を得た魚。中間部は声のかぎり歌う。寂しげで、それでいて「絶対に負けない」的な意志の強さを感じる。そのまま集中力を切らさず葬送へ。まさしく彼女にぴったりだな。やさしく穏やかな中間部も、常に悲しみが通奏低音のように流れている。4楽章、きちんと構造を理解して弾いていることが伝わってくる。本領発揮。

Hyuk Lee / Korea

ラ・チ・ダレム変奏曲はOp.2、つまりショパンが若い時に作った作品で、初期ショパンの技巧的な部分とモーツァルト的な軽妙さがミックスされている楽しいヴァリエーション。「典型的なショパン」ではない曲(バラードやポロネーズ、マズルカ以外の曲、という意味です)に彼の堅めの音が乗って、とても新鮮に感じられる。ところどころポロネーズだったりマズルカだったり、色々な要素が聞こえてきて楽しい。
元気のいいマズルカ。よく歌う。ソナタでは彼のテクニック、知性、体力が遺憾なく発揮された印象。音色の変化は多くはないけど、低音も高音も、響きはとてもキレイ。長時間弾いて全く崩壊しないのがすごい。

Bruce (Xiaoyu) Liu / Canada

さわやかな音で始まったマズルカ。シンプルでルバートが小気味いい。2曲目、透き通るような響き。歌があって、それ以外に余計なことをしていない感じが好感度高い。本当に音がキレイ。3曲目は美音で楽しい雰囲気、緩急も華やか。激しくなるところではずっしりと熱い表現。ウキウキできる。彼の付点のリズム好きだな。
ソナタ、熱がこもった空気感ではじまる。いい緊張感、バスのリズムがダレることなく、響きも深くてかっこいい。2楽章、メカの強さを遺憾なく発揮。無駄な力が抜けていて、歌う音色がすごく甘い。内声もちょこちょこと。あまり間を開けずに葬送へ。モヤっと鳴らすバスが新鮮、それに対して右手はブライトに弾くことで左右差を出している。再現部はこれまでのフラストレーションを開放するような爆音!そのまま入った4楽章はダイナミックに。嵐の前の静けさ、たまに風がぶわっと強く吹くことで、これからの暴風を予感させるような表現。素敵。
ラ・チ・ダレム変奏曲。弱音のテーマ、これいいな。音色の種類が豊富だし、いい緊迫感と緩急があって、とても音楽的で、何より聞いていてすごく楽しい。ちょっと歌曲のような香りもしてくる。ポリフォニーもいいし、デュナーミクも上手い。テンポを落とさずにアタッカで次の変奏へ行く感じも好き。細かいことはさておき、みんな楽しんでね!の古典派の空気感。そこにショパンの技巧や哀愁の香りが混じり合って、すごくハイブリットな世界観を素敵に聞かせてくれたように思う。

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