小説第1章 「相棒 上」


姑獲鳥の事件以降、あのような大きい事件は起きていない。なので、私は通常業務に明け暮れていた。いや、変わったことがある。この隣にいる少年だ。この少年が私についてくるようになったのは、遡ること一週間前である。 

  姑獲鳥の件から二日たったある日、私はいつも通りフロント業務を行いながら事務作業もこなしていた。あれ以来、特に妖怪関連の事件は起きないため退屈と感じる部分もあった。そう思っていて退勤の時間になり更衣室で着替えている時に視線を感じた。バッと振り向くが誰もいなかった。気のせいと思い、普通に着替えていたがやはり感じる。今度はさっきと違って躍動感溢れる程に思いっきり振り向くと少年が立っていた。 

 「うわっ!」と大きな声を上げると少年は「お姉さん、悪い気が付いてるね。僕が守るからそばにいさせて欲しい」と言われた。何言ってるんだこの少年は。と思いながら私は質問した。「君、どこから入ってきたの?」すると少年は「お姉さんと一緒に入ってきた。というかお姉さんにずっと付いてた。一昨日から。」と子供のあどけない笑顔で答えた。一昨日と言うと姑獲鳥の事件が終わった翌日からか。てことは、この子姑獲鳥が抱いていたあの赤ん坊!?いや、でもあの赤ん坊女の子だし、赤ちゃんだからそんなすぐに成長しないしと一人で悶々と頭の中考えていると少年が不思議そうに「お姉さん、何してるの?」と今度は真顔で聞いてきた。私はハッとして少年にごめんごめん。と言い、話を続けた。「なんで、一昨日から私についてるの?というかなんで私につこうと思ったの?」と質問責めした。すると少年は、「お姉さん、妖怪とお話してたでしょ?それ、僕見てたの。あの妖怪との件が終わってからお姉さん嫌な空気付いてるから、僕が守ってあげようと思って。驚かしてごめんね」と答えてきた。私は「あの日どこに居たの?守ってくれるって?」と再度質問をすると「お姉さんと女の人と妖怪が居た部屋が半ドアになっていたからそこから部屋の中を覗いてたの。お姉さん凄いなぁ。と思いながら思わず見入っちゃって。で、それからお姉さんのこと見てたら言葉では言い表せない変な空気があった気がしたから、これは僕が守ってあげなきゃと思ったんだ。」と答えてくれた。
私は少年のその回答を聞き、はー。と不思議そうな反応してしまった。少年は少年で私のその反応を不思議そうに見ていた。そして、なんでか分からないがハッと言う顔をし、突然「僕、まだ名前名乗ってなかったね。僕ね、座敷童子!名前は善右衛門。江戸時代中期に家の近くの山で遊んでいたら足踏み外して転んじゃって死んじゃったの。それから成仏出来ずに色んな人について生活してた。」と名前を名乗り出した。私も名乗らなきゃいけないのかと思い、「菊田奈央子。皆から菊田さんだったり、きくちゃんって呼ぶ人もいる。あなたの呼びやすい名前で呼んでね」と同じように名乗った。彼は、私のことを早速「そしたら、きくちゃんって呼ぶ。僕の名前も君の好きなように呼んでね。」と言われたので、「私はそしたら善くんいや、善ちゃんでも良い?」と聞いた。彼は、「ちゃんは女子みたいで嫌だなぁ、せめて善さんにしてくれ!」と言ってきた。私は「好きなように呼んでいいって言ったのはそっちだから、善ちゃんで決定なの!」と言い張るとしょうがないようなぁと言ってるような顔で分かった、いいよ。と全ちゃんは答えてくれた。
そして、善ちゃんとのそのラリーが終わった後、私は打刻をし善ちゃんと一緒に電車に乗り、帰宅した。私はその頃1人暮らしを始めたばっかだった。なので、家に帰宅する前近くのスーパーで明日のお弁当の用意と晩御飯の用意を買った後に帰宅した。善ちゃんは、見た目通り「わーい。フカフカのベッド!たくさん、本がある!」と興奮していた。善ちゃんがそんなことをしている間に私は手を洗い、晩御飯を作った。晩御飯は簡単に作れるチャーハンを作った。すると、善ちゃんが「きくちゃん!僕の分ないの?」と聞いてきた。私は彼がなんでこんな質問をするのか理解できなかったので、素直に「善ちゃん、人間のご飯食べられるの?」と聞いた。