第3章 「未練の館」 

 あの事件以降、数日間特に変わった様子はなかった。とはいえ、通常業務が無くなるということではないので、平常運転で1人のホテルマンとして勤めていた。
この数カ月間で沢山の出来事があり、社会人1年目としては非常に疲弊していた。その様子を見て、何かを感じ取った副支配人が声をかけてくれた。「菊田さん、有休残っていますよね?色々ありましたし、少し息抜きしてみてはどうですか?」といつもの優しい声質で語りかけてくれた。確かに、勤務表を確認すると有休残数が4ほど残っていた。なので、私は副支配人が申すように有休を2日ほど取ることにした。チェックインも少なく、1日の出勤者が多い日が丸々2日間あったのでそこを有休にさせていただいたのです。
 そして、私はその2日間を見てあることに気づいた。さらに楽しみが出来たのですぐにその日休みを取っていたある人に連絡をした。私は返信が無事に来たので、即ホテルの予約をし、その日の業務を終わらせた。その結果、私はルンルンで帰宅した。
 帰宅すると、ルンルンな様子で帰ってきた私を見て善ちゃんが気味が悪いと言わんばかりの顔で「おかえり。」と言った。善ちゃんがそんな顔をしているとはつゆ知らずに私は手を洗い、晩ごはん作りを始めた。その間も善ちゃんは気味悪がっていた。そして、出来上がった晩ごはんをいつものように善ちゃんと一緒に食べた。その時の私は浮かれまくっていた。とうとう我慢できなくなったのか善ちゃんが聞いてきた。「おい、何かやったのかよ。さっきからニヤニヤしてて気持ち悪い。もしかして、彼氏となんかあったのか?」と。私は、ニヤニヤの顔のまま「えー。そうかなぁ。まぁ、あったんだけどね。聞きたい?」と地雷女のような質問返しをした。すると、善ちゃんは「どうせ、話したくてウズウズしてるくせに。さっさと話せよ。飯が不味くなる。お前のそのニヤニヤ顔を見てると。」とツンデレ発言をする。私はさっきよりもウザく「えー。本当は聞きたがってるくせに〜。じゃあ、話すね。実は有休を貰えることになったの。しかも、2日連チャンで。だから、彼の有休申請した日にすることが出来たから、旅行行かない?って相談したらOK貰ったの。そして、ホテルの予約とか色々してくれたの。だから、行ってくるね。日光に。」と体をくねくねさせながら答えた。善ちゃんは呆れた様子で「あー、良かったですね。そしたら、俺はお留守番ってことか?」と不貞腐れながら答えた。私は彼に素直に「なわけないでしょ。一緒に行くに決まってるじゃん。彼には貴方は見えないんだから。それに、何か起こるかもしれないでしょ?妖怪関連で。だから、一緒に居て欲しいの。」と言うと、善ちゃんはさっきの態度とは打って変わって「ヒャッホー!!」とはしゃぎ始めた。こんな感じでこの日が終わった。
 そして、遂に旅行当日になった。大手町駅で彼と待ち合わせしていた。あ、言うの遅くなりましたが、ある人というのは彼氏です。そして、その彼氏というのは、「ごめん、おまたせ。なおちゃん、例の相棒さんは傍にいるの?」と聞いてきた。私は、「うん。今は、けいちゃんの横に居るよ。」と真っ直ぐな目で答えた。彼は、「え!?どこどこ?」と言いながら1回りしていた。そして、私は「嘘だよ。今は私の横に居る。相変わらず、信じてくれるのにビビリだね。」と笑いながら言うと、「さっさと行くよ。」と少し怒られながら手を引かれた。私は言うことを素直に聞いた。ちなみに、私の彼氏は姑獲鳥の事件の時に一緒に夜勤として働いていた先輩社員である。
 姑獲鳥の事件が終わってすぐに、彼はシフトを被る度に私に妖怪の話を求めてくるようになった。そういう話をすると、大抵の人は気味悪がるのに対して彼は真面目にそして、話を広げながら聞いてくれた。そんな彼に私は気づいたら惹かれていた。その時、彼は4年間付き合っていた人と分かれたばかりだったので、連絡先のみ交換し、毎日話したりご飯にも行くようになった。そして1ヶ月後、一緒に変える機会があったので、思い切って告白した。そしたら、彼もあの事件以降私に興味を持ってくれてたらしく、快く承諾してくれた。その日から、社内恋愛が始まった。
