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マイクロノベル73-84

73.
水星の軌道観測から、その内側にも惑星が存在すると予想されていた。今世紀初頭、その惑星ヴァルカンが実際に発見された。これにより、強い重力に対してもニュートンの万有引力の法則が正しいことが立証された。つまり、重力は瞬時に無限遠方まで届く。これが超光速時代の幕を開いた。

74.
「じゃあ、賭けをしましょう」財布からコインを取り出して彼女が言った。「あなたが勝ったら、あなたと付き合ってあげる。表裏どっち?」
「表」と僕。
彼女が手を開いた。「残念でした」
「僕が負けるとどうなるんだっけ?」僕が尋ねる。
「あなたが私と付き合うの」彼女が微笑んだ。

75.
研究の結果、睡眠時の意識は過去にあることが立証された。つまり、眠りは過去へのタイムトラベルであり、目覚めは未来へのタイムトラベルである。覚醒時にこれを実現できないか実験が続いているが、意識は現在に強く束縛されていて、無理に過去に戻そうとしても被験者は眠ってしまう。

76.
ジュラ紀の地層から大量の化石が発掘された。洪水に流されて集まった骨らしく、あらゆる種類の動物が混じっている。分類は困難を極めたが、ある研究者が破片を集めて人魚を組み上げたことで研究は飛躍的に進歩し、発見から創作へと方向性が変わった。昨日は半人半馬が組み上げられた。

77.
大きな木のまわりにこどもたちが集まっていた。木のそばに青年がいる。彼は木の幹に手を伸ばすとひょいと何かをつまみ上げて、こどもにわたす。ひとりが僕に駆け寄ってきて自慢げに見せてくれた。カブトムシだ。青年は笑いながら、何もない空間から次々とカブトムシを出現させていた。

78.
故郷の町を30年振りに訪れた。駅を降りて周囲を見回しても、僕が知っていた町の面影はほとんどない。ただ駅から商店街へ続く道の形だけが、かつての姿を留めている。今は何もないこの場所によく行く喫茶店があった。まだ大人になり切っていない僕は、コーヒーの苦さがちょっと苦手だ。

79.
初めて訪れた町なのに不思議と記憶がある。角を曲がると神社だ。参道の横に古本屋があって、記憶通りのおばあさんが店番をしている。平台に並ぶ百円の本から記憶通りの一冊を買う。しばらくすると僕は歩き疲れて、小さな喫茶店に入るはずだ。そこで君と出会う。僕はそれを知っている。

80.
新しい原理の飛行機械がやってくるという噂で町はもちきりだった。なんでも、羽ばたかずに飛べるらしい。鳥とは全く違う飛行原理だというのだが、空を飛ぶものは翼を羽ばたかせるのが自然の摂理のはずだ。たくさんの人々が見守る中、それは現れ、炎を噴き出しながら地面に降り立った。

81.
店を出た時にはもう電車もなくなっていた。「公園で飲もう」と君が言った。コンビニで缶ビールを買い込んで、深夜の公園に入っていくと、お誂え向きの四阿があった。そこで僕たちはしこたま飲んで、笑い合った。やがて空が白んできた。「楽しかった」と僕。君は無言で僕の手を握った。

82.
その歌がどうして流行っているのか、僕には理解できない。とりたてて曲がいいとは思わないし、鮮烈なイメージを与える歌詞でもない。声も平凡なら、アレンジもありきたりだ。それなのにその歌は僕の頭の中で響き続けて、消えてくれない。それはみんなの頭の中でずっと響き続けている。

83.
蜂の羽音かと思って目を凝らすと、何かが降りてくるところだった。舞い降りるところを手のひらで受け止める。人間そっくりの生物がふたり現れ、手のひらの上で何か相談すると、銃らしきものを向けてきた。頬が一瞬ちくりとした。それを見たふたりは慌てて円盤に乗り込み、飛び去った。

84.
アンドロイドと人間を区別するのは難しい。彼らは額に赤外線で識別できる印をつけているのだが、髪をおろせばわからない。こどもの頃から人間と一緒に育てられてきたアンドロイドは意識の面でも人間と殆ど変わらない。恋人がアンドロイドだと改めて思い出すのは、せいぜい年に数回だ。


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