愛される擬人化キャラクターの作り方について【研究結果】
こんにちは。無名無実(むめいむじつ)と申します。
今回は高校での総合研究の「愛される擬人化キャラクターの作り方について」の研究結果を発表させていただきます。
もともとこのnoteは、この研究結果を高校の校内誌に載せてもらうにあたって収まりきらなかった分の延長戦の会場としてセッティングしたものになります。なので一応前提としてこの研究結果がないと以降の記事も分からないかと思うので載せさせていただくことにしました。長い(A42段組み16ページ分)ですがぜひお付き合いください。
研究内容については是非ともクリエイターの皆様や同じような分野で研究している方に(なるかどうかはさておき)参考にしてもらいたいと思っていますので、活用していただいて構いません。
とはいえ、正式な形で提出された論文では無いので、参考にする際は気を付けてください。特に調査1の二次創作の作品数については自分でも若干怪しいデータだという自覚があるので気を付けてください。
また、直接文言を引用する際は一般的な引用のルールに従ってください。
内容についての質問や間違いの訂正がありましたらコメントでお願いいたします。
この研究結果を用いて行われた新たな研究や、作られたコンテンツがありましたら是非とも報告してください。喜び勇んで見に行きます。
あと同じ高校の方は自分の正体について分かっても黙っていてください。
それでは以下、研究結果になります。
1.研究概要及び動機
近年、世界中でアニメ・ゲーム・マンガといったいわゆる”オタク”的なコンテンツの人気が高まっている。その中でも特に「擬人化」と呼ばれるジャンルのコンテンツの人気は顕著である。著者自身もそのような擬人化ジャンルの一ファンとして、その全体的な人気の理由、および擬人化コンテンツの中でも人気・不人気を分ける要素はどこにあるのかということを研究したいと思ったことが動機である。
本研究においては「擬人化」ジャンルとは、キャラクターが完全オリジナルでなく、現実世界・あるいは歴史上にキャラクターの元となったもの(「元ネタ」と呼称する)が存在しているものかつキャラクターの名前が元ネタと同じものとする。さらに、キャラクターの基本形状が人間の形をしており、人間の言語を解し、人格と認められるものを保持しており、人間の皮膚を模したと考えられる部分が存在していることを擬人化キャラクターの基準とする。つまり、キャラクターが生物種としてのホモ・サピエンスであるかは問わず、人間のようなキャラクターとなっているかどうかを擬人化の基準とする。このような基準設定をした理由としては、世間で擬人化コンテンツとされているコンテンツの多くは設定でキャラクターを生物種としての人間ではない存在と規定しているためである。
また、本来「擬人化」という言葉は『人間でないものを、人間になぞらえて扱うこと。』(精選版日本国語大辞典「擬人化」の項目より)といった意味であるが、本研究においては便宜上、元ネタが人間であるものも一律「擬人化」と呼称する。
なお、本研究内で対象にしたコンテンツの中にはこの基準に当てはまらないキャラクターも一部いるが、コンテンツ全体としてこの基準に当てはまっているキャラクターのほうが多数派であれば擬人化コンテンツとして扱う。
研究タイトルにもなっているように、本研究では「愛される」ということを基準にコンテンツを分析していく。このような基準にした理由としては、コンテンツの人気を測る基準として、経済的な成功や、ただ話題になったということだけでは不十分であると考えたためである。正確には「コンテンツのファンに『もっとこのコンテンツを楽しみたい、味わいたい』と思わせるようなコンテンツ」であることを基準とする。また、その判断には主にファンたちによって作られるコンテンツを利用した派生作品(「二次創作」と呼称する)の作品数を用いた。
本研究内においてはコンテンツについて「男性向け」「女性向け」といった表現をすることがあるが、便宜上のものであり、コンテンツやそのファンを決めつける意図はないことをご了承いただきたい。
2.研究の方法
研究においてはまず対象とするコンテンツを選出した。対象とした作品は以下の11作品である。比較的名前を目にする機会が多く、自分が多少は知っているものを選んだ。原作者については敬称略とさせていただく。また、メディアミックス作品ごとにタイトルが違うコンテンツもあるが、全体に共通するコンテンツとしてのタイトルを用いる。
『ウマ娘』(Cygamesによるスマートフォンアプリゲーム及びコミック・アニメなどのシリーズ。元ネタは競走馬)
『Fate』(TYPE-MOONによるゲーム・小説・コミックなどのシリーズ。原作者は奈須きのこ。元ネタは歴史上の偉人や伝説の英雄、神話の登場人物など)
『艦隊これくしょん 艦これ』(角川ゲームズおよびC2プレパラートによるブラウザゲーム・アニメなどのシリーズ。元ネタは戦艦)
『けものフレンズ』(KADOKAWAによるゲーム・アニメなどのシリーズ。コンセプトデザインは吉崎観音。元ネタは動物)
『刀剣乱舞』(EXNOA及びニトロプラスによるブラウザゲーム・舞台などのシリーズ。元ネタは刀剣)
『ヘタリア』(日丸屋秀和によるコミック・及びそれをもとにしたアニメなどのシリーズ。原作者は日丸屋秀和。元ネタは国)
『ディズニー ツイステッドワンダーランド』(ディズニー及びアニプレックスによるスマートフォンアプリゲーム・コミックなどのシリーズ。シナリオ・キャラクターデザインは枢やな。元ネタはディズニー・アニメーション作品のヴィランキャラクター。)
『はたらく細胞』(清水茜によるコミック、及びそれをもとにしたアニメなどのシリーズ。原作者は清水茜。元ネタは人体の細胞)
『文豪ストレイドッグス』(朝霧カフカと春河35によるコミック、及びそれをもとにしたアニメなどのシリーズ。原作者は朝霧カフカ、原作作画は春河35。元ネタは文豪)
『宝石の国』(市川春子によるコミック、及びそれをもとにしたアニメのシリーズ。原作者は市川春子。元ネタは鉱石・宝石)
『這いよれ!ニャル子さん』(逢空万太によるライトノベル、及びそれをもとにしたアニメのシリーズ。元ネタはアメリカの小説家・ラヴクラフトの小説に登場する怪物。なお、正式なタイトルでは「這」の文字のしんにょうの点が一つだが、環境上二つの「這」で表記する。また、当初に示した擬人化キャラクターの条件を満たしていないキャラクターが多いため研究対象ではなく参考作品として用いる)
次に不特定多数を対象としたアンケートによってそれぞれの作品の知名度や人気度及びユーザーが擬人化コンテンツに求めるものを調査した。
アンケートの結果をもとに対象コンテンツのキャラクター造形を分析し、人気のある作品とない作品の特徴の違いを比較した。
最後に、研究結果を生かし、自分で擬人化キャラクターを制作しその人気をアンケートで調査した。
3.研究結果(分析)
i)アンケート1「キャラクターコンテンツについての調査」の結果
2の研究の方法で示したアンケートの一つ目「キャラクターコンテンツについての調査」の結果及びその分析について。質問の中から特に興味深いと思った部分を取り上げる。
アンケート「キャラクターコンテンツについての調査」
実施形式:Googleフォームを利用したインターネット上でのアンケート
実施期間:2021年12月21日~2022年1月18日
対象:不特定多数
方法:自身のTwitter(現X)アカウントを利用した呼びかけ及びLINEでの知り合いへの回答依頼
総回答数:263件
アンケートの回答の中で注目すべき点として、質問の一つ「擬人化コンテンツにおいてはしばしば性別転換など元ネタからの大幅な変更があります。どのように思いますか。」に対する回答があげられる。
事前の予想では、この質問で挙げたような擬人化における元ネタからの大幅な変更というのは擬人化コンテンツにおいて最も人気を妨げる要素となるのではないかと予測していた。特に元ネタからの性別の変更については意見が分かれやすいイメージがあり、もっと「好みではない」の回答が多いのではないかと予測していた。しかし、結果として、このようにどちらかというと肯定的な意見が大多数を占めた。この質問について、自由回答の「その他、あなたがキャラクターコンテンツに触れるうえで重視していることがあったら回答をお願いします」という質問の回答の中で、多く「元ネタへのリスペクト」や「変更への理由付け」が重要である、という回答が見られた。大幅な変更及びコンテンツ全体について肯定的に受け止めてもらえるかは「元ネタへのリスペクト」が鍵なのではないか、と考え、「元ネタへのリスペクト」とはどのようなものなのかを分析、考察することとした。
