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失敗の本質

                   慶応義塾大学教授 菊澤研宗
 太平洋戦争において、最新技術に基づく近代戦術を駆使した米軍に対して、精神力に基づく非合理的な戦術を展開して大敗した日本軍。戦後、これを反省し、日本では論理性や合理性を重視する理系中心の教育が防衛大学校ではなされている。この教育方針に間違いはないだろう。

  しかし、さらに少し深く考えてみたい。では、当時の日本軍のリーダーたちは非論理的で非合理的だったのか。恐らくそうではない。むしろ、きわめて論理的で合理的思考の持ち主が多かったと思う。したがって、われわれが注意しなければならないのは、論理的思考が非合理的な行動を合理的に選択する可能性があるということである。つまり、不条理である。
  

  たとえば、日露戦争で日本陸軍は乃木希典指揮のもと二〇三高地の戦いで白兵(銃剣)突撃を繰り返し、奇跡的にロシア軍に勝利した。以後、日本陸軍は努力を重ね、多額の資金を投入して白兵突撃戦術というパラダイムを完成させた。

  ところが、太平洋戦争で米軍と戦い、その戦術つまりパラダイムの非効率性に気づいた。しかし、この戦術パラダイムを放棄しなかった。それは、リーダーたちが無知で非合理的だったからではない。もしその戦術パラダイムを放棄すれば、明治以来、投入した膨大なヒト・モノ・カネ、すべてが無駄になり、しかも伝統ある白兵突撃戦術をめぐる多くの既得権益者たちを説得する必要があり、そのコストはあまりにも大きかったからである。したがって、論理的に考えれば、その非効率的な戦術パラダイムを放棄しない方が合理的だったのである。
  

  同様に、日本海軍も日露戦争で東郷平八郎指揮のもとに日本海海戦でロシア軍に大勝した。以後、海軍は戦艦大和や戦艦武蔵などの建造に多額の資金を投入し、大鑑巨砲主義というパラダイムを実現させた。

  しかし、太平洋戦争ではすでに戦艦に代わって航空機と空母の時代がきていた。日本海軍もこれを認識していたが、パラダイムを変更できなった。というのも、もし変更すれば、これまで投入した膨大な資源のすべてが無駄になり、しかも大鑑巨砲主義に固執する多くの利害関係者を説得するコストも高かったからである。したがって、論理的に考えると、やはりパラダイム変革しない方が合理的だったのである。
 

  このように考えると、奇妙に思えるが、人間を失敗に導く原因の一つは非論理性でも非合理性でもなく、実は人間の合理的で論理的思考にあるように思える。というのも、そもそも論理には人間性が欠けているからである。人間は合理的に失敗するのである。


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