 話を戻そう。電車に乗ろうとした瞬間、善ちゃんが話しかけてきた。「なぁ、この男に俺の存在話したのか?大丈夫か?に
こいつ。」と疑念を膨らませたような顔をしながら聞いてきた。私は小さな声で「大丈夫。話した時もそんなに突っ込まれなかったし、彼には見えないから。」と答えた。善ちゃんはまだ疑い持った顔をしていた。そして、そのまま2人いや、3人で電車に乗った。
 ―楽しい楽しい旅行かと思ったが、プライベートにも関わらず事件に巻き込まれることになってしまった。―

 兎にも角にも、東武日光駅に無事に着いた私達は最初に日光東照宮に向かった。平日にもかかわらず観光客がたくさん居て「おおー!」と思わず3人でハモってしまった。感心していると、誰かに髪の毛を引っ張られた感覚があった。私は驚いて「うわ!」と言うと、2人して「どうした?」とすかさず聞いてきた。私は振り向いたが誰も居なかったので「ううん。気のせいみたい。」と答え、観光を続けた。1歩歩いたあと再度振り返ると綺麗な着物を着た女性が立っていた。私は目をパチクリさせ、擦るとその助成は居なくなってた。とりあえず、今はこの旅行を楽しむことにした。それからの私達は日光プリンを食べたり、華厳の滝を見に行ったり、東武ワールドスクエアで遊び尽くすなど3人で普段は中々過ごせない非日常を堪能出来た。
 その後あっという間に16時になってしまったので私達は予約していた旅館に向かった。彼が予約してくれたのだがとても綺麗で部屋の中も広すぎて善ちゃんとはしゃぎまくっていた。彼は旅行が趣味と聞いていたがここまでセンスが良いと正直に言うとあまり期待していなかった。しかし、やはり彼のセンスは最高だと自分の中で彼のことをより誇りに思えたのにプラスしてまたさらに好きになった。そんな様子が顔に出ていたのか彼が「どうした?顔真っ赤だね。」と微笑んだ。私は、「え!?」と驚きながら自分の顔を触り、熱くなっているのを感じた。そう感じている私の横では善ちゃんが「このこの〜!」と言いながら、自分の肘を私の足に当ててくる。私は小さい声で「やめなさい。」と善ちゃんの手をポンポンしながら言った。彼は私のそんな様子を首をかしげながら不思議そうな顔で見ていた。
 私達は夕食まで時間があったので、部屋でゆっくり思い思いの過ごし方をしていた。私は、趣味の執筆活動をしていた。彼は自分のスマホで明日行けそうな観光地を調べたり、動画をみたりしていた。私達カップルはお互い一人暮らししているのだが、お互いの家に遊びに行ってもそれぞれ過ごし方が異なるのでその都度個々の過ごし方をしている。日によっては、ご飯の時以外は話さないという日もある。だが、私達は元々一人で過ごすことが好きな2人なので、この感じがとても心地よいのだ。そして、もう1人の旅人かな?善ちゃんは、私が前回の女郎蜘蛛の件で持たせていたスマホで動画を見たりしてくつろいでいた。もう、すっかり彼は令和を生きる子供のようであった。
 そんなこんなで自由に過ごしていると、旅館の女将さんが「失礼します。」と障子を開け、「ご夕食のご用意が出来ましたので、お手すきの際に牡丹の間までお越しくださいませ。」と伝えに来てくれた。私達は「ありがとうございます。」と告げ、準備を始めた。
 牡丹の間に向かっている道中、私はある写真を見かけた。その写真には先ほど部屋にいらした女将さんにそっくりな女性と板前の格好をした男性が仲睦まじい姿で写っていた。私は普段そんな写真に気には止めないのだが、その時はじっと見入っていた。彼は私がついて来ないことに気付いたのか「どうした?」と言いながら戻ってきた。私は素直に「この写真の女の人、さっきの女将さんに似てない?」と聞いた。すると、彼も「確かに似てるね。女将さんのお母さんとかなんじゃない?」と答えた。そんなことを話していると、向こうから「何かありましたか?」と仲居さんがやって来た。私は仲居さんに「この写真の女性って、女将さんですか?」と聞いた。すると、仲居さんは「いえ。この人は私の祖父母です。つまり、母の両親です。」と答えた。