また、アンケートの中でコンテンツの単純な知名度(内容はともかくコンテンツの名前が知られているかどうか)及びプレイ率(コンテンツに触れたことがあり、その内容まで知っているかどうか)を調査した。その結果については以下のグラフのとおりである。(画像の大きさの都合上グラフのタイトル及び凡例を省略した。グラフの上側の黒い棒が「以下のコンテンツで耳にしたことがあるものにチェックを入れてください。(複数選択可)」、グラフの下側の灰色の棒が「以下のコンテンツで触れたことがあるものにチェックを入れてください。(複数選択可)」の選択数を示している。また、文字が小さいが、グラフの各項目は2.研究の方法で示した対象作品と同じ順番で示されている。
この結果の中で着目したいのはコンテンツの更新頻度と知名度の関係である。知名度が他と比べて低くなっている『宝石の国』および『這いよれ!ニャル子さん』はアンケート実施時点でコンテンツの活動が休止中であり、話題に上ることが少なかったために知名度が低くなっていると考えられる。逆に知名度の高い『ウマ娘』や『はたらく細胞』などはアプリゲームの更新やマンガの連載などで定期更新が行われていた。
一方で定期更新が行われていても『艦隊これくしょん 艦これ』のプレイ率は低く留まるなど、必ずしも定期更新と人気の間に相関性はなく、あくまで関連性は知名度との間のみに見られるといえる。
ii)調査1 二次創作の作品数について
「愛される」コンテンツの判断基準として二次創作の作品数を用いるため、対象作品の二次創作の作品数を調査することとした。二次創作には小説、イラストやマンガ、動画、近年では手芸作品や工芸作品など多様な形態があるが、今回は主流の発表形態であるイラスト・マンガ・小説・動画に絞って調査した。また、発表の場も多いが、利用者数が多く、タグごとの作品数の検索がしやすい「Pixiv」(イラスト・マンガ・小説サイト)と「ニコニコ動画」(動画サイト)に絞って調査した。
調査方法は以下の通り。「Pixiv」及び「ニコニコ動画」においてコンテンツに含まれる作品の正式名称(シリーズ上の各タイトルの作品のタイトルを含む)及び公式略称のタグがつけられている作品をカウントし、コンテンツの最初の発表からの年数(「Pixiv」及び「ニコニコ動画」サービス開始より以前に発表されたコンテンツは両サイトがサービスを開始した2007年以降の年数でカウントした)で割って年あたりの二次創作の件数を調査した。この調査方法においてはキャラクターの名前だけでタグ付けされている作品や非公式の略称によるタグのみがつけられている作品及び、人を選ぶ内容の作品に着けられる特定のタグ付けのみがされている作品はカウントされていないため、完全にそれぞれのコンテンツの二次創作作品を把握しきっているわけではない。また、調査結果は2022年1月22日時点のものである。
結果は以下の表の通りである。(作品名は略称を使用した部分もある)
年あたりの二次創作件数が特に多かった『ディズニー ツイステッドワンダーランド』と『艦隊これくしょん 艦これ』はそれぞれいわゆる女性向け、男性向けといわれるジャンルに属しているコンテンツである。続く『ウマ娘』と『刀剣乱舞』もキャラクターは女性・男性どちらかに統一されており、一般的にはそれぞれ男性向け、女性向けとされているジャンルである。キャラクターが全員女性の姿をしている『けものフレンズ』や一般的に男性向けラブコメディジャンルに属する『這いよれ!ニャル子さん』などの二次創作件数が相対的に低い件数にとどまるなど、男性向け・女性向けどちらかのほうが二次創作の件数が多くなるという傾向は必ずしも真とは言えないが、男女両方に人気がある『はたらく細胞』や『文豪ストレイドッグス』の件数がそれほど多くないことから、多少は相関性が認められるといえるだろう。
また、調査時点でコンテンツの中の作品としてアプリ・ブラウザゲームがサービス中であるもの(『ウマ娘』『Fate』『艦隊これくしょん 艦これ』『けものフレンズ』『刀剣乱舞』『ディズニー ツイステッドワンダーランド』)の二次創作件数は『けものフレンズ』を除き特に多くなった。特に『Fate』シリーズはアプリゲーム『Fate/Grand Order』の二次創作のみに対象を絞り、同様のやり方で年あたりの二次創作件数を算出すると14万件を超え、非常に二次創作件数の多いコンテンツとなった。なぜアプリ・ブラウザゲームのほうが二次創作が増えやすいのか、『Fate』(『Fate/Grand Order』)や『ディズニー ツイステッドワンダーランド』はなぜこれほど二次創作が多いのかを後程考察する。
iii)調査2 キャラクタービジュアルについて
擬人化のみならずアニメ・ゲーム・マンガなどのコンテンツにおいて重要な要素となってくるキャラクタービジュアルと人気の関係について調査・分析した。
まず、ビジュアルという数値や一定の基準では測れないものを分析するにあたって、絵の上手さによらない描かれ方の傾向で分類を行い、それを通して分析したいと思う。分類の基準として以下の3つを設けた。
元ネタにキャラクタービジュアルに活かしやすい部分があるか
元ネタの傾向に応じてビジュアルに一定の傾向があるかどうか
キャラクター全体のデザインに統一性があるかどうか、もしくはすべてのキャラクターが一人のイラストレーターの絵に準じて描かれているかどうか
①元ネタにキャラクタービジュアルに活かしやすい部分があるか
具体的には元ネタの身体的特徴や身に着けていた(と考えられる)ものがはっきりしている・もしくはキャラクタービジュアルとして目を引く特徴があるかどうかを基準とした。客観的な分析を心掛けたが、自己判断になってしまった部分も少なくないことをご了承いただきたい。
・活かしやすい
→『けものフレンズ』、『ウマ娘』、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』、『文豪ストレイドッグス』、『Fate』、『ヘタリア』
・活かしにくい
→『刀剣乱舞』、『はたらく細胞』
・どちらともいえない
→『這いよれ!ニャル子さん』、『艦隊これくしょん 艦これ』、『宝石の国』
「どちらともいえない」の分類については、
『這いよれ!ニャル子さん』→元ネタに特徴は多いものの、どれも「怪物として」の恐ろしさを強調するための特徴であり、そのまま人型のキャラクターに反映するとグロテスクなものになってしまって人気が出づらいと考えたため。
『艦隊これくしょん 艦これ』→元ネタの軍艦それぞれの特徴はあるものの、キャラクターに活かすには装備や外付けパーツという形になり、髪形や服装などには活かしづらいと考えたため。
『宝石の国』→元ネタとなっている宝石はもともと装飾の一部であり、宝石の特徴のみでキャラクターデザインを作るのは難しいと考えたため。
②元ネタに応じてビジュアルに一定の傾向があるかどうか
具体的には、共通する特徴を持つ元ネタがある場合にその共通点を何らかの形で反映しているかどうか。この説明だとなかなかわかりづらいと思うので作品ごとに実例を一部挙げて解説する。
・ある
→『けものフレンズ』(例:元ネタが絶滅した動物のキャラは目にハイライトが描かれない)、『ウマ娘』(例:元ネタが牡馬のキャラは右耳に、牝馬のキャラは左耳に耳飾りがついている)、『刀剣乱舞』(例:元ネタが短刀のキャラは基本的に小柄な少年の姿で描かれる)、『艦隊これくしょん 艦これ』(例:元ネタが空母艦のキャラは弓を持っている)
・特にない
→『はたらく細胞』、『Fate』、『文豪ストレイドッグス』、『這いよれ!ニャル子さん』
・どちらとも言えない
→『ディズニー ツイステッドワンダーランド』(元ネタが同じ作品に登場するキャラクターは同じ「寮」の生徒という扱いになっており共通するデザインがあるが、キャラクター全体に共通する傾向とはみなせないと判断)、『ヘタリア』(イギリス内の四国など共通の民族的背景を持つキャラは「兄弟姉妹」という扱いで似たデザインとなっていることがあるが、例外も多いのでどちらとも言えない)、『宝石の国』(元ネタの鉱物が似た組成となっているものは「同族」という扱いだが、それによってデザインに明確な傾向は見られない)