すると善ちゃんは、「今までに居た家でも食べてたから食べられるよ。それに、きくちゃんの作る料理食べてみたい。」と目を光らせながら喋った。その目を見て、私は半信半疑になりながら小さい小皿に善ちゃん用のチャーハンを入れ、スプーンと一緒に机の上に置いた。すると善ちゃんはすごい勢いね食べ始めた。私は、え、本当に食べられるんだ!てか、妖怪って人間のご飯行けるんだ!と感心しながら自分の口にチャーハンを入れた。全ちゃんはすぐに食べ終わり、おかわり!と無邪気な子供のような話し方で私の言ってきた。私は、この瞬間だけでもこの子の母親になったようで「はーい。」とおかわりを要求する子供に対して反応する母親のように思わず返事をしてしまった。
その後、二人で手を合わせ「ごちそうさまでした。」と言い流しに二人分の食器を持って行った。私はまるで家族生活を送っているような気分になり、まるで人間と一緒に居るかのように善ちゃんに「お風呂はどうする?」と聞いてしまった。私はすぐに、あっ!と気づき、「ごめん。今のは忘れて。」と泡が付いた手でごめんねのポーズをしながら言うと善ちゃんは、「なんで、謝ってるの?もちろん、入るよ。今までも入ってたから。」と平然とした態度で答えた。私は「そ、そうなんだ。」とどもりながら答えた。そして、彼は普通に自分が着ている物を脱ぎ、「きくちゃんの家のお風呂はこういうタイプの蛇口か。」と何かの業者のように言ってそのままお湯に浸かっていた。私は思わず「業者かよ。」とツッコミを入れ、明日のお弁当のおかずを作り始めた。そんなこんなでこの日は善ちゃんと一緒のベッドに入り、就寝した。
 翌朝、私はいつものようにアラームの音と共に起床した。起きると善ちゃんはまだ、横でスヤスヤ寝ていた。そんな無防備な善ちゃんの姿を見て思わず微笑んでしまった。いびきもしていたので、善ちゃんの鼻をいたずら心で摘むと善ちゃんはフンガッ!と言い、また夢の中に落ちた。私はその姿に安心という感情を何故か思ってしまい、朝食作りを始めた。その匂いにつられたのか、眠たそうな顔で善ちゃんは起床した。そして昨日の晩ごはん同様、一緒に朝食を食べた。
 さぁ、出勤しようと家を出ようとすると善ちゃんも一緒についてきた。私が「まさか、善ちゃんも行くの?」と驚いた様子で質問すると、さも当然のように善ちゃんが「当たり前じゃん!きくちゃんのお供するって言っただろ」とキザなセリフを吐いた。私は、少し困りながら「私の傍に居てもいいけど、変なことだけはしないでよね。」と強く言った。すると善ちゃんはドヤ顔で親指を上げて微笑んだ。
 ホテルに着けば、善ちゃんは意外と大人しくしていた。休憩時間になると、休憩室で一緒に朝作ったお弁当のおかずを分け合いながら食べたり、善ちゃんにお菓子を渡して美味しそうに食べ、私はスマホを見てくつろいだりとお互いの時間を過ごせた。休憩時間が終わると、善ちゃんは午前中のように少し暇そうに私の足元に居た。なので、私は善ちゃんに目の前にあった裏紙とサインペンを渡して、「絵描いたりして好きなことしてて。でも、ここから離れないでね。」と伝えた。善ちゃんは目を光らせながら、「うん!」と返事してお絵かきを始めた。私もその姿を見習って仕事を再開した。
 そんな日々が5日経ったある日。私はその日夜勤だったので、晩ごはんと翌日の朝ごはんのおにぎりとスープを作っていた。もちろん、善ちゃんの分も一緒に作っていた。善ちゃんにとっては、夜勤が初めてだったので横で「イエ~イ!フ〜!」と言いながら踊っていた。まぁ、妖怪は夜に行動する者がほとんどだから、嬉しいのだろう。そして、家を出る時間になったので、いつものように2人で出た。善ちゃんは、私が作った料理を持ってくれた。幸い、私はホテルの近くに一人暮らしをしていたので、電車に乗ったりすることがなかったことから、ほとんど人に会わずに出勤出来る。つまり、お弁当が空中に浮かんでいることは誰にも気にされずに歩けるということ。
