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ひそひそ声と柔らかい沈黙

ぼくらは墓地にいる。
穏やかな風。
一面の青空。
広々とした線路沿いの土地に
立ち並ぶ十字架。
花に囲まれ、手入れの行き届いたお墓もあれば、
荒れ果てて野草に埋もれたお墓もある。
墓地を突っ切る緩やかな上り坂を
ぼくらは無言で歩いている。

子供の頃、
じいちゃんが亡くなった。
生まれて初めてのお通夜。
ひそひそ声で話す黒ずくめの大人たち。
父さんは何度話しかけても黙ったままで
母さんはぎゅうっと痛いくらいにぼくの手を握りしめた。
醸し出される張り詰めた雰囲気に
ぼくは体を強張らせ、口を固くつぐんだ。
棺に納められたじいちゃんをのぞきこむ。
神妙な表情の大人たちとは対象的に
花に囲まれたじいちゃんだけは穏やかな笑顔を浮かべていた。
じいちゃんの笑顔はぼくを安心させた。
たぶんじいちゃんは悲しんでなんかいない。
そう思うとぼくは体が軽くなったように感じた。

墓地の中をぶらぶら歩くぼくらは
全然知らない人のお墓の前で立ち止まる。
デニス・アルバート・トウ。
墓石に刻まれた名前を読みあげると、
その声はすぐに風の音にかき消された。
小さな写真立てに納められたおじいさんの優しい笑顔。
今日みたいな天気が良い日はここも悪くないさ。
フレームのなかのデニスさんが教えてくれる。
ふと見上げるとカモメが鳴きながら翔んでいる。
やがて柔らかい羽が降り注ぐように
ゆっくりと沈黙があたりを包みこむ。

死ぬのもなんだか悪くないみたい。
でも楽しみは最後まで取っておこう。
ぼくらはふたたび手をとって歩き出す。
姿は見えないけれど
遠くを走る電車の音がかすかに聞こえる。

*****

聞耳です。近所を散歩していたら、線路沿いに大きな墓地をみつけました。

長く続く一本道に沿って無数の墓石が並んでいます。日本とは異なりこちらの墓石にはチューリップやバラなどの花が故人に手向けられます。色とりどりの花に囲まれた墓石は、悲壮感をまるで感じさせず、とても穏やかな気分にさせてくれます。休日になると花や苗木などを植え替える人で溢れる墓地は、不謹慎かもしれませんが、ぼくの気に入りの散歩コースになりました。

聞耳牡丹

#詩 #散文詩

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