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マイクロノベル169-180

169.
小川のほとりに小さな水車小屋が建てられていて、水車がゆっくりと回っている。今どき水車で粉を挽いたりなどしないだろうに、水車は休まず回り続ける。小屋の中を覗くと、水車の軸に人形が取り付けられて、回転に合わせて踊っている。誰に見せるためでもなく、ただ人形は踊り続ける。

170.
僕たちが作っているアンドロイドは見た目こそ人間にそっくりだが、中身は機械じかけで、よく耳をすませば動くときに空気ポンプの音が聞こえるはずだ。アンドロイドを組み上げたら、最後に電気頭脳に注意深く希望を組み込む。これがないとアンドロイドは絶望で死んでしまうからだ。

171.
長らく天の星を動かし続けてきた蒸気機関がだいぶ老朽化してきたので、この際最新の電気式に変えてはどうかと提案されている。たしかに電気式になれば火焚き人もいらないし、星の動きが遅れることも二度となくなるだろう。蒸気機関が作り出してきた雲をどうするかが議論になっている。

172.
真っ青な空に入道雲が湧き上がるのを見て、僕たちは大急ぎで空へ駆け上がった。雲のてっぺんに着くと、みんなで寝そべって空を見上げる。入道雲は僕たちを乗せたまま、高く高く上っていく。僕たちは笑い続けた。このままどこまでも行ければいいのに。夏休みが終わろうとしている。

173.
鬱蒼とした森の中に小さな小屋が佇んでいる。訪れるのは三か月ぶりくらいだろうか。テーブルに置かれたノートを開く。最後に僕が書いてから、十ページほど書き足されている。それを読んでから新たな一ページを書き加えた。互いの顔も知らない僕たちはこうして世界の秘密を共有している。

174.
その物語は誰かが読むたびにその心の影響を受けて書き変わっていく。書かれたのは百年以上昔と言われている。戦争の時代には好戦的な内容になったり厭戦的になったりを繰り返したらしい。希望に溢れていた時代もある。その後絶望が支配し、今はむしろ虚無的だ。いつの日か物語は世界とともに終わる。

175.
僕の町にも鉄道が通った。開通式の日は町じゅうがお祭りだ。楽団が演奏する中、初めての汽車が煙を吐きながらやってくるのが遠くに見えてきた。汽車の巨大な姿が近づき、やがて駅に停車した。どこからきてどこへ向かうのかは誰も知らない。それはただ人々の夢と希望が実体化したものだ。

176.
「ちょっといいかな」カフェで本を読んでいたら、その人が目の前に腰を下ろした。「僕は遠い星から来たんだ。地球を征服したいんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないかな」と僕。「征服されたら戦争もなくなりそうだし」
あれから一年経つけれども、まだ世界中で紛争が続いている。

177.
このロックフェスがいつから続いているかは定かでない。最初は少数のアマチュアバンドと数人の客で始まったと伝説は告げている。それ以来、雨の日も風の日も途切れることなく演奏は昼も夜も続いている。今誰が何を演奏しているか、観客は気にしていない。祭は終わらない。それがだいじなのだ。

178.
行政府には同じ文書を何枚でも作れる機械がある。だから領主の命令書は寸分違わないものがみんなに配られる。僕たちにもそういう機械が必要だった。技術者を仲間に引き入れ、失敗を繰り返し、蒸気機関で動かすまで半年かかった。密かに作った文書を夜のうちに家々に配る。それを続けて一年、ついに民衆が蜂起した。

179.
弥生時代の遺跡から、渦巻模様を刻んだ円形の焼き物が出土した。たいていは割れているが、いくつかは完全な形を留めている。
「レコードですかね」とひとりが冗談めかして言った。
「まさかね」と僕は言いつつ、ポータブルプレイヤーに乗せて回してみた。紛れもなく人間の声、そして明らかに音楽が流れ出した。

180.
蒸気の力と振り子を組み合わせて完璧な拍子を生み出したかった。たくさんの太鼓と鐘と拍子木を内臓したその機械は、これまで誰も耳にしたことがない複雑な拍子をまったくずれることなく完璧に奏でる。お披露目は中央広場だ。機械が動き出すと、人々は見たこともない踊りを踊り始めた。

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