③キャラクター全体のデザインに統一性があるかどうか。もしくはすべてのキャラクターが一人のイラストレーターに準じて描かれているかどうか。
具体的には公式キャラクター紹介ページのキャラクターメインイラスト(ゲームにおけるバトルグラフィックなどは除く)が一人のイラストレーターのイラストに準じて描かれているかどうか。参照した公式ページはコンテンツのポータルサイトもしくはメインの作品のものとし、スピンオフやメディアミックス作品などは除くものとする。また、開発の都合上ゲーム開発スタッフなどが絵を描いていても、特定の一人のイラストレーターの絵柄に準じていれば一人のものとして判定した。
・ある
→『けものフレンズ』、『ウマ娘』、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』、『はたらく細胞』、『文豪ストレイドッグス』、『這いよれ!ニャル子さん』、『宝石の国』、『ヘタリア』
・ない
→『刀剣乱舞』、『Fate』(コンテンツ内の各作品ごとにイラストレーターが統一されていることはあるが、それを含めてコンテンツ全体では統一されていないと判断)、『艦隊これくしょん 艦これ』
③の基準については気になる点があったため追加で調査を行った。追加の調査については下記の調査2-追を参照。
iv)調査2-追 アプリ・ブラウザゲームのリリース時期とキャラクタービジュアルの関係性について
調査2の③の基準についての調査の中で、擬人化コンテンツのアプリ・ブラウザゲームはリリース時期によってイラストの描き方の統一性が分かれているのではないかと思った。調査2の③で分類したものをアプリ・ブラウザゲーム(コンテンツのメイン作品として運営されているもの、マンガやアニメのアプリ・ブラウザゲーム化は除いた)を含むコンテンツに絞り、アプリ・ブラウザゲームのリリース年と併せて改めて示すと、
・ある
→『けものフレンズ』(『けものフレンズ3』2019年)、『ウマ娘』(『ウマ娘 プリティーダービー』2021年)、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』(同名アプリ2020年)
・ない
→『刀剣乱舞』(同名ブラウザゲーム2015年)、『Fate』(『Fate/Grand Order』2015年)、『艦隊これくしょん 艦これ』(同名ブラウザゲーム2013年)
となり、2015年前後リリースのものは描き方(イラストレーター)が統一されておらず、2020年前後リリースのものは統一されていることがわかる。この傾向の原因については後程考察する。
4.考察
i)考察1 アンケート結果1において見られた「元ネタへのリスペクト」について
アンケート結果1の中で、愛される擬人化コンテンツ・キャラクターを作るためには「元ネタへのリスペクト」、特に擬人化において大きな変更をする場合においては理由付けが必要であるということが分かった。この「元ネタへのリスペクト」及び理由付けとはどのようなものなのかについて考察する。
擬人化コンテンツには必ずキャラクターや世界観に「元ネタ」がある。「擬人化」としてコンテンツを作っていく以上はその元ネタから逸脱してしまうことは当然避けるべき事態であろう。さらに、個人的な所感ではあるが、近年は特に擬人化において細かな部分で元ネタに近づけること、変更があった場合は説得力のある理由付けを求められることが増えたように感じる。そこで、まずはなぜ擬人化で元ネタへのリスペクトが求められるのか、仮説を立ててみた。
擬人化というジャンル自体が流行ったために増えた安易な擬人化への抵抗感
元ネタのファンであった場合の擬人化コンテンツへの入りやすさ、受け入れやすさ
コンテンツ全体の面白さ、深み
以上が主な仮説である。
一つ目の「安易な擬人化への抵抗感」という面から考えてみる。『艦隊これくしょん 艦これ』や『刀剣乱舞』などの大ヒットにより、擬人化はオタク文化にとどまらず一般にまで広く人気のジャンルとなった。元ネタがあることで説明やキャラ付け・名づけなどを省くことができ作りやすいこと、地域や元ネタの活性化にもつながることから、特に町おこし・村おこしという場で擬人化は非常に増えたと思う。(例として『鉄道むすめ』『温泉むすめ』を挙げておく。)しかし、それが逆に「ただ名前を借りただけの擬人化」への抵抗感や食傷へとつながってしまったのではないか。(この流れが一時期のゆるキャラブームと類似点が見いだせることは非常に興味深い点ではあるが、今回は触れない)
そのために特に元ネタを意識し、元ネタのエピソードやデータを詳しく取り入れた、作りこまれたキャラクターが人気になったのではないかと考えられる。
二つ目の「元ネタファンから見て」という面から考えてみる。2021年から大ブームを巻き起こしている『ウマ娘』を例に挙げると、YouTubeなどの動画サイトでは「競馬ファンがウマ娘の見た目から名前を当ててみた」といったような趣旨の動画が一定数見られ、元からの競馬ファンにも周知されていることがわかる。このような元ネタのファンが擬人化を受け入れてくれるかどうかというのはコンテンツ自体の成功にも大きく関わる要素と言えるだろう。元ネタのファンであった人々から見れば、「元ネタへのリスペクト」というのは絶対外せない要素であると言える。
また一方で、コンテンツから元ネタへと入っていくファンから見てもリスペクトは重要であると言える。例として、『はたらく細胞』を挙げる。『はたらく細胞』は今回対象とした作品の中でも特に学習系、勉強としての側面が強いコンテンツである。擬人化コンテンツは楽しみながら勉強する、という側面も強くあり、そちらを目的とする人にとっても元ネタへのリスペクト、つまり学習教材としての正確さは欠かせないだろう。
三つ目の「コンテンツの面白さ」という面から考える。
そもそも擬人化コンテンツ、特に過去に存在したものの擬人化(研究対象の中では『Fate』や『刀剣乱舞』『ウマ娘』など)はコンテンツの面白さの大きな部分として「解釈」があると考えられる。現代の我々が断片的な記録という形でしか知ることのできない元ネタについて、キャラクターという形を取らせ、彼らに語らせることによって元ネタを「解釈」する。そのような場合、元ネタがたどった道のりを踏まえたキャラクターづくり、つまり元ネタへのリスペクトのあるキャラクターづくりということが重要になってくると考えられる。偉人の残した手紙や手記を読むような感覚の延長として、記録ではない生の語りという形での過去を知りたいという感覚で我々は擬人化を楽しんでいるのではないだろうか。
そのような感覚を踏まえて元ネタへのリスペクトについて考察すると、元ネタへのリスペクトとはただ元ネタの細かいデータに忠実なだけではなく、いかに元ネタの「解釈」を行っているかということであるともとれる。
そのような「解釈」の一つとして、元ネタが非業の結末を迎えているとき、それを救う結末を提示することもあげられる。例えば、『ウマ娘』に登場する『サイレンススズカ』の元ネタである競走馬・サイレンススズカは出走した天皇賞・秋のレースにおいて故障を起こし、その後安楽死となる。しかしアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』に登場した『サイレンススズカ』は故障はすれど再び走れるようになるといった展開になっている。もちろんコンテンツとしての都合上、死を描くことは避けたいということもあっただろう。しかし、擬人化において救いのある結末、オタク文化風に言うなら「どうしてこうならなかった」という展開を作るということは擬人化ならではの元ネタリスペクトであり、人気の要素にもなるだろう。
また、アンケートでも重視すると答えた人が多かった「理由付け」について実例を挙げながら考察していく。
擬人化コンテンツ内においてはしばしば、元ネタからの性別の変更を中心とする大胆なアレンジが加えられることがある。どのような擬人化キャラクターであれ、そもそも擬人化というジャンルの特性上ある程度のアレンジは加えられているものだが、今回は単純な元ネタの解釈では説明がつけられないほどの大きな変更について特に注目する。