私達が不思議そうな顔をしていると。、その仲居さんは「あ、私ここの女将の娘なんです。父は、ここの料理長。私は3年前に専門学校を卒業して、2年間、日光駅近くのホテルで修行していたので昨年からここで働いているんです。元々、この旅館は祖父母が始めて私の両親が2代目になります。」とお話をしてくれた。そして、娘さんは「あ、牡丹の間に行かれますよね?ご案内します。」と私達を案内してくれた。私は何かに引っかかった。おそらく、東照宮で私の髪の毛を引っ張り、振り向いた時に立っていた女性はあの写真の人ではないかと思ったからだ。そう考えながら案内された席に座ろうとすると、部屋の端の方に着物を着て、不気味なお面をつけた女性が立っていた。
 私は冷静を装ってその場を過ごすことにした。そう思っているとじゃんじゃんと美味しそうなご飯が運ばれてきた。湯葉を天ぷらにした物や日光和牛を使ったすき焼き鍋など豪華な食事だった。善ちゃんには私が先程の仲居さんではなく、別の仲居さんに小皿を依頼していたのでその小皿に善ちゃん用のご飯を取り分けていた。そのご飯を私の膝の上に座って食べていた。すると、彼が突然「今そこに、善ちゃんが居るの?箸だけ浮いてるから。」と発言した。私は驚きながらも「うん。今ね、食べてる。」と少々慌てながら答えた。私はここである事実に気が付いた。「そうか、私は当たり前だと思っていたが、善ちゃんは私以外の人には見えていないということ忘れていた。」と心の中で囁いた。ちょうど、この会場はそれぞれ個室形式になっているので彼だけに見える形だったことに安堵した。そして、私達がそんな会話をしながら食べている時も女性はずっと部屋の端の方に立っていた。特に、何もせず、ただひたすら立っていた。私達もとりあえず、そのまま食事を続けていた。
 食事後、私は自分の客間に戻る途中再度、あの写真の前を通った。そして私はさっき見た時よりもじっと見つめた。私の予想通りだった。この写真の女性と先程食事中に端の方に立っていた女性が同じだったのだ。私は彼に先に部屋に戻るように伝えた。善ちゃんにはこのまま残ってもらうように囁き声で伝えた。そして、彼が部屋に行ったのを確認し、隣にいる善ちゃんに伝えた。「善ちゃん、さっき私達が食事していた部屋の隅の方に立っていた女性見たでしょ?あの女性、この写真の女性に似てない?」と語りかけた。善ちゃんは、同じように「確かに、似てるかもな。てことは、あの隅っこ女はこの旅館の先代女将ってことか?」と確認してきた。私は「うん。そうだと思う。女将さんとさっき案内してくれた仲居さんに話聞いてみようか。」と告げた。そして、私は女将さんが居ると思い、善ちゃんと一緒に受付に向かった。
 受付には誰も立っていなかった。呼び鈴があったので鳴らすとすぐに、女将さんが出てきた。女将さんは「あ、菊田様。どうなさいましたか?」と質問した。私は直球で質問した。「あの、女将さん。こんな事をお聞きして申し訳ないのですが、ここの旅館の歴史と先代、あなたのご両親について詳しくお聞きしたいのですが。」と。女将さんは何を聞いてるんだこいつは。と言っているような顔で面倒がらずに答えてくれた。「両親のことですか?なぜ、そのような話を?」と。私は自分の考察について述べた。「実は、先程夕食を召し上がった際に、私達の個室の端の方に綺麗な着物を着て、不気味な仮面を着けた女性が立っていたんです。仮面は頭の方に着けていたので、顔も見えました。それで、食事の間に行く道中と部屋に帰る道中に見かけた写真の女性とその仮面の女性が似ていたので気になったんです。それで、行く道中に案内してくださった仲居さん、あ、娘さんにお聞きしたんです。その写真の中の女性はこの旅館の先代女将とご主人で、お祖母様とお祖父様だと。つまり、あなたのご両親になると。それで、なぜお祖母様が私達の前にあのような姿で現れたのか気になってしまい、お聞きしました。申し訳ございません。変なこと聞いてしまって。」と何一つ曇りのない目で説明した。そして、「ちなみに、私の隣には、相棒の座敷わらしの善ちゃんという男の子がいます。何、バカな事話しているんだ、この女。と思われるかもしれませんが、全て事実なのです。お願いします。教えてください。」と必死に懇願した。
