ジャパンウォーズ4 君の名は
【神武東征編】エピソード4 君の名は
大分市(おおいたし)佐賀関(さがのせき)は、関鯖(せきさば)、関鯵(せきあじ)の水揚げで知られる港町である。
小さく突き出た半島の先端に位置し、四国の佐田岬(さだみさき)との間に、豊予海峡(ほうよかいきょう)を成している。
古代の人々は、この海峡を速吸之門(はやすいなと)と呼んだ。
潮流の激しい海域である。
当然、狭野尊(さの・のみこと) (以下、サノ)ら天孫一行も、この海域を進んだ。
速吸之門を通過する直前のことである。
一艘の小舟が近付いてきた。
よく見ると、釣り人が乗っている。
そこで、サノは釣り人に声をかけてみた。
サノ「汝(いまし)は誰じゃ?」
釣り人「うちは、国津神(くにつかみ)で、珍彦(うずひこ)と申します。曲(わだ)の浦(うら)で釣りをしていたら、天孫(てんそん)一行が来ると聞いたので、お迎えにあがりました。」
サノ「国津神?」
珍彦(うずひこ)「なるほど。読者のためですな・・・。土着の神っちゅうことです。」
サノ「解説かたじけなしっ。それと、曲(わだ)の浦とはどこじゃ?」
珍彦(うずひこ)「よく分かりませぬが、近くの海でしょうな。」
ここで、博学の天種子命(あまのたね・のみこと)が口を挟んできた。
天種子(あまのたね)「では、汝(いまし)に水先案内人をお願いしたい。ええか? 潮流が激しく、たいへんな航海になるのは目に見えておる。地元の案内があると助かるんや。」
珍彦(うずひこ)「えっ? うちを、かてちくれんの?」
天種子(あまのたね)「何を言うてるのか分かりません。説明してくださりませんか?」
珍彦(うずひこ)「仲間にしてくれるんですか?って意味やに。」
サノ「いっちゃが、いっちゃが(いいよ、いいよ)! 今後、水先案内人が必要となるは必定。さあ、この椎竿(しいさお)につかまり、我らの船に乗り込め。」
珍彦(うずひこ)「椎(しい)の木で作った竿ってことですな。では、お言葉にあまえて・・・。」
こうして、地元の神である珍彦が、水先案内人として、仲間に加わったのであった。サノは、感謝の気持ちとして、珍彦に名前を与えてやることにした。
サノ「では、椎竿につかまったことを記念し、椎根津彦(しいねつひこ) (以下、シイネツ)という名前を与えようぞ。」
珍彦(うずひこ)「えっ!? そ・・・そんな・・・。」
サノ「い・・・如何致した? 気に入らぬか?」
珍彦改めシイネツ「いえ、あまりにものかたじけなさに、言葉もなく、心中(しんちゅう)お察し上げ願いとう存じ申し上げ奉(たてまつ)りまする。」
ここまでが、台本・・・もとい「日本書紀(にほんしょき)」の記述である。
だが、ここに付随する伝承がある。
それは冒頭に紹介した佐賀関に鎮座する、早吸日女神社(はやすひめじんじゃ)の伝承である。
シイネツが仲間になった直後のこと、一行は急激な風雨と荒波に襲われた。
シイネツが海面を覗(のぞ)くと、海底から異様な光が差している。
シイネツは、すぐさま、従えていた姉妹の海女(あま)、黒砂(いさご)と真砂(まさご)に潜って確かめるよう命じた。
黒砂(いさご)「とりあえず、私が姉ということで進めたいと思います。」
真砂(まさご)「じゃあ、私は妹ということで・・・。」
サノ「初登場で、たいへんな務(つと)めじゃが、気張ってくれい。」
姉妹は海中に潜った。
すると、そこには大蛸(おおだこ)が待ち受けていた。
二人を見て、大蛸は、嬉しそうに呟いた。
大蛸「天孫一行が来たんだね。これでようやく、こいつをお返しできるって訳ですな。」
そう言うと、大蛸は、一本の剣を取り出した。光の原因は、この剣であった。
黒砂(こ・・・これは?)
大蛸「これは伊弉諾尊(いざなぎ・のみこと) (以下、イザナギ尊)が絶えず佩(は)いていた神剣だよ。ミーがずっと預かっていたのさ。」
真砂(イ・・・イザナギ尊って、国生み神話で有名な、あの?)
大蛸「そうだよ。黄泉(よみ)の国から戻ってきて、禊(みそぎ)をおこなった地が、ここなのさ。禊の最後に、この神剣を海底に沈めたんだけど、畏(おそ)れ多くて、ずっと守護していたんだよ。」
黒砂(ここって、佐賀関のすぐ目の前にある、権現礁(ごんげんべい)っていう岩礁(がんしょう)ですよね? まさか、ここが禊の場所だったなんて・・・。)
大蛸「禊っていうのは、体と心を清める儀式のことだよ。」
真砂(ちょっ、何言ってんのか分かんないっす。)
大蛸「今のは、読者向けに言った台詞だよ。では、ミーは使命を果たしたので、ここらで退場させてもらうよ。ガクッ。」
黒砂・真砂(おおだこぉぉ!!)×2
大蛸は神剣を返すと、燃え尽きたように、海底へと沈んでいった。
それから数分後・・・
黒砂(いさご)「そういうことで、この神剣をお返し致しますとのことで・・・ガクッ。」
サノ「なっ!? どういうことじゃ?」
真砂(まさご)「我ら姉妹、長く潜り過ぎたようです。お会いできて光栄でし・・・ガクッ。」
姉妹もまた、長時間の潜水がたたって息絶えたのであった。
気が付けば、暴風雨と荒波は静まっていた。
サノ「初めての死亡者が出てしまった。それも一気に二人も・・・。」
シイネツ「二人とも、お役に立てて本望(ほんもう)やと思うちょるでしょう。」
サノは、姉妹を厚く葬り、神剣を御神体とする小さな祠(ほこら)を建てた。
そして、八十禍津日神(やそまがつひ・のかみ)らを祭神として、建国の大請願を立てたのであった。
これが、早吸日女神社(はやすひめじんじゃ)の起源であると伝わる。
ちなみに、八十禍津日神(やそまがつひ・のかみ)は、イザナギ尊が、禊をおこなった時に生まれた神である。
この神社は、地元で「お関様」と呼ばれ、拝殿には、多くの蛸の絵が貼られている。
参拝者は願い事と、その成就のために蛸を食べない期間を書いて貼るのである。
蛸断祈願(たこだちきがん)という信仰で、同神社の禰宜(ねぎ:神職の一つ)は代々の掟(おきて)として、一生涯、蛸を食べないそうである。
なお、佐賀関の港町では、黒砂(いさご)通り、真砂(まさご)通りとして、姉妹の名が残っている。
また、ビシャゴ岩姉妹岩という姉妹を祀る場所もあり、初詣のスポットとなっている。
椎根津彦を祀る椎根津彦神社もある。
つづく
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