このような大胆なアレンジについて「理由付け」が重視されるのは上に挙げた「安易な擬人化への抵抗感」といった点が特に関係しているのではないかと考えられる。
それを踏まえ、元ネタからの変更について十分な理由付けがされていると考えられるコンテンツである『Fate』から例を挙げていこうと思う。『Fate』は前述の通り歴史上の偉人や英雄を擬人化したコンテンツだが、特にこのような大胆なアレンジを行うことが多いコンテンツとしても知られている。しかし、コンテンツはアンケート調査でも人気が高く、したがって、変更には元ネタへのリスペクトがある十分な理由付けがされていると考えられる。
例1:『(クリュティエ=)ヴァン・ゴッホ』(注・かっこ書きは著者によるもの。理由は後述)
キャラクターの『ヴァン・ゴッホ』について:陰気な印象を与える、不気味な話し方と笑い方が特徴的な少女。「ひまわり」「黄色い家」「星月夜」などの作品で有名な19世紀ヨーロッパの印象派画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(Vincent van Gogh)を元ネタにしている。
変更点:史実と異なり女性となっている。
作中で行われた理由付け:作中に登場する『ヴァン・ゴッホ』はギリシャ神話に登場する水の少女精ニンフの一人である「クリュティエ」と画家「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」の混合された存在であり、正確には『クリュティエ=ヴァン・ゴッホ』と呼ぶべき存在であるから。
(注・クリュティエについて:ギリシャ神話に登場するニンフの一人。太陽の神アポロンの恋人であったが、彼の浮気に激怒し、新しい恋人であった人間の女性を殺害した。その後アポロンからは捨てられるが、彼女は空を行く太陽を見つめ続け、最後には花になってしまったと伝えられている。『Fate』作中では恋をした相手はアポロンとされているが、同じく太陽の神であるヘーリオスが相手であるとする説もある。)
このキャラクター『ヴァン・ゴッホ』は様々なキャラクターの中でも特に変更の理由付けが凝ったものであると感じたため例に挙げた。ゴッホの代表作として「ひまわり」があるが、上記のクリュティエが変身した花も近代ではひまわりと同一視される(実際にはヘリオトロープと考えられている。というのも、ひまわりはアメリカ大陸原産の花であり、当時のギリシャにはひまわりはなかったためである)。また、ゴッホの逸話として多く残されている激情的な性格もクリュティエの逸話と通じるところがある。そのような共通点から二つの本来関連のない元ネタを結び付け、ゴッホが女性であるという本来あり得ない状態に説明をつけている。
また、変更には関係ないが、戦闘時のセリフにおいて生前の師であったモーヴ氏に言及したり、ゴッホが恋人に振られた時の言葉を言うなど、細かい部分での元ネタへのリスペクトの多いキャラクターでもある。
例2:『千利休(駒姫)』(注・かっこ書きは著者によるもの。理由は後述)
キャラクターの『千利休』について:老成した雰囲気をまとった、日本人形のような少女。侘び寂を重んじ、茶道を大成させた安土桃山時代の茶人千利休を元ネタとしている。
変更点:大柄な男であったとされているが、小柄な少女となっている。また、体重が132kgと不自然に重い。
作中で行われた理由付け:作中に登場する『千利休』は実際の「千利休」及び、彼と同じく豊臣秀吉によって処刑された少女「駒姫」を中心に、豊臣秀吉に殺された人々の怨霊を集めた存在だから。精神は千利休(一部駒姫)、体は駒姫、その他体重は怨霊たちの重みとされている。
(注・駒姫について:安土桃山時代・出羽国の武将最上義光の娘。東国一の美少女と言われ、豊臣秀次の側室として嫁ぐ予定だったが、秀次の失脚に伴い、秀吉の命令で処刑された。処刑は中止される予定だったが、あと一町のところで伝令が間に合わず、処刑されたともいわれる。)
このキャラクター『千利休(駒姫)』も上記の『ヴァン・ゴッホ』と同様に他の存在が混ざることで女性となっているパターンである。こちらは「豊臣秀吉に処刑された」ということを共通項に千利休と駒姫という元ネタを結び付けている。
このように『Fate』では、主となった元ネタと共通点がある別の元ネタの要素をかけ合わせることで、性別の変更について理由付けを行っている。また、今回は細かい解説を省いたが、娘である葛飾応為の体を借りているという設定の『葛飾北斎』や、義理の娘であるお路の体を借りているという設定の『滝沢馬琴』など、縁のある人の体を借りている、という設定で変更の理由付けがされているものもある。また、性別の変更以外の変更ではロボットになっている『源為朝』などが例として挙げられる。(今回は『源為朝』については変更の理由に作中の世界観が含まれ、非常に長くなってしまうため、細かい説明は割愛するが、作中の世界観を踏まえるとロボットであることも納得のいく理由付けがされている)
これらを総合すると、理由付けをする際にはその理由は元ネタからかけ離れてはならず、何かしらの形で元ネタと関連性・共通項を持たせることで説得力のある理由付けにすることができると考えられる。この「イメージを膨らませる」、ということについては後程さらに考察する。
以上の考察より、「元ネタへのリスペクト」は近年激戦化するオタクコンテンツ・擬人化コンテンツ業界の中で、コンテンツが愛されるかどうかを左右する要素として非常に重要度を増していると考えられる。
ii)考察2 二次創作の作りやすさと「シナリオ主義」について
調査1の結果から、二次創作の作品数が多いコンテンツと少ないコンテンツの間にはどのような差があるのかを考察する。また、年あたりの二次創作件数が12万件を超え、特に二次創作作品数が多いコンテンツとなった『Fate』(『Fate/Grand Order』)及び『ディズニー ツイステッドワンダーランド』はどのような特徴があるのかを考察する。
まず、二次創作について改めて定義を確認する。本研究において対象とする二次創作とは、
コンテンツの世界観・キャラクターを用いて派生的に作られたもの
作者が公式なコンテンツスタッフ(コンテンツ運営会社によって出されるアンソロジーコミックなど)であるか単なるファンであるかを問わず、コンテンツの公式な設定には反映されないもの
小説・イラスト・マンガ・動画の形態で「Pixiv」または「ニコニコ動画」に発表された作品
であるとする。また、対象の中には含まれているが、考察の中ではただキャラクターを描いただけのイラスト(セリフや独自のストーリー性のないもの)は想定しない。
調査1の結果を見ると、マンガや小説を中心としているコンテンツ(『文豪ストレイドッグス』『宝石の国』『はたらく細胞』『這いよれ!ニャル子さん』)の二次創作の作品数が特に少ないことがわかる。二次創作の作品数が多いアプリ・ブラウザゲームと発表形態の特徴について比べてみると、特にユーザーとコンテンツのかかわり方に違いがあることがわかる。マンガ・小説においてユーザーは読者であり、あくまでコンテンツの世界観の外側にいる。しかし、アプリ・ブラウザゲームにおいてはコンテンツにもよるものの、ユーザーはコンテンツ内部の主人公をアバターとして、コンテンツの世界観の中で時にはキャラクターやシナリオの行く末さえ変える。マンガや小説だと、基本的には二次創作にコンテンツに登場するキャラクターしか使えない。しかしアプリ・ブラウザゲームだと、「ユーザー≒主人公」の構図のおかげで、ユーザーが自分の分身として自由に扱えるキャラクターを二次創作作品に登場させることができる。それによって描けるストーリーの幅が広がり、二次創作が作りやすくなると考えられる。この「ユーザー≒主人公」の構図は二次創作を作る上では非常に都合がいい。なぜなら、二人で会話するだけのストーリーでも、コンテンツ内部のキャラクターだけでは二人分の性格や経歴・嗜好を踏まえて言い回しや話題、反応を考えなくてはならないのに対し、片方が主人公≒ユーザー(=自分)なら少なくとも一人には好きなように喋らせることができるからである。主人公はその立ち位置から物語の起点、中心、またほかのキャラクターの行動の動機としても使いやすい。
以上の理由から、マンガ・小説よりもアプリ・ブラウザゲームを中心としたコンテンツのほうが二次創作が作りやすいと考えられる。