 女将さんはしびれを切らして「分かりました。22時頃に業務が終了しますので、終了次第お部屋に伺わせていただいてもよろしいでしょうか。私も母が成仏せず、なぜ戻ってきたのかも気になるので。私達家族は祖父がそういう妖怪というか目に見えない存在というものをこの旅館で働いている傍ら研究していたので、菊田様のお話をお聞きして興味というか好奇心が沸々と湧き出て来ました。もうしばらく、お部屋でまちくださいませ。」と伝え、業務に戻った。私と善ちゃんも客室に戻った。
 客室に戻った私は、部屋でくつろいでいた彼に声をかけた。「けいちゃん、あのさ大事な話があるの。」と。私が真剣に話しかけるもんだから、彼も真剣な顔をして寝転がっていた体勢を変えて正座になり、私の方に体を向けてくれた。私も彼と同じように正座になった。善ちゃんも何か感じ取ったのか私の横で正座になった。彼は、「俺はなーちゃんの彼氏だから、なーちゃんを支えるよ。なーちゃんが今しようとしていることは何?」と優しく問いかけてくれた。私は思わず胸をキュンキュンさせてしまった。だが、すぐに開き直り自分がしようとしていることを素直に話した。すると、彼は「そういうことだったんだ。あの時、写真をじっと見ていたのはちゃんと理由があったんだね。わかった。俺も女将さんの話を一緒に聞く。」そう、まっすぐな目で伝えてくれた。私はこの人と付き合えて良かったとしみじみと思った。すると彼は、「その前に風呂入りに行かない?あと1時間程あるし。女将さんも準備して来てくれる訳だし、俺らもちゃんと準備しなきゃ。」と微笑みながら言った。私はそうだね。と返した。すると、横に座っていた善ちゃんを見るとニヤニヤしていた。私は小さい声でもう。と言い、お風呂に向かった。
 3人でお風呂から部屋に戻ろうとすると、ちょうどたくさんの資料を抱えた女将さんとお嬢さんに会った。「女将さん?」と私が話しかけると、「あ、菊田様。これからお部屋にお伺いしようと思って。」と答えた。私と彼は女将さん達に駆け寄り、持っていた資料を半分持った。そして、一緒に部屋に向かった。部屋に到着するとすぐ私達は資料をテーブルに乗せた。それが終わり、私はお茶を淹れた。私はお茶をテーブルに置いた。もちろん、5人分だ。私の右に彼、左に善ちゃんが座り、その前には女将さんとお嬢さんが座った。少し、沈黙になった。
 その沈黙を私がかき消すかのように話し始めた。「あの、お嬢さんはお母様からなぜこのようになったかはお聞きしていますか。」と聞くと、お嬢さんは「はい。私の小さい時に祖父母は亡くなったので、気になってしまって。」と回答してくださった。続けて、お嬢さんは「この湯呑みの前にはその座敷わらしさんが居るってことですか?」と私に問いかけた。私はなるほど。と言い、「はい。座敷わらしの善ちゃんという子がいます。」と答えた。お嬢さんは「初めまして。ちなみに、彼氏さんは見えているのですか?」と今度は彼に質問した。彼は「いえ。見えていません。けど彼女が居ると言うのであれば、居ると思っているので。」と笑顔でハッキリと答えた。お嬢さんは、ほぅ。と頷いた。そして一問答が終わった後、私は自分の考察を話し始めた。「私が思うに、先代女将は〈後神〉という妖怪だと思います。」と言いながら、自分のパソコンに〈後神〉の画像を映した。善ちゃん以外の3人は真顔のままだった。私はその顔に気づいていたが、話を続けた。
 「〈後神〉は何か行動をしようとすると髪の毛の後を引っ張って、止めさせようとする小心者の妖怪のこと。(後ろ髪を引かれる)という言葉から誕生した妖怪ともされています。また、ピンチになった時に救いの手を差し伸べてくれる神様とも言われています。おそらく、お祖母様の場合は後者の方だと思います。どうでしょうか。」と説明しつつ、女将さんとお嬢さんに質問した。
