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颯太と樹と花壇

もう冬の香りが漂う頃なのに、東雲荘の花壇には色とりどりの花が咲いていた。俺がここに来てから花の咲いていなかったことはない。きっとあの人が手入れをしているからだろう。
庭に設置してある木製のベンチに腰かけてスケッチブックを開き脇に鉛筆セットを置く。

「今日は何を描こうかな」
鉛筆を一本手に取って腕を前に伸ばす。どこかいい切り取り方はないか、鉛筆の先を見ながら考えた。

「……おい、何してるんだ?」

突然、背後から声をかけられた。低くてどすの利いた声だ。
「あ、樹さん、どうも……」
ゆっくり振り向くと、眉間にシワを寄せた心底機嫌の悪そうな樹さんがそこにいた。樹さんが楽しげにしている所を俺は見たことがない。いつも楽しそうにしている青藤君とは真逆だ。
「ああ、絵描いてんのか。見せろ」
「ええ、いや、その……」
「……見せたくないなら別にいい」
モタモタしているうちに樹さんは尚更声を低くして言った。
「あ、すんません……」
「別に」
短くそう樹さんは答えると、花壇の方を見始めた。



どこか目線を感じるとどうも筆が進まない。鉛筆を握りしめたまま俺は花を見ていた。
「颯太お前人目があると絵描けないのか。なんか悪いな」
あまり申し訳なさそうではないし、樹さんが動く気配もない。俺はそこまで面白いものを描こうとしているわけではないのだが。
「……この花壇、全部樹さんが面倒見ているのですか?」
「なんで敬語なんだよ。祥人のクソ野郎にはタメ口なのに」
不機嫌に樹さんは言う。質問には答えてくれなかった。
樹さんは分かりやすく怖い。どうしても彼と話す時は萎縮してしまうのだ。底知れない不気味さのある青藤君とはまた真逆だった。
「すみません、今度からは気をつけます……」
「あ?」
「……ごめん」
ようやく満足気に表情を緩めた。とはいえあまりに微妙な変化で、仏頂面である事に変わりはない。
「ここの花壇を作ることが俺のここにいる条件なんだよ」
答えてくれた。少し申し訳なくなった。
「お前さっき聞いただろ、もう忘れたのか」
樹さんが呆れたようにため息をついた。
「あ、いや、答えてくれると思わなかったから……」
「俺流石にそんな性格悪くないはずなんだが。聞かれたことくらい答えるわ」
ムッとしながらそっぽを向いていた。どこか彼のキャラには合わないと感じた。
「あの、杏ちゃんのなんか才能があるかどうかのあれです……じゃなくて、だよね? 」
「そうそれ」
ここに入居したい時に聞かれるあれである。俺は何故か趣味のジュエリーデザインを見せたらOKを出された。
「花壇造れなくなったらここ追い出されるんだなと思うと悲しくなってきたわ……」
「そう言ったら俺だって手をやったら終わりっすよ……だよ」

木枯らしが吹いた。かさかさと落ち葉が目の前を通っていく。
「まあ先のことを気にしすぎるのも良くないで……よ」
「ん、そんなもんか……。お前もそれ、頑張れよ」
肩をポンと叩かれ、樹さんはどこかへ行った。何しに来たんだろう、あの人。
スケッチブックに線を走らせた。今日はいい物が描けそうだ。

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