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夜《午前零時》

 ≪だが、私は空へ向かって叫ぶ、「私は何も知らない」と。そして滑稽な声で繰り返す、「何も、絶対に」と。≫―バタイユ

 睫毛の上の蜘蛛の巣が完成する前に、―ベッドから起き上がり、寒くない格好に着替え、―玄関の扉を内側から三回ノックして、入室許可が下りるのを待ちたまえ。だが気を付けろ、その声を聞いた人間のほとんどは正気を失い、自分がどこにいるのかさえ分からなくなってしまうのだからな。もしきみが強靭な思考の持ち主であっても、一体それが何の役に立つというのか。きみに必要なのは、溺死寸前の少年が抵抗を諦める時に味わう無力感、そしてそこから引き出される対象なき肯定の力強さであって、もし希望の残滓である微睡みの中でそれを受け入れようとすれば、母の手から引き離され、永遠に霧の中をさ迷うことになるだろう。―そこは地獄さながら、きみは数分おきに屠畜銃を予感する家畜の如く発狂するに違いない。―しかしその声を確と脳髄で受け止め、振盪を感じずに正しく理解できたのなら、もう何の心配もいらない、すぐに扉を開けて夜の中へ入りたまえ。

         清棲樫貴

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