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マイクロノベル145-156

145.
君の涙のひとしずくを僕の指先に受け取って、太陽の光にかざしてみよう。光を透してきらきらと輝くそれは宝石のように美しい。しばらくするとしずくは崩れて、指先から掌へと流れていく。ほら、君はもう寂しくないだろう?
「ほら」僕がささやく。
「ばかね」君はまだ少し涙声だ。

146.
明日終末が訪れるという日、僕たちはカフェで昼食を楽しんでいた。街は最後のデートをする恋人や買い物を楽しむ家族連れで溢れていた。「何が起きるのかな」君はパンをつまむ。「明日にならないとね」と僕。僕たちは買い物をして、たくさん話して、一緒に眠る。そして、終末が訪れる。

147.
森の奥に小さな祠があって、お地蔵様が安置されているのをたまたま見つけた。もう忘れ去られた祠は朽ちかけているが、お地蔵様の前には木の実が供えられている。補修できないまでも掃除くらいしようかと、今日は道具を持って訪れた。かわいい先客がいた。リスがドングリを供えている。

148.
お祭りの日には大きな獣が狩られ、広場で肉が焼かれる。僕らも並んで肉を受け取り、友達と笑いながら食べる。大人たちは踊りだ。その日だけ洞窟の扉が開かれ、獣はその向こうから運ばれてくる。友達と洞窟に忍びこんだことがある。暗い洞窟を抜けた先には、巨大な獣たちの世界があった。

149.
こどもの時に庭で見つけた小さな壊れた機械を大切に持っている。大学生の時に詳しく調べてみたものの、未知の部品が使われていて理解できなかった。ところが最近になってその部品が開発されたのを知り、その驚くべき機械の仕組みが明らかになった。組み上げてスイッチを入れると、それは微かな風を残して消えた。

150.
僕たちはいつ始まったとも知れない戦争を続けている。軍隊はなく、僕たちはどこからか供給される武器を手に戦っている、ここ数日、僕と仲間は劣勢に立たされている。昨日、親友が時間風に呑まれた。恋人はとうに失った。何が勝利なのかさえ分からないこの戦争の意味を僕たちは知らない。

151.
帝国の戦艦が備える摂動砲は摂動展開の各項が発散することを利用して微小なエネルギーから無限の破壊力を生み出す。仲間は次々と摂動砲に倒された。だが今や我々にも対抗手段がある。繰り込み防御は発散項を引き算し、裸の定数を観測量で置き換えて有限化する。理論が繰り込み可能なら耐えられるはずだ。

152.
いつからだろう、彼女を見かけるようになったのは。今日も公園のベンチに座っている。朝、僕は彼女の横顔を見たくて遠回りしてこの公園を通る。時には彼女がため息をついて立ち上がり、歩き去るのを見た。今、彼女は歓喜の表情を浮かべて立ち上がった。それは空からやってきた。

153.
朝には太陽が海から昇り、夜には反対の海に沈む。永遠に繰り返されるこの営みに科学が挑もうとしている。学説はふたつ。一方は毎日同じ太陽が昇ると主張し、他方は毎日新しい太陽が昇ると主張する。学界を二分する論争を決着させるべく、昨日の太陽に印が付けられた。朝はもうすぐだ。

154.
住むものがいなくなり、管理する人もいないまま朽ちるに任されている小さな廃屋がある。中も荒れ果てて、家具や食器やたくさんの本が散乱している。そして、埃が積もった古いノートの束。そこには驚くべき発見の数々が記されているのだが、それが誰かの目に触れる日は決して訪れない。

155.
相棒は左肩の上がお気に入りだ。僕が出かける時はいつも肩に乗って一緒に行く。その息遣いが僕を安心させてくれる。たまに僕が迷っている時には意見を聞いてみる。返事そのものはどうでもよくて、言葉にするのがだいじなのだ。その意味では、相棒が実在するかどうかも気にしていない。

156.
「おいでよ」そう言って君はサンダルを脱ぎ捨て、裸足の足を川に浸した。以前はお姉さんだった君が少し幼く見えた瞬間だった。僕もスニーカーを脱いで川に入った。あれから何年経っただろう。僕はいくぶんか歳を重ね、少し分別くさくなったけれども、裸足で川に入る君は相変わらず眩しいままだ。


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