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マイクロノベル37-48

37.
こんな山の駅でどう時間を潰そうか考えていたら、汽笛が聞こえた。見ると、煙を吐きながら汽車が近づいてくる。汽車は僕の目の前で停まった。客車の中では親子づれが笑い声をあげている。汽笛を鳴らして、汽車が走り出す。車窓の風景は山から田園に変わり、やがて異国の風景になった。

38.
アドレスを記憶してデータの海にダイヴ。目標は近いはずだった。ところがデータがねっとり絡みついて思うように動けない。罠に嵌ったと気づいた時には進退極まっていた。呼吸ができない。思いつくコマンドを片端から唱える。辛うじてコンソールに戻った僕は荒い息を止められなかった。

39.
ちょっとしたコツが要るのだけど、目の焦点をうまくずらすと景色が二重に見える。もちろん、殆どの場合、そのふたつは寸分違わない。でも、ごくまれに些細な違いを見つけることがある。そういう時は地図に印をつけておく。こうして少しずつ、あちらの世界の輪郭が明らかになっていく。

40.
とっくの昔に廃線になった線路を歩いていたらトンネルがあった。ライトを取り出して先を照らしながら、奥へと入っていく。かつてはこの中を蒸気機関車が走っていたのだ。耳を澄ますと、機関車の音が微かに聴こえる。それはトンネルの壁で反射を繰り返して、いつまでも鳴り続けている。

41.
炎天下をしばらく歩き続けるとT字路に出た。右を見ても左を見ても道はどこまでもただまっすぐに続いていて、その先は霞んでいる。しばらく考えて、ポケットからコインを取り出し、投げ上げた。歩き出す。遠くに黒い雲がわきあがっている。この先には夕立が待っているのかもしれない。

42.
ファズは一瞬で世界の色を変える魔法の小箱だ。足もとにファズがあるだけでギタリストは無敵の勇者になれる。人々はその音色を待ち焦がれ、早くファズをと叫ぶ。スイッチが踏まれ、歪んだギターの音が龍のように空を舞った。人々はサイケデリックの海の中で陶酔して体を揺らし続ける。

43.
住宅地に小高い土盛りがあれば、それは十中八九古墳だ。その地方のささやかな有力者が精一杯の墓を作ったのだ。できる限りの豪華な葬儀が営まれたのだろう。今は小さな公園が作られ、こどもたちがブランコをこぎながら笑い声をあげている。こどもたちは時折ひどく厳粛な表情を見せる。

44.
夏祭りの夜店で手乗りのドラゴンを買った。成長しても15センチほどにしかならないらしい。餌は毎朝一回、あとは水を切らさないように。一日の大半はケージの中で寝ている。目を覚ますと、翼をぱたぱた羽ばたかせて僕の腕にとまる。それから大きなあくびをして、ポッと小さな炎を吐く。

45.
新種の蒸気機関車の化石が出土した。地層と年代測定の結果から、6600万年前にチチュラブ・クレーターを作った隕石の衝突で絶滅した種と判断された。保存状態は驚くほどよく、動輪も煙突もほぼ完全な状態で残っている。客車の化石も近くに埋まっていると考えられ、調査が行われている。

46.
砂浜にパラソルを立てて、遅めのランチを食べる。風が君のワンピースの胸もとを揺らす。「見て」と君が指さした。岬に黒い雲がかかって、その下がぼんやり霞んでいる。雲は見る間に近づいてきて、土砂降りになった。「濡れちゃえ」君はワンピースを脱いで、水着で雨の中へ飛び出した。

47.
ひとつ進んで数字を読み、手にしたダイヤルを回す。現れた指示に従って数字を書き換え、ひとつ戻る。再び数字を読んでダイヤルを回し、数字を書き換える。この作業は果てしない昔から続けられている。彼または彼女は指示通りに作業を続けるだけだが、上の階層では知性が活動している。

48.
ふいに静寂が訪れた。それまで意識していなかったけれども、うるさいほどの蝉の声がずっと聴こえていたのだ。それが今いっせいに止んだ。突然背後から何かに突き飛ばされて、危うく転倒しそうになった。見ると、木々を揺らしながら見えない何かが通り過ぎてゆく。蝉たちが鳴き始めた。


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