Q「選挙の得票率マップって何で相対得票率ばかりなの?」ディーラーが疑問に答えてみた。※無料で読めます

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2022年11月21日追記
はる氏が絶対得票率マップを作成したことについて追記しました

 世間にはあまり知られていないが、選挙の度にその分析を行う人々が存在する。彼らは「選挙オタク」「選挙クラスタ」「選挙ウォッチャー」などと呼ばれているが、その中でも特に多くの人々の耳目を集めた人物が三春充希氏(以下、はる氏と呼ぶ)だ。はる氏は世論調査や情勢調査、選挙結果を視覚的に分かりやすいよう、表やグラフにまとめてきた人物であり、政界関係者もはる氏のまとめる情報を参考にしていると噂される。はる氏はちくま新書にて、著作『武器としての世論調査 社会をとらえ、未来を変える』(ちくま新書)を出版しており、Twitterのフォロワー数は15万人を数えるインフルエンサーとなっている。

1. 得票率マップってなに?

 そんなはる氏の活動の中で有名なものの1つが「市区町村別党派別得票率マップ」の作成と公開だ。日本の国政選挙は衆院選、参院選のいずれも「選挙区」と「比例代表」が存在する。大雑把に言えば、選挙区は候補者に、比例代表では政党に票を投じる仕組みとなっている(厳密には違うのだが、とりあえずそのように理解してもらいたい)。

 そして、はる氏は特にこの比例代表の自治体別のデータを地図にして公表している。つまり「どこの市(区、町、村)で何人がどの政党に投票したのか。」をGISソフトを利用して地図にしてまとめているのだ。例えば昨年の衆院選における自民党の得票率は以下で引用した通りである。

 この地図では、自民党に投票した割合が高い地域ほど黒に近くなり、反対にその割合が低いほど白に近くなる。例えばこの地図からは青森県六ヶ所村では自民党に入れた人が投票者全体の65%を超えていることが分かる。もっとも、六ヶ所村がどこなのか分からない人には伝わらないが、どの地域でどの政党がどれくらいの割合の支持を得ているか把握することは、「選挙オタク」や政界関係者にとって大いに価値のある事だと言えよう。

 ちなみに、2021年の衆院選では日本経済新聞もはる氏と同様のプロジェクトに取り組んでおり、その成果はこちらのサイトで公開されているので、是非ともご参照のほどをお願いしたい。

2. 相対得票率と絶対得票率って何が違うの?

 ところで、この「投票者全体(無効票を投じた人を除く)における、○○党(候補)に投票した人の割合」を相対得票率と呼ぶ。それに対して、「有権者全体における、○○党(候補)に投票した人の割合」は絶対得票率と呼ばれている。

 例えば、X国という国には10000人の有権者がおり、3つの政党が存在するとする。そのうち参院選では50%の人々が投票に行き、無効票や白票は1票もなかった。そして各党の得票数は次のようになった。

☆20xx年 X国参院選
当日有権者数 10,000人
有効投票者数 5,000票
有効投票率 50.00%

民自党 2,500票(相対得票率50%、絶対得票率25%)
労働党 2,000票(相対得票率40%、絶対得票率20%)
自由党 500票(相対得票率10%、絶対得票率5%)

 一方、翌年に行われた衆院選では各党の得票数は以下のようになった。

☆20xx年 X国衆院選
当日有権者数 10,000人
有効投票者数 6,000票
有効投票率 60.00%

民自党 2,500票(相対得票率42%、絶対得票率25%)
労働党 3,000票(相対得票率50%、絶対得票率30%)
自由党 500票(相対得票率8%、絶対得票率5%)

 X国の参院選と翌年の衆院選を比較すると、労働党が1,000票増やした以外は実は何も変化していない。しかし相対得票率をみると、民自党が50%から42%へと8ポイントも減少しており、一見、民自党支持者が減少したように錯覚してしまう。しかし絶対得票率をみると、民自党は変わらず有権者の25%から支持を集めており、支持を失った訳では無いことがわかる。

 このように、投票率の影響を受けてしまう相対得票率に比べて、絶対得票率の方が全有権者レベルでの投票行動の実態を把握しやすいというメリットがある。しかし先程紹介したはる氏も、そして日本経済新聞も相対得票率のデータは地図として公開するものの、絶対得票率は公開しようとしない。前述の通り、絶対得票率を使用するメリットは大きいにもかかわらず、だ。これは何故なのだろうか。

3. 何故誰も絶対得票率マップを作らないの?