 まぁ、そんなことを脳裏に浮かばせながらホテルの前に着く直前で、善ちゃんからお弁当を受け取った瞬間、女性とぶつかってしまった。私は「すみません。」と言うと女性は、「大丈夫です。こちらこそ、ちゃんと前を見ていなくてごめんなさい。」とお互いに謝罪をし合うとお互い会釈し、別れた。すると、善ちゃんがその女性のことを見続けて止まってしまった。私が善ちゃんに「どうした?」と聞くと、善ちゃんは「ううん。あの人、変な感じがした気がするんだけど気のせいみたい。」と答えた。私はその反応を少し不思議に思ったが、ふーん。と言い、ホテルに善ちゃんと一緒に入って出勤した。
 善ちゃんと出勤後、更衣室に一緒に入った。私は着替えていた。ただ、善ちゃんはその横で悩んでいる表情をしていた。
 そんな善ちゃんに「どうしたの?そんな難しい顔して。」と言うと、善ちゃんは「いや、さっき菊ちゃんがぶつかった女の人さ、妖怪だと思うんだよね」と突然言い始めた。私は「え?そうなの?それって、妖怪にしか感じれないオーラ的なやつで判断したの?」と答えた。善ちゃんは「うーん。そんな感じかな?結構、僕の勘というかこういうモヤモヤ感は当たるんだよ〜」と言うので、私は信じることにしました。そんな話をしているとあっという間に引継ぎの時間になってしまったので、急いで事務所に向かって、無事に引継ぎが終わりました。今日は私がこの日の夜勤の責任者なので、日勤の責任者に引継ぎの中でよく理解できなかった部分を質問して、通常業務が始まりました。善ちゃんもいつものようにデスクの下で私が渡したメモ用紙とペンで何か書いていた。私は気にせず、仕事をしていた。
 夜勤業務である、明日の日勤に引き継ぐ引継書を作成していた時でした。デスクの下で大人しく過ごしていた善ちゃんが突然、私の足を突っついた。私が小さい声でうん?と言うと善ちゃんは「あの女の気配がする。」私がこれでもかってくらいのウィスパーボイスで「あの女って、私が出勤途中にぶつかってしまった女の人のこと?」そう聞くと善ちゃんは黙って頷いた。私は事務所内にあったフロントが映されている防犯カメラを見ると善ちゃんの言う通り私がぶつかった女性がチェックインの手続きをしていた。私は何かを取りに行くのに見せかけてフロントに向かった。すると、あの女の人だった。私はそれを確認後すぐに事務所に戻った。そしてデスク下に居る善ちゃんに、あの女の人であったことを報告した。
 すると、善ちゃんはドヤ顔をしながら「だろぅ。」と言った。そんな善ちゃんに私は少し疑いの目をしたまま防犯カメラを見ると、女の人はチェックインを終えてエレベーターに乗ろうとしていた。私はすぐにチェックインの案内をした夜勤のペアのアルバイトさんに「さっきの女の人、どの部屋の人ですか?」と聞いた。アルバイトさんは不思議そうな表情をしながら宿泊者カードを見せ、「この人です。」と答えてくれた。私はお礼をし、すかさずそのカードをコピーした。そして、カードをアルバイトさんに返却した。アルバイトさんは終始、不思議そうな顔を氏ていた。
 コピーをしたカードを元にインターネットで有名人かもしれないと思い、検索した。私が就職したホテルは有名な大学教授や大手企業の社長、作家などが宿泊することもある。もし、あの女の人が有名人であれば何か少しでも情報が得られるかもしれないと同時に、人物像なども考察しやすいと言う思いから調べた。すると、運が良いことになんと、その女性は有名人だった。しかも女優だった。
 パソコンの画面に出てきた彼女の画像を善ちゃんに見てもらうと善ちゃんは「この女だな。」と言った。彼女の名前は、宿泊者カードの名前と違うものだった。宿泊者カードは〈雲田 美女〉となっている。フリガナの場所には〈クモダ ミオ〉と記載されていた。そして、パソコンの画面に映されている名前、おそらく芸名だと思う。その名は〈新絡 美女(シンジョウ ミオ)〉という名前だった。
