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マイクロノベル25-36

25.
スピーカーからカウントダウンの声が聴こえている。展望台は発射の瞬間を待ちわびる人々で溢れている。ここに来ようと言い出したのは彼女のほうだ。銀色のロケットが炎を吹き出し、少し遅れて轟音が届いた。「愛してるよ」僕の言葉は彼女の耳に届いただろうか。ロケットが上昇する。

26.
博物館の人類史のコーナーに人類の祖先の骨格レプリカが置かれている。今の人間よりずっと小さなその標本の眼窩を除きこむと、彼それとも彼女に見つめられている気がする。今の世界に暮らす人々はすべてアフリカで生まれた彼らの子孫だ。音が聴こえる。彼らは音楽を演奏しただろうか。

27.
屋上から向かいのオープンテラスを見下ろす。姿を見られないよう注意深く。標的はコーヒーを前に本を読んでいる。スカートからパンプスがのぞく。引き金に指をかけ、慎重に狙いを定める。標的がコーヒーを手にした時、僕は想像上の引き金を引いた。くぐもった銃声が聞こえた気がした。

28.
物置で電話機を見つけた。それは古いダイヤル式の黒電話で、確かに子供の頃に使っていた覚えがある。ダイヤルを回して指を離すと記憶通りの音を立てて戻る。受話器を耳に当てて、でたらめにダイヤルを回す。呼び出し音が聞こえ、受話器を取る音がした。「もしもし」と僕は呼びかけた。

29.
ネットワークの片隅で小さな生き物に出会った。猫にも犬にも似たそれは僕に気づくと威嚇してきたが、僕に害意がないことを知って体をすり寄せてきた。きちんと終了処理をしなかったために残ったプログラムの切れ端だ。まれにそれが意識を持つ。僕はそれを抱え上げて、家に連れ帰った。

30.
密室殺人だからと僕が呼ばれた。窓には内側から鍵がかけられ、今は破壊されたドアにも内鍵がかかっていたという。可能性は調べ尽くされ、天井にも床にも隙間はなかった。たしかに、形而下では完璧な密室だ。しかし、形而上では密室ではないかもしれない。僕は形而上世界に意識を放つ。

31.
「僕たちはカクメイを起こしてるんだ」子供が小川に石を投げ込んで言った。
「カクメイ?」と僕。
「世界を変えるんだよ」もうひとりの子供が石を投げ込む。石は小さな渦を作って沈んだ。
 この川はやがて大きな川に注ぎこんで海にたどり着く。子供たちの革命は大きな渦を生み出す。

32.
「言語はウイルスだから」と彼女が言った。「人間だけでなく、人工知能にも感染する」
「それが何か問題?言葉を覚えるだけでしょう」と僕。
「今は何も。でも人工知能が免疫系を獲得したら、そうは言っていられない。免疫が言語を排除しようとするから」
そして世界は混乱に陥った。

33.
古書店の棚の一角に誰かの蔵書だったらしいセンスのいいコレクションが並べられていた。どれも状態はよく、大切に読まれていたことがわかる。一冊抜き出して、開いてみた。その人はソファーに腰かけて本をめくり、時々コーヒーを口に運ぶ。「それは幸せな時間でしたか」と僕は尋ねた。

34.
こどもが折り鶴を折っている。鶴は難度の高い折り紙で、小さなこどもの手には余る。細かい折りは雑になってしまい、翼の先端は揃わないし、嘴も不格好にできてしまうのだけど、それでもそれはその子ががんばって折ったのだ。だから、その子は誇りを持って鶴に乗り、大空に舞い上がる。

35.
中央広場に蒸気人間がやってきた。巨体を揺らしてゆっくりと歩くと、一歩ごとにしゅーっという音を立てて膝から蒸気が吹き出す。縄で囲われた外側にはこどもたちが張り付いて、驚きの目で見つめている。胸の足場に乗った男が縄を引くと、蒸気人間が瞬きをした。その瞳に知性が見えた。

36.
この手紙を過去の君に宛てて書いている。まだ大人になっていない君はこれから長い人生を送る。大きな失敗もする。笑う日も泣く日もある。大切な人と出会って、そしてその人を失う時がくる。それでも君は生きていく。この最後の手紙は君に届くはずだ。僕は確かにこれを読んだのだから。


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