また、ストーリー上における「余白」の存在も関係していると考えられる。マンガ・小説はその特性上、ストーリーには必ず時系列がある。また、番外編やスピンオフ作品などの例外はあるが、基本的にストーリーは一つであり、ユーザーは作者から与えられるそれを読むだけである。つまり、作品の中にユーザーが解釈し、膨らませうる「余白」が少ないのである。その根拠として、同じマンガ作品でも、上述の特性に特にあてはまっているストーリーものの『文豪ストレイドッグス』や『宝石の国』は二次創作作品が少なく、時系列の薄い4コマ・ショートストーリーものの『ヘタリア』はマンガの中では比較的二次創作作品が多いことが挙げられる。対して、アプリ・ブラウザゲームは全体としての時系列はあるものの、定期的に開催されるイベントやユーザーの進行度によってユーザーそれぞれのストーリーがある。特にこのイベント(アプリ・ブラウザゲームにおいて期間限定で開催される、メインストーリーとは区別されるもの。季節に応じたものが多い)の存在が重要である。それぞれのコンテンツ、イベントにもよるが、基本的にはイベントはお祭りごと・メインストーリーとは違う息抜きとして扱われることが多い。時系列はあいまいであり、どのタイミングかは分からないがいつかに起こった出来事として描写される。そのため、イベントの存在自体がメインストーリーの合間にそのようなお祭りごとが起こりうる可能性、「余白」としての役割を果たしている。
加えて、イベントでは、キャラクターがメインストーリーとは違った一面を見せたり、他のキャラクターとの意外な関係性を構築したりする。オタク文化風に言うのであれば「供給」があるのである。それによって二次創作を書きたい・書こうという気持ちが強まる。そのため、イベントのあるアプリ・ブラウザゲームのほうが二次創作の作品数が多くなりやすいのだろう。
なお、マンガや小説の更新はアプリ・ブラウザゲームのイベントとは違うのか?「供給」にはあたらないのか?ということについては論理的な説明が非常に難しい。個人的な所感だが、オタク文化において「推しの供給があった」というように「供給」という語がつかわれるときは、「出番」という意味ではなく「新しい情報」という意味で使われているイメージがある。そうであるなら、マンガ・小説の更新であっても新情報があれば無論「供給」となり二次創作が増えるだろう。
つづいて、特に二次創作作品が多くなった『Fate』(『Fate/Grand Order』)及び『ディズニー ツイステッドワンダーランド』の特徴について考察する。
二つのコンテンツの大きな共通項としてあげられるのはシナリオを重視したコンテンツであるということである。アプリ・ブラウザゲームでも2015年以降、本格的なシナリオがあるものが多くなってきたが、その中でもこの二つは今回対象にした作品の中では特にシナリオの重厚さを売りにしているコンテンツであるといえる。そこから、二次創作の作られやすさ、ひいてはコンテンツ全体の人気にこのシナリオを重視する傾向が関わっているのではないかと考えられる。
なぜシナリオがあると人気になるのかについて、擬人化というジャンル全体の潮流を踏まえて考察していきたい。
まずコンテンツの中で重きを置く部分によって、擬人化コンテンツはおよそ二つに分けられると考えられる。一つ目はキャラクターそのものを愛でる「キャラクター主義」。二つ目はキャラクター同士の関係性やシナリオ全体を愛でる「シナリオ主義」である。どのコンテンツも少なからずどちらの要素も含んでおり、かならずどちらかに分類できるといったような基準ではないが、おおまかには分類できるだろう。この二つの分類をもとに、擬人化ジャンル全体の変遷を見ていく。
1:2000年代
2000年代にはインターネットや深夜アニメの普及でオタクコンテンツが芽吹き始めた。『Fate』(2004年シリーズ第一作発売)、『ヘタリア』(2006年連載開始)、『這い寄れ!ニャル子さん』(2009年連載開始)など。また、擬人化人気の先駆けとして『びんちょうタン』(2003年連載開始)『萌え萌え2次大戦(略)』(2007年発売)が人気となった時代でもある。全体的に男性向け、「萌え」を意識した誇張された美少女キャラクターがこの時代の特徴であるといえるだろう。
この時代に人気を博した『びんちょうタン』『萌え萌え2次大戦(略)』は「キャラクター主義」的なコンテンツである。一方で『Fate』はシナリオの面白さを売りにしており、『ヘタリア』もキャラクター同士の関係性を中心に描いた作品である。
2:2010年代
2010年代には現在も人気である擬人化コンテンツの多くがスタートしている。例としては、『文豪ストレイドッグス』(2013年連載開始)、『宝石の国』(2012年連載開始)、『艦隊これくしょん 艦これ』(2013年サービス開始)、『刀剣乱舞』(2015年サービス開始)、『けものフレンズ』(2017年アニメ一期放送)などがある。
この時代の傾向を見ると、『文豪ストレイドッグス』や『宝石の国』などマンガ作品での擬人化においては2010年代初期ですでにシナリオ主義が現れ始めていることがわかる。一方でゲーム・アニメにおいてはキャラクター重視の流れが最盛期を迎えている。例を挙げると、ゲームでは『艦隊これくしょん 艦これ』や『刀剣乱舞』、アニメでは『えとたま』(2015年)『うぽって!!』(2012年)など。このようにキャラクターを重視する擬人化が増えたのが2010年代前期~中期と言える。
2010年代後期、前述の通り特に2015年からはオタクコンテンツ全体にシナリオ主義が広まった。そのきっかけとして、2015年にサービスが始まったアプリゲーム『Fate/Grand Order』が挙げられる。これは2004年から始まっていた『Fate』シリーズの一つとしてリリースされたアプリゲームであり、もともとシナリオ主義だったシリーズの流れを汲む作品だった。アプリゲームにおいてシナリオを重視するというのは当時においては異例であったが、結果として『Fate/Grand Order』はアプリ売上ランキング常連の大ヒットゲームとなった。『Fate/Grand Order』のヒットをきっかけとして、同様にシナリオを重視したアプリゲームが数多く作られるようになり、結果としてシナリオ主義がオタク文化全体に広まったと考えられる。言い換えれば、消費するものとしてのコンテンツが減り、味わうものとしてのコンテンツが増えたともいえるだろう。
3:2020年代
2020年代になるとSNSの発達・スマートフォンの普及などによりオタク文化はほとんど一般のポップカルチャーと変わらないレベルまで受け入れられるようになった。擬人化コンテンツの主戦場もPCゲームやアニメからアプリゲームが主になった。この時代にはシナリオ主義の流れをくみつつキャラクター主義的な要素も多く取り入れた『ディズニー ツイステッドワンダーランド』(2020年サービス開始)や『ウマ娘』(2016年プロジェクト開始発表・2021年アプリサービス開始)が爆発的なヒットを見せた。2020年代を代表するこの二つの擬人化コンテンツのうち、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』はどちらかというとシナリオ主義的、『ウマ娘』はキャラクター主義的であると考えられる。どちらもシナリオを重視しているコンテンツであることには違いはないのだが、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』はゲームの主な目的にメインストーリーを読み進めることがあるのに対し、『ウマ娘』はメインストーリーやキャラクターストーリーは読まなくてもゲームをプレイできることが判断の分かれた理由である。
一方で、『Fate/Grand Order』以降のシナリオ偏重主義はいったん区切りがついたとも感じられる。具体的には、ゲームの進行とストーリーの進行が一致するRPG型のアプリゲームが減り、代わりにミニゲームや育成などをこなしてユーザーレベルを上げることでストーリーが解放される形のアプリゲームが増えたと思う。また、前述の『ウマ娘』のようにストーリーを読まなくてもゲーム部分はプレイできる、という形も増えた。その理由として考えられるのは、『Fate/Grand Order』のヒットの異例さである。『Fate/Grand Order』のヒットから、2010年代末期には同様にシナリオを重視したアプリゲームが多くリリースされた。しかし、シナリオがユーザーに人気になるかどうかは事前に予測したり調整したりすることが難しく、またシナリオによるヒットを狙うには才能と経験両方を備えたシナリオライターが何人も必要になる。すなわち、偏重したシナリオ主義では一般スタッフの努力で改善できる部分が少なく、ムラが出やすいのである。そのため、『Fate/Grand Order』を真似してヒットさせることはできないという見方が広まったのではないだろうか。