  私達はその名前を見て、一人でハッ!となった。が、その興奮を今すぐ下にいる善ちゃんに伝えたかったが、とりあえず仕事中なのでパソコンの画面だけコピーして通常業務に戻った。そして、何とかチェックインも全員無事に終わり、ペアのアルバイトさんに0時から3時間の仮眠休憩に行ってもらった。その直後、私は下にいる善ちゃんに声をかけ、隣の椅子に座ってもらった。そして、コピーした用紙を善ちゃんに見せた。すると善ちゃんもさっきの私と同じ顔をした。「この女って、あの妖怪か?」と私に問いかけたので、私は「そう。おそらく、今善ちゃんの頭の中にある妖怪と私が思う妖怪は一致している。」と回答した。その名前をせーの!で言うことになった。私が「せーの!」と言うと、善ちゃんも私のその掛け声に合わせて2人で「女郎蜘蛛(絡新婦)!」と言った。やはり、そうだった。
  善ちゃんと私は、とりあえずお互いに〈女郎蜘蛛〉についてまとめた.。善ちゃんは、自分が知っている限りの女郎蜘蛛の情報を私が渡していた裏紙にまとめた。私は、姑獲鳥の事件後、副支配人が私専用に制作してくれた事務所内にある本棚に向かった。その本棚には、妖怪関連の書籍や論文だけでなく、超常現象や神話、民俗学に関連する自分で購入した本が約100冊ほど並んでいた。その中から〈女郎蜘蛛〉に関連するものを選んで、机の上に広げていた。また、本で足りなければネットの検索機能も駆使した。もちろん、それをやり始めたのはしっかりと夜勤業務でのやることを全て終わらせてから、善ちゃんと同じようにメモ用紙にまとめた。
  両者ともに、ざっくりとまとめ終えた状況だったので、善ちゃんに「二人がそれぞれ調べたことを合わせよっか。」と言うと、善ちゃんも頷いてすぐにメモ用紙を見せてくれた。それと私がまとめたものをA3用紙の中央に女郎蜘蛛と書き、線を引っ張って細分化した。その用紙を見ながら私が音読した。
 「女郎蜘蛛は美女の姿をした妖怪で、通りすがりの男性達を誘惑し自分の巣に引き込む。その後、子分の子蜘蛛達を利用して男達の命を奪う妖怪。ってことは分かったね。」と私が読んだ。さらに、私は「対処法はどの書物にも書いてなかったんだよなぁ。あと、これはなに?」とある線の先を指差して、質問した。その先に書かれていた文章は、「男性に対する依存心から妖怪化したもの」というものだった。私はそれを見て、「雲田さんは誰かに依存しているってことになるよね?でも、女優さんだから、逆の立ち位置の気がするけどね。」と言った。
  すると、善ちゃんが突然私が触っていたパソコンを触り始めた。私はその様子にに驚いてしまい、思わず善ちゃんに「パソコン触れるの!?」と言ってしまった。善ちゃんは私のそんな驚きに対して通常のトーンで「そりゃあ、色んな奴らに憑いていたら触れるようになるわ。てかそんなことより、これ見ろ。」と画面に指を指した。その様子に驚きを隠せないまま、私は善ちゃんが指す画面を素直に見た。その画面に映っていたのはとある週刊誌の記事だった。記事の見出しには、「新絡美女、アイドルグループ・スーパービターのメンバー 輝 翔斗と破局後、自殺か」というものだった。え、てことは雲田さんはもう亡くなっているの?と言おうと瞬間に善ちゃんがつかさず、「あの女、死んでたのか」と言った。言葉取られたと思いながら居たが、私は1つ疑問が生まれたので私もつかさず善ちゃんに聞いた。「ねぇ、善ちゃん。彼女はなんで亡くなっているのに、私達以外の人に姿が見えたんだろう?」と聞くと、善ちゃんは「さっき調べたのまとめた時にあっただろ?女郎蜘蛛は美女の姿になって男達に色仕掛をするって。つまり、やつはその雲田の姿を借りて俺達の前に現れたんだ。だから、普通の人間達にも見えるんだよ。」と少し冷たいトーンで答えた。私はこんな善ちゃん見たことがないと思いながらも、こんなにも何かに対して真剣に向き合える子だったのかと新しい一面が知れて私は親心のように嬉しくなった。そんな私を見てしびれを切らしたのか善ちゃんが「何、ぼーっとしているんだ。ほら、話し合いの続きしようよ。」といつもの子供の善ちゃんに戻った。

ここから予想外な出来事に遭遇することになると、私達は予想していなかったのだ・・・
                                つづく、、、

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