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マイクロノベル121-132

121.
水平線の上に町らしき景色が浮かんだ。蜃気楼だ。だんだんはっきり見えてきたその町には異国の家々が並んでいて、そこには異国の言葉を話す人々が暮らしている。僕はその町の市場でパンを買うところだ。そしたら、広場で君と落ち合う。広場は人々で賑わっている。やがて町は静かに消えていく。

122.
月は巨大な円盤のはずだった。だからいつでも同じ姿を見せているのだ。ところが、月は球体だと主張する天文学者が現れ、信者を増やし始めた。彼らは球体派と呼ばれる。球体派の勢力が増すと守旧派も黙ってはいられなくなり、ついには月まで届く巨大な大砲が作られた。轟音とともに砲弾が放たれた。

123.
町の上空に巨大な半透明の球体が出現した。それはあたかも生き物であるかのように、ゆっくりと脈打っている。人々はそれを見上げている。手を振る人がいる。歓喜の表情を浮かべる人がいる。祈りを捧げる人もいる。これは人々の集合的無意識が生み出したものだ。僕の目に涙があふれた。

124.
近所の家からこどもを叱りつける声が聞こえてきた。それから、大声で泣くこどもの声が聞こえる。そして、玄関のドアが閉まる音、ぱたぱたというこどもの足音、それを追う声。足音がやんで、少しして再びドアが閉まる音がした。しばらくすると、こどもの笑い声がかすかに聴こえてきた。

125.
「負けたほうが言うんだ」と僕は言って、量子的なコインを投げた。落ちてきたところを受け取り、見ないように気をつけて握る。
「どっち?」と君に尋ねる。
「表」君が答えた。
僕は手を開いた。コインは[表/裏]が出て、君が[勝つ/負ける]。[僕/君]が「愛してる」と[君/僕]にささやく。

126.
世界は大きな円の形で、その涯は断崖絶壁だ。恐る恐る下を覗くと、それはどこまでも続いていて、下のほうは霞んでいる。時々大きな鳥が手紙を運んでくる。何が書いてあるのか皆目わからないけれども、それはどこかに別の世界があることを教えてくれる。だから僕たちも鳥に手紙を託す。

127.
「見て」公園のベンチに君と座っていると、君が突然地面を指差した。君と僕の影が語りあっている。君の影の手が僕の影の髪に伸びて、何かの影をつまみ上げた。木の葉らしい。君の影が何かを言って、僕の影が何かを答える。「いいね。楽しそうだ」と僕。「私たちと同じ」君が微笑んだ。

128.
時計の秒針が一秒進む前に、助走をつけるかのようにごくわずか前に戻る。実はその瞬間に時間が過去に戻っていて、その時、僕の心には昔のさまざまなできごとが蘇る。今僕は大学生で、彼女と図書館で何か調べものをしている。二度と戻らないその時間に思いを馳せていると、秒針が進んだ。

129.
そこは結晶の森で、さまざまな色に輝く小さな結晶たちが地面や岩や木々の枝を覆い尽くしている。ひとつを手に取って耳に当ててみれば、かすかに遠い音が聞こえるだろう。それは過去からの声だ。そこには形態形成場が発生していて、人々の記憶や想いが結晶になっている。

130.
暗い部屋にじっと座り込んでいたら、雨音が聞こえてきた。すぐに雨は強く激しくなり、窓を叩く音が大きくなった。立ち上がって、裸足のまま外に飛び出した。遠くで雷の音がしている。きっとこの雨がすべてを洗い流してくれる。降り続く雨の中で空を見上げて、ずっと立ち尽くしていた。

131.
集団即興演奏が終わると、ひと呼吸置いてから決まってみんなくすくす笑う。始まりも終わりも決まっていない緊迫した演奏が続き、誰もが終わりだと暗黙のうちに合意した時に演奏は終わり、そしてみんなくすくす笑う。今、演奏は終局に向かっている。真剣な顔の奏者たちは、もうすぐくすくす笑うのだ。

132.
広場で男が熱心に何か話していた。声は小さいが神についてらしい。誰も立ち止まらない。翌週も男はいて、やはりは声小さいが、聴衆がふたりいた。翌週、聴取は五人になった。翌週は十人、そして二十人、五十人。聴衆が百人ほどになっても男の声は小さいままだが、人々は熱狂している。


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