代わりに近年増えたのがシナリオのフルボイス化・キャラクターの3DモデルまたはLive2Dなどの2Dアニメーション(特殊な方法を用いて描かれた絵をそのままアニメーションのように動かす技術)の導入でシナリオ周辺を豪華にすることである。シナリオ自体も一話一話が再び短く作られるようになり、アプリゲーム全体に共通するメインストーリーではなく個々のキャラクターストーリーを中心に作る、というやり方が増えた。この流れを本研究では「新シナリオ主義」と呼びたい。
時代に沿って並べてみると、擬人化コンテンツの人気は2000年代前後のキャラクター主義→2010年代中期以降のシナリオ主義→2020年代の新シナリオ主義とおおよそ時代に沿って変化していることがわかる。現在シナリオが重視されているのはこの流れに沿っているからであると言えるだろう。
それを踏まえ、『Fate/Grand Order』と『ディズニー ツイステッドワンダーランド』の二次創作の作品数が多くなっている理由について考察する。
前述の分類によると『Fate/Grand Order』はシナリオ主義の王道的な作品になり、『ディズニー ツイステッドワンダーランド』は近年多い新シナリオ主義の作品となる。また、シナリオ上の共通点としてストーリーを読むのがゲームの目的の中心であること、ストーリーや世界観全体に謎が多いストーリーであることがあげられる。
シナリオ主義・新シナリオ主義のコンテンツにおいて二次創作の作品数が多くなりやすい理由について、ユーザー間の共通認識の存在が挙げられる。先ほど二次創作にはある程度の「余白」、ユーザーそれぞれの経験が重要であると考察したが、「余白」が多すぎてもいけないということである。ユーザーが共通して読むメインストーリーや時期ごとのイベントストーリーがあるとユーザーの中で一定の共通認識が生まれ、それをもとにして作った二次創作は共感されやすい。各イベントが開催されるごとにそのストーリーをもとにした二次創作が作られることなどはその例と言えるだろう。
「余白」の多さについては『Fate/Grand Order』と『ディズニー ツイステッドワンダーランド』で興味深い違いがあるためとりあげる。『Fate/Grand Order』では主人公(=ユーザーのアバターキャラクター)の外見が男女ともに設定されており、デフォルトの名前も用意されている。それに対して『ディズニー ツイステッドワンダーランド』では主人公のデフォルトの名前は用意されているが、性別・外見については明言されない。実際に『ディズニー ツイステッドワンダーランド』の二次創作においてはユーザーがそれぞれの主人公を創造し描いている。主人公の描き方によって各ユーザーの好みも分かれるため、同コンテンツの二次創作でも派閥が分かれやすく、先ほど考察した二次創作におけるアプリ・ブラウザゲームの主人公のメリットは薄いと言えるだろう。
また、ストーリーが中心になっているコンテンツの特徴として、ユーザーが共有する「ライブ感」が挙げられる。『Fate/Grand Order』も『ディズニー ツイステッドワンダーランド』もリリースから少しずつメインストーリーが公開されてきたという経緯をたどっており、ユーザーはまだ誰も知らない物語の行く末を楽しみにしてプレイしてきた。このような「次はどうなるのだろうか」というワクワク感は連載マンガにも通じるものがある。コンテンツ側から新しいストーリーが公開され、SNSで感想を共有したり考察をしあったり、といった、「同じ最新の時間を共有している」、あるいは大げさに言ってしまえば「時代が変わる瞬間に立ち会っている」高揚感がシナリオ主義でありアプリゲームである『Fate/Grand Order』や『ディズニー ツイステッドワンダーランド』などの強みであると言えるだろう。
また、そもそもなぜキャラクター主義からシナリオ主義に転換したのかについても軽くにはなるが考察したい。先ほど『Fate/Grand Order』のヒットからシナリオ主義が始まったといったがそれは結果論であり、『Fate/Grand Order』のヒットの根本にはどのようなユーザーの意識の変化・オタクコンテンツ業界の変化があったのだろうか。
最も大きな理由として考えられるのはキャラクター主義の行き詰まりである。キャラクター主義の基本として様々な「属性」(「眼鏡」「ツインテール」といった外見的なものから「ツンデレ」「僕っ子」といった性格的なもの、「戦災孤児」「貴族」といった生い立ち・過去に関わるものまで)の組み合わせによって「萌える」キャラクターを作るということがあげられるが、10年以上が経ってアイデアにも組み合わせにも限界が来てしまったと考えられる。
その問題点を突破したのがシナリオ主義によるコンテンツであった。シナリオ主義のキャラクターも大雑把に見ればありきたりな属性の組み合わせであるが、魅力的なシナリオと共に活躍させることで唯一無二のキャラクターとなる。また、キャラクター同士の関係性でも魅力を演出することができる。当時のユーザーが飽和した「萌え」キャラクターから新しい展開を求めていたことがシナリオ主義の花開くきっかけとなったと言えるだろう。
まとめ
アプリ・ブラウザゲームはユーザーが自由に扱える主人公の存在によって二次創作が作りやすくなっている。
二次創作が作られやすくなるためにはストーリーに「余白」が必要だが、同時にユーザー間で共有できる共通認識も必要である。そのバランスが重要である
オタクコンテンツは大きく「キャラクター主義」「シナリオ主義」「新シナリオ主義」の三種類に分けられ、近年人気なのは「新シナリオ主義」である。
アプリ・ブラウザゲームにおける「ライブ感」はコンテンツの人気に大きくかかわっている。
iii)考察3 調査2-追で見られたリリース年代と描き方(イラストレーター)の統一性の関連について
調査2の追加調査で、コンテンツ(特にアプリゲーム)のリリース時期とキャラクターの描き方・イラストレーターの統一性には関連性があることが分かった。それについて、先ほどの新シナリオ主義と関連があるのではないかと考えた。新シナリオ主義のゲームの特徴として2Dアニメーションの利用を挙げたが、特に近年のアプリゲームにおいてはキャラクターイラストが動かないゲームの方がまれであり、2Dアニメーションはもはやアドバンテージではなくデフォルトになっていることがわかる。その中で、キャラクターデザインの原案を担当するイラストレーターや、キャラクターの描き方が統一されていないと、2Dアニメーション担当のスタッフの負担は非常に大きなものになってしまう。そのため、近年のアプリゲーム、特に2Dアニメーションを多用する作品においては描き方が統一される傾向があるのではないだろうか。
iv)考察4 擬人化のキャラクター造形について
擬人化キャラクターの作り方の構造を既存作品の分析から考察し、どのようにキャラクター造形をすれば「愛される」擬人化キャラクター・コンテンツになるのかを考察する。
研究対象になっている作品を中心に様々な擬人化コンテンツのキャラクター造形を分析すると、その構造はおおよそ二つの過程からできていることが分かった。以下、それぞれの過程について例を挙げつつ解説していく。なお、各過程につけた呼称は厳密には本来の意味とは違っているが、便宜上そう呼称していることをご了承いただきたい。
1:デフォルメ
元ネタからキャラクターを作る工程。擬人化キャラクター全てにおいて行われる過程であり、もともと人間(キャラクター)ではない元ネタの特徴からキャラクターを作ることである。元ネタの特徴を単純化・誇張・あるいは切り捨て、複雑で多面的な元ネタから、単純で理解しやすく魅力的なキャラクターを作る。本来は「美術作品において、自然の形態の忠実な模倣を離れて強調、変形して表現すること」(ブリタニカ国際大百科事典小項目事典「デフォルメ」より)を表し、一般的にはビジュアル表現に多く使われる言葉だが、擬人化キャラクターにおける「デフォルメ」はビジュアルのみならず性格などの内面的な部分に対しても適用されている。「忠実な模倣を離れて強調、変形して表現する」とあるように、デフォルメにおいてはしばしば正確な元ネタを無視し、誇張された形で表現を行う。