 すると、女将さんは重い口を開いた。「実は、うちの経営が厳しいんです。近くに大きなビジネスホテルが出来てしまい、そこのホテルは流行の最先端のことをしていることもあり、そのホテルに当旅館を定宿にしていたお客さんがご宿泊するようになってしまったのです。ですが、私は先代の伝統的やり方を尊敬しているのでこのやり方を捨てたくないんです。けど、赤字続きは終わらなくて。」と悩みを打ち明けた。そしてその女将さんの発言を聞いて、お嬢さんが女将さんに「この旅館、赤字続きだったの?知らなかった。どうして相談してくれなかったの?」と少し怒りながら言った。女将さんは「ごめんなさい。ただ、あなたにはまだ、そこまでの責任をかけたくないのと同時に、おばあちゃんとの約束を守りたくて。」と謝罪をした。
 すると彼が「あの、先代の女将さんとの約束ってなんですか?」と女将さんに質問した。女将さんは、こう答えた。「母は、私に亡くなる直前にこういったんです。―必ず私達が残した伝統を守り抜いて欲しいの。時代などの変革が起きて、伝統を崩してしまうことがあるかもしれない。けど、どんな物や事も伝統を貫けば必ず、崩れても復活するの。だから、この旅館の伝統を守ってね。―と言って亡くなったんです。だから、崩したくないし、今は苦しくてもまた復活することがあるんです。そして、母は亡くなる1週間前に病室で見ていたドラマの名言を聞いて、―他人の言葉だけど、この言葉の意味と私が今伝えたことは似ている気がするから、大切にしてね。―とも言いました。」と涙を流しながら、答えた。私は女将さんに自分のハンカチを渡し、「ドラマで聞いた言葉ってなんですか?」と質問した。女将さんはハンカチで涙を拭いながら教えてくれた。「(強い根っこには、綺麗な花が咲く)という言葉です。」と。私はその言葉に聞き覚えがあったので、「もしかして、〈インフルエンス〉というドラマですか?私もあのドラマ見てました。」と同調した。
 女将さんは、「おそらくそうだと思います。」と言ってくれた。私は思わず自分が印象を受けたドラマのセリフを聞けて興奮してしまった。お嬢さんはその一連の話を聞いて、「さっきは、責めてしまってごめんなさい。お母さんも辛かったのに、あんな言い方してしまって。それに、おばあちゃんはすごい人だなぁって知れて嬉しい。」と誇らしげな顔で話した。そして、私はあることを思いついた。「もしかして、お祖母様はそれを伝えたかったんじゃないですか?苦しい苦しいばかり思っていないで、そのままで居なさいというのを伝えたかったではないでしょうか?」と2人に伝えた。すると、窓の方から光が入ってきた。それに伴って、なんと〈後神〉が入ってきた。どうやら、その場に居る全員に見えるようで全員で「はぁ〜」と言葉は発してないが、そのような顔をした。そして、〈後神〉は仮面を外して
「ありがとう。私の言ったことを守ってくれて。さやかちゃん、大きくなったね。貴方が3歳の時に死んでしまったから、おばあちゃんらしいこと出来なくてごめんね。あやか、このまま伝統を貫いて、身体に気をつけて過ごすのよ。それと、そこの坊っちゃん。」と善ちゃんがを指差した。善ちゃんは「俺?何でしょう。」と恐る恐る返事をした。後神は「そう、あなた。あなた、良い武器を持っているわよね。お願い、私の娘達、この旅館を助けて欲しいの。」と伝えた。そして、「私はこれからもあなた達のことを見守ってるからね。安心して、過ごしてね。そして、菊田様・松永様、この度は当旅館にご宿泊いただきありがとうございます。あなた方に会えてこの機会を設けていただいたおかげで、伝えたかったことを伝えられてよかったです。本当にありがとうございました。」と伝えて、消えた。
 女将さんのあやかさんとお嬢さんのさやかさんは私達に「ありがとう。あなた方がここにいらしたのは、先代が与えてくれた縁というものなのでしょうね。本当に本当にありがとうございました。」とお礼の言葉を伝えてくれた。私と彼はその言葉を聞いて「そんなそんな、頭を上げてください。私達もこのような機会をいただけてある意味、思い出深い旅行になったという嬉しさで胸がいっぱいです。私達の方こそ、本当にありがとうございました。」と伝えた。