 この疑問の答えは意外なところにあった。そもそもはる氏も日本経済新聞も、どこから選挙結果のデータを入手しているのか気になった読者の方もおられるのではないだろうか。実は選挙は自治省の後継組織である総務省の所管であり、総務省が公式サイト等で国政選挙のデータを公開しており、そこからマップ作成用の得票数等のデータを入手するという形になっている。

総務省 選挙関連資料

 その中で総務省は「市区町村別得票数」という項目にて、各市区町村別の各政党の得票数をxlsxファイルで公開している。市町村別の得票率マップを作るには、これらをダウンロードして、Excelなどの表計算ソフトで得票率の計算を行い、計算結果をGISソフト(ここでは得票率の情報を、地図として表示するソフトを指す)の表に打ち込んで反映する必要がある。

 相対得票率を計算するのは比較的簡単である。なぜなら相対得票率は「相対得票率=得票数÷(有効)投票数」で計算できるからだ。各党の得票数は総務省のデータに記載されているので、それらを足して有効投票数を算出し、各党の得票数を割れば良い。簡潔に言えば、相対得票率マップの作成は総務省が公開しているデータのみで作業が完結するのだ。

 総務省は基礎自治体別得票数を都道府県別のファイルにして公開しているため、それらを繋ぎ合わせる作業が必要になるが、多少時間をかければ完成させることが可能である。

 ところが絶対得票率となると全く話は異なってくる。絶対得票率は「絶対得票率=得票数÷(当日)有権者数」で計算されるため、絶対得票率の計算には選挙当日の有権者の数を知る必要がある。しかし、総務省は各市区町村の当日有権者数をまとめていない。したがって市区町村別当日有権者数のデータは、各都道府県の選挙管理委員会が公開するデータに頼ることになる。

 この時点で既にかなり煩雑であるが、更に各都道府県の選管は総務省と異なり、それぞれ書式がバラバラであることがほとんどだ。更にはxlsxファイルでは選挙データを公表せず、pdfファイルなど表計算ソフトと互換性のない形式で公開されていることも珍しくない。故に、一部の都道府県では当日有権者数を手打ち入力する必要性に迫られることになる。

 ここまで長々と述べてきた通り、相対得票率マップと絶対得票率マップではその制作コストがまるで異なるということになる。絶対得票率マップにメリットはあれど、時間、労働力といった制作コストのかかりすぎる為、作成したいと考える人物や企業が現れることがない、というのが妥当な結論であろう。

以下、追記内容

 先日、はる氏が本記事を引用して下さり、多くの読者の皆様が反応をくださった。私ははる氏のnoteやTwitterを定期的に拝読しているが、暇つぶしで始めたnoteを引用してくださるとは思いもよらなかった。その上、はる氏から「かなり的確に実情を言い当てていて驚きました。」との過分なご評価をいただいて恐縮している。

 さて、本記事では「なぜ誰も絶対得票率マップが作らないのか」ということについて考察してきた。しかしながら、先日はる氏が自民党の絶対得票率マップを作成し、noteで記事を発表された。

 各都道府県選管をあたり、pdfファイルをxlsxファイルかodsファイルに変換し、テキストで書かれている時には数値を手打ちするといった多大な時間的、労働力的コストを払い、作成されたであろうことは明らかだ。これは多くの人からすれば、心が折れるような作業となる。完成させたはる氏の真摯に政治に向き合う姿勢に心よりの敬意を表したい。

 そして絶対得票率マップがいかに学術的、実務的価値が高くとも、コストがかかりすぎて誰も作らないだろうと内心どこかで冷笑していた自身を恥じている。

 ありがたいことに、上記のnoteの記事でもはる氏は本記事を引用してくださった。はる氏の記事では、自民党の絶対得票率について述べ、たとえ厳しくとも野党が巨大な「棄権者層」へ向き合うことの必要性を説くものだ。

 弊ブログを引用してくださったはる氏へのせめてものお返しとして、記事中の重要な点を私からもひとつ紹介する。

「自民党に投票している人の割合は決して多くない。投票率が上がれば状況は変わるだろう」というのは、ある面では正しく、ある面では何も言っていないような主張だといえます。何も言っていないというのは、どうすれば投票率が上がるのかということに何も言及がないからです。

三春充希「何人に一人が自民党に投票しているのか」

 実際、現実政治の世界においては、いわゆる政治に係わる学生団体や立憲民主党の中村喜四郎を旗頭とするアクティビティを筆頭に、投票率を上げることが錦の御旗として利用される傾向にある。しかしながら、彼らの議論は因果関係において投票率の増減が「結果」であることを完全に見落としている

 具体的な例を挙げるならば、「政党・候補者に魅力を感じた」「政治に参加することは市民の義務だと思うようになった」「政治を変える力が私にもあると気づいた」といった動機づけこそが、棄権してきた人々を投票へと突き動かすことになる。この有権者を投票所へ赴かせた動機こそが「原因」なのである。

 つまり、「投票率を上げよう、投票率が上がれば自民党に勝てる」という言説は、「野党に投票したいと思う有権者が増えれば選挙に勝てる」と主張しているに過ぎないといえよう。これは一見意味のあることを言っているようだが、通常の議会制民主主義国家において、野党に投票したいと考える有権者が増えれば政権交代の可能性が高まるのは当然のことであり、もはや「投票率が上がれば状況が変わる」という言説は実質的にはトートロジーと変わりない。

 このことをはる氏は"ある面では正しく、ある面では何も言っていない"と評している。いち早くこのトートロジーの陥穽を脱し、巨大な棄権者層に向き合うことが新たな時代を築きあげることが野党に求められている。(了)


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