例1:フリーイラストサイト「いらすとや」の「虫のキャラクター」におけるデフォルメ
(上が『カブトムシ』の擬人化キャラクター、下が『トンボ』の擬人化キャラクター)
研究対象のコンテンツではないが、伝わりやすい例であるため利用する。それぞれ誰もが知っている虫の擬人化であり、元ネタを言われなくても一目で何の虫を意識したキャラクターか理解できることだろう。『カブトムシ』のキャラクターは元ネタの特徴である角を髪形という形で、『トンボ』のキャラクターは翅や細長い体という特徴を表現している。
また、『カブトムシ』は虫相撲のイメージからレスラーを模した服装をしており、『トンボ』は童謡「とんぼのめがね」のイメージから眼鏡をかけたキャラクターとなっている。このように、デフォルメにおいては元ネタそれ自体の特徴に加え、そのエピソードや関係するイメージを利用した特徴が付け加えられることもある。
例2:『Fate』の『アルトリア・ペンドラゴン』におけるステレオタイプを利用したデフォルメ
『Fate』の看板キャラクターでもある『アルトリア・ペンドラゴン』は、イギリスの伝説の王であり、騎士道物語の英雄であるアーサー王を元ネタにしたキャラクターである。伝説とは異なり女性として描かれているが、金髪で鎧をまとっている外見や清廉で堂々とした性格、剣を使って戦う様子などを見るとアーサー王であると納得できるようなキャラクターである。しかし、なぜユーザーはそのような特徴を見て「このキャラクターはアーサー王である」と納得するのだろうか。歴史上に実在したアーサー王のモデルとされる王は実際には騎士ではなく、どちらかといえばケルトの荒々しい戦士、といったイメージのものである。また、騎士道伝説の点から見ても、実際のアーサー王が持ちうるはずのない「ペンドラゴン」姓を冠している(「ペンドラゴン」はアーサー王の父ウーゼルに与えられた称号であり、アーサーに「ペンドラゴン」の姓を冠した資料は歴史的には存在しない。ただし、この「ペンドラゴン」姓について、作中では相応の理由付けが行われている)など、アレンジが行われている点も多い。この『アルトリア・ペンドラゴン』は歴史的に見れば「元ネタへのリスペクト」の足りていないキャラクターということになる。しかし、ユーザーはキャラクター『アルトリア』を見てアーサー王の擬人化であると納得する。そう思わせる理由は『アルトリア』のデフォルメにおいて「ステレオタイプ」が効果的に用いられているためである。
現代日本人にアーサー王と聞いて先ほど述べたケルトの戦士としてのアーサー王を真っ先に思い浮かべる人はいったいどれほどいるだろうか。調査はしていないので断言は避けるが、おそらく百人に一人もいないだろう。たいていの人はぼんやりとした知識しか持っていないか、全く何も知らない。その中で、アーサー王の基本的な情報である「ブリテン島の伝説の王で、騎士道物語に登場する」を伝えた場合、何となくイメージとして「ブリテン島ということはイギリスだから、現代のイギリス人の容姿から想像して色の薄い髪なのではないか。特に王ということで高貴な人だからなんとなく金髪かもしれない」や「騎士道物語に登場するということは弱いものを助けたり、正々堂々と戦ったりといったような清廉な性格なのではないか」、「騎士ならばきっと鎧を着て馬に乗っているだろう」といった像が浮かぶことは何らおかしくない。そして、『アルトリア・ペンドラゴン』はこのようなぼんやりとしたアーサー王、もしくは「騎士」「王」そのもののイメージに合ったキャラクター造形をしている。そのため、ユーザーは『アルトリア・ペンドラゴン』を見て「これは確かに自分が思い浮かべているアーサー王に似ている」と納得するのではないだろうか。
要するに、擬人化キャラクターの造形で「正確さ」や「元ネタへのリスペクト」とユーザーが考えているものは、あくまで自分の思い浮かべる元ネタ像を基準にしたものなのである。
そこから逆説的に言えることとして、どれほど歴史上の事実に即していたとしてもステレオタイプから離れたキャラクターは受け入れられにくいということである。特に、たとえば「豊臣秀吉」や「織田信長」といった、日本ではほぼ常識といったレベルにまで名前やステレオタイプが広まっている元ネタをキャラクター化する場合にはその傾向が顕著であると言える。
例えば、「豊臣秀吉」を元ネタとしたキャラクターを作ってみると仮定しよう。この際、いくら歴史上の行動からそうとしか言えないからと言って「冷酷で残忍、逆らうやつは皆殺し」であるだけの『豊臣秀吉』は受け入れられづらい、ということである。「豊臣秀吉」はやはり「サルというあだ名や織田信長との草履のエピソードから、ひょうきんで愛嬌のある面白い人」の要素もあるキャラクターとして描く必要がある。ここで注意しなければいけないのは、「冷酷で残忍」な『豊臣秀吉』を書いてはいけない、ということではないということだ。「ギャップ萌え」という言葉もあるように、一見の性格と実際の性格の違いとして「冷酷さ・残忍さ」を描くことは問題ない。むしろ正確な意味としての「元ネタへのリスペクト」を重視するのならば書くべきであろう。ただし、「冷酷で残忍」を中心に据えたキャラクターでは受け入れられづらいということである。
このように、擬人化キャラクターにおける「デフォルメ」では元ネタそのものの特徴の単純化に加え、元ネタのステレオタイプも活かしたキャラクター造形が行われる。
2:掘り下げ
先ほど「デフォルメ」して作ったキャラクターに、コンテンツの世界観の下で独自の性格や物語への動機を付け加える過程。「デフォルメ」が主に外見についてであるとしたら、「掘り下げ」は主に内面について行われることである。擬人化キャラクターの作成において必ずしも必要な過程ではないが、コンテンツ人気(特に二次創作の作品数=根強いファン)には大きく関わってくる。特にシナリオ主義のキャラクターづくりにおいては欠かせない過程である。
研究対象のコンテンツの中では『はたらく細胞』が比較的この「掘り下げ」が薄いコンテンツである。「掘り下げ」とコンテンツの人気の関連性として、アンケート1の「知名度及びプレイ率」の結果と調査1の二次創作の作品数を見ると、『はたらく細胞』は知名度とプレイ率はどちらも上から二番目と高い数値だが、二次創作の作品数は下から二番目と少なめになっている。
なぜ「掘り下げ」が重要なのだろうか。その例として学習マンガと擬人化コンテンツの違いを挙げる。学習用の偉人の伝記マンガのキャラクターも、「デフォルメ」という点だけ見れば擬人化の一種であるとも考えられる。しかし、世間一般的に見てこのような伝記マンガに登場するキャラクターを擬人化キャラクターとして捉えている人はほぼおらず、また、あのキャラクターで二次創作を書こうという人も少ないだろう。それは学習漫画であるゆえに元ネタの歴史上正しい事実しか書いておらず、この「掘り下げ」が全く行われていないためである。「掘り下げ」があることによってキャラクターはただの記号の寄せ集めではなく、まさに「人格」としてのキャラクターになる。これは考察3で考察したキャラクター主義の行き詰まりとシナリオ主義の開花にも通じることである。また、「掘り下げ」とはまさに考察1で取り上げた「解釈」であり、「掘り下げ」を通じて元ネタを再び捉えなおすことにより、「元ネタへのリスペクト」を示し、愛される擬人化キャラクターが作れると考えられる。つまり、擬人化キャラクターを擬人化キャラクターたらしめるのがこの「掘り下げ」という過程であると考えられる。
独自の設定を付け加えるという過程ではあるが、たいていは元ネタの特徴やイメージを膨らませて設定を付け加えられる。
例1:『宝石の国』の『ジェード』
宝石・鉱石の擬人化である『宝石の国』から、ヒスイを元ネタにしたキャラクターである『ジェード』を例として挙げる。鉱石としてのジェード(ヒスイ)は靭性(衝撃を与えられた時の割れにくさ)が高く、そのためキャラクターとしての『ジェード』も防御力に優れた丈夫な体を持つキャラクターとして描かれている。ここまでは「デフォルメ」の範疇に入る特徴だが、「掘り下げ」としてあげられる性格面の特徴として、「真面目」なキャラクターであることがある。キャラクターの中で議長という役割を務め、真面目で堅物であるといった性格は、鉱石ジェードの特徴からイメージを膨らませて作られた「掘り下げ」ではないだろうか。