 そして、私は善ちゃんに質問した。「そういえば、先代女将が言っていた良い武器って何?」と聞くと、善ちゃんは「さぁ?それが、分からんのよぉ〜」とアメリカンな返事をした。しばらく、誰も言葉を発さない時間が流れた。すると、お嬢さんが「そういえば、今思い出したんですけど善ちゃんって、善チャンネルの善右衛門さんですか?」と言った。そして、自分のスマホでその動画も見せてくれた。動画を皆で見ると、話し手のような人が姿を現さずに、観光地であったり妖怪などを紹介している動画だった。なんと、チャンネル登録者数は200万人だった。声的には、善ちゃんだったので私は善ちゃんに「あなた、こんなこといつの間にしていたの!?」と驚きを隠せないまま聞いた。すると、善ちゃんは「あ、これね。きくちゃんが寝てるときだったり、勤務中にきくちゃんの足元なんかでやってた。あと、たまにきくちゃんが勤務中に居ない時あっただろ?」と言った。私は「あ、そんなこともあったね。どこかに散歩しに行ってると思ってたけど、もしかして動画を取りに行ってたの!?」と食い気味に聞いた。「そうだよ〜。伝えてなくてごめん笑。いつの間にかチャンネル登録者数がここまでいくと思わなくて笑。ただ人間達がどこまで俺達妖怪に興味があるかなぁって思って始めたんだ。」とドヤ顔で笑いながら喋る。私は久しぶりに善ちゃんのそんな姿を見て少し、イライラした。
 すると、彼が「先代女将が言っていた良い武器か。ここの旅館のことを動画にしてもらうってことか。」と告げた。皆で「あ、ホントだ。」と言い、私が善ちゃんの方を見ると、皆私と同じ方向に目線を向けた。その目線ビームに耐えられなくなったのか善ちゃんは「分かった。ちょっと待ってろ。」と言い、すぐに取り掛かった。私は、皆に「今取り掛かってるみたいなので、少々お待ちを。」と告げた。そして、私達皆、寝ずに様々な雑談をして夜を明かした。そして、ついに動画が完成した。
 善ちゃんは完成後すぐに自分のチャンネルにアップした。そして、凄まじい数の人達が一気に視聴を始めた。数分で50万再生されている。すると外から慌ただしい声が聞こえたので、部屋を出てみると仲居さんだけでなく板前の方々もてんやわんやの状態だった。電話が鳴りっぱなしだったからだ。一人の仲居さんが「あちらこちらから予約の電話です!」と大慌ての様子だった。なんと、予約が1年先まで埋まってしまったとのこと。電話が鳴り止むとすぐに職員の方々は朝食の準備を始めた。私達は昨日の夕食の会場に着替えて向かった。無事に豪華な朝食を召し上がることが出来て、無問題って感じの気分だった。
 朝食食べ終え、帰る準備をし、チェックアウトをするため受付に向かった。受付には女将さんとお嬢さんが立っていた。「本当にありがとうございました。お二方とこのような縁が生まれて、祖母に会うことが出来ました。ぜひ、またご利用くださいませ。」と深々とお辞儀してくださった。私達もその言葉に返すように答えた。「はい!ぜひ、またよろしくお願いします。予約が取れたらですけどね。」と少し、冗談めいた様子で言った。2人とも笑ってくれた。そして、私達はそのまま東武日光駅に向かった。私達3人は電車の中でぐっすり眠ってしまった。
 あっという間に大手町駅に着いた。私は彼に「本当にありがとう。色々あったけど楽しかった。改めて、けいちゃんが彼氏で本当に良かったって実感した。また、行こうね!」と言った。すると、彼が「俺も楽しかった。なんだかんだ、ああいう旅行は1人だと体験出来ないから、凄い楽しかった。俺もなーちゃんと付き合えて本当に幸せ。これからもよろしくね。」と爽やかな笑顔で言ってくれた。そして、「善ちゃんもまたね。」と善ちゃんの頭を撫でた。私も善ちゃんも「え!?」と大きい声で驚いてしまった。その様子に彼は爆笑しながら善ちゃんを撫でた手で私の頭をぽんぽんと撫でて帰っていった。

―まだまだ、事件は起こる気がしてならない私と善ちゃんだった。―
                            つづく・・・

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