例2:『ウマ娘』の『アグネスデジタル』
『ウマ娘』の『アグネスデジタル』は「(自身もウマ娘であるにも関わらず)大のウマ娘オタクであり、トレセン学園(注・コンテンツの中でキャラクターたちの集う舞台として設定されている架空の学園)の中でも特に変わり者」というキャラクターである。コンテンツのメインであるウマ娘どうしのレースに参加する動機も「大好きなウマ娘をもっと近くで見たいから」という一風変わったものとして設定されている。この設定の元になったイメージとして、「変態」と呼ばれた競走馬アグネスデジタルのレース経歴が挙げられる。競走馬アグネスデジタルは芝・ダートを問わず走り、短いスパンでの出走や海外遠征など過酷なローテーションもこなした。その異例のレース経歴から、ファンからは尊敬を込めて「勇者」あるいは「変態」と呼ばれていた。そのイメージから「変わり者」という性格設定にしたのだろう。芝とダートを両方走る理由としても、コンテンツ内では「色々なウマ娘と共に走りたいから」という解釈が行われている。また、「オタク」という形で変わり者という設定にしたのは馬名の「デジタル」が情報技術やオタクコンテンツを連想させるからであると考えられる。
このように、「掘り下げ」では元ネタのイメージやエピソードから「解釈」が行われ、独自の設定を付け加えることでキャラクターとして魅力的なものとする。
v)考察5 元ネタの決め方について
擬人化コンテンツにおいて、元ネタを何にするかというのは特に作る側にとっては非常に重要な問題である。元ネタによってコンテンツの人気はそれほど左右されないが、作る側の負担が大きく変わってくるためである。難しい元ネタを使うと作る側に高い技量が求められ、安定したクオリティのものを作れなかったり、力を発揮できなかったりする。十分な技量があればどのような元ネタでも愛されるコンテンツを作ることができるだろうが、今回はできるだけ再現性の高い基準を導きたいため作りやすい元ネタについても考察する。
元ネタをどのように決めると作りやすい擬人化になるかについて、「元ネタの資料・情報がどれほどアクセス可能な状態で残っているか」「元ネタにどれだけストーリー性があるか」「元ネタは特定可能なものか」という3つの基準が重要になってくるのではないかと考えた。各基準について解説・考察し、どのような元ネタが作りやすいのか考察する。
1:元ネタの資料・情報がどれほどアクセス可能な状態で残っているか
元ネタについての正確かつ詳細な資料や情報、特に日本語資料がどれほど残っているかという基準。元ネタ自体の現存にとどまらず、元ネタに関する逸話や関係のある情報も含める。この資料・情報が多いほどキャラクター・コンテンツに活かせる部分が多く、擬人化としては作りこみやすいと考えられる。研究対象作品の中では特に『ウマ娘』や『文豪ストレイドッグス』などが多く、『Fate』や『刀剣乱舞』などが少ないか、そもそもあまり資料がないと考えられる。
また、この基準はコンテンツを作る側だけでなくその二次創作をする側にとっても大きくかかわってくることである。個人的な経験になるが、私はアクセスできる資料が少ないタイプに分類されるある擬人化コンテンツの二次創作をするにあたって、英語の研究論文を読んだりイタリア語のWikipediaを読んだりしたことがある。非常に大変だった。このように、資料が少ない・広まっていないと元ネタについて調べるのが困難になる。それもまた擬人化コンテンツを作る醍醐味の一つではあるが、できれば日本語資料が多いほうが作りやすいと考えられる。ただ、上記の対象コンテンツの分類と調査での人気を併せて見るに、この基準は人気にはそれほどかかわってこないと考えられる。
2:元ネタにどれだけストーリー性があるか
元ネタのエピソード、特にドラマティックなものやその元ネタの特徴を端的に表すものがどれほどあるかという基準。例えば競走馬オグリキャップなどは地方からの成り上がり、ライバルとの激戦、不調とそれを乗り越えての伝説の引退レースなど、ドラマティックなストーリー性がある元ネタになるためこの基準によく当てはまる元ネタとなるだろう。実際に『ウマ娘』の『オグリキャップ』はこのドラマティックなストーリーゆえにスピンオフ作品『ウマ娘 シンデレラグレイ』では主役として活躍している。
さらに、そのストーリーがどれほど一連のストーリーとして完成されているかということも重要になる。これは3つ目の基準でもある「特定可能なものか」という部分にもかかわってくる。例えばダイヤモンドの擬人化をするにあたって、ダイヤモンドは宝飾品として非常に歴史上のエピソードが多い(「呪われたダイヤモンド」として名高いホープ・ダイヤモンドなど)が、それらはあくまで「それぞれのダイヤモンド」のエピソードであり、ダイヤモンドという鉱物全体の一連のストーリー性を持つエピソードは存在しない。実際に『宝石の国』の『ダイヤモンド』には(作中の世界観の影響もあるが)特段そのような歴史上・文化上のエピソードは反映されていない。
この基準はコンテンツの中でもキャラクターごとの元ネタに依ってしまう部分が大きい。特にシナリオ主義のもとでキャラクターを作るにあたってはこの基準によく当てはまっている元ネタを選ぶと愛されるキャラクターを作りやすいのではないだろうか。
3:元ネタが特定可能なものか
この基準について端的に言い表すことが難しいため、実際の例で比較して帰納的に理解していただきたい。例えば同じ動物を元ネタにする擬人化でも、『けものフレンズ』は種全体を対象にするため特定不可能であり、『ウマ娘』は競走馬の一個体を対象にするため特定可能である。同様に『宝石の国』は鉱物全体を、『はたらく細胞』は細胞全体を対象にするため特定不可能であり、『刀剣乱舞』は一振りの刀を、『艦隊これくしょん 艦これ』は一隻の軍艦を対象にするため特定
可能である。
この基準は主にキャラクタービジュアル及び「掘り下げ」の部分に関わってくる。特定不可能な元ネタからの擬人化はその元ネタ全体に当てはまる特徴のみビジュアルに活かせるため、平均的な、ニュートラルなビジュアルになる。また、特定可能な元ネタのほうがそれぞれの独特のイメージを膨らませやすく、いわゆる「クセが強い」キャラクターも作りやすく、「掘り下げ」にバリエーション・深みが生まれやすい。特定不可能な元ネタで好みが分かれるような「クセが強い」キャラクターを作ってしまうと「そうじゃない元ネタもある」といった反対意見が出やすいためである。(国民性をいじるようなジョークなどはこの似たような例と言えるだろう)
元ネタが特定可能なものほどシナリオ主義に適した作りこまれたキャラクターを作りやすいと考えられる。
5.参考文献
非常に多くなってしまったので特に参考にしたものを中心に掲載する。また、敬称略とさせていただく。
書籍
『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』著:中山淳雄 日経BP
『宝石の国』1~11巻 作:市川春子 講談社
『ウマ娘 シンデレラグレイ』1~6巻 原作:Cygames 企画:伊藤隼之介 脚本:杉浦理史 漫画:久住太陽 集英社
『ヘタリア Axis Powers』1~6巻 作:日丸屋秀和 幻冬舎コミックス
『ディズニー ツイステッドワンダーランド 公式ガイド+設定資料集』 スクウェア・エニックス
『はたらく細胞』1~6巻 作:清水茜 講談社
『文豪ストレイドッグス』1~13巻 原作:朝霧カフカ 漫画:春河35
映像(アニメ)
『けものフレンズ』 原作:けものフレンズプロジェクト 制作:ヤオヨロズ
ゲーム
『Fate/Grand Order』 原作:TYPE-MOON 制作:ラセングル
『ウマ娘 プリティーダービー』 制作:Cygames
『刀剣乱舞 ONLINE』 デベロッパ:EXNOA
webサイト
Wikipedia『艦隊これくしょん-艦これ-』
Wikipedia『這いよれ!ニャル子さん』
その他、各コンテンツ公式サイト
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