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マイクロノベル193-204

193.
帝国は密かにその領土を広げている。見えもせず感じもしないけれども、ゆっくりとしかし着実に勢力を伸ばしている。その気配はたとえば政治家のちょっとした仕草とか、ラジオのキャスターがふと漏らすひと言とか、そういうところから漂ってくる。自由のために戦う日はやがて訪れる。

194.
君は海の一族だから、僕は船を操って逢いにくる。海から顔を出した君を引っ張り上げると、君は腰掛けて僕に顔を寄せる。積もる話は近頃の陸と海の様子、それから君と僕のこと。やがて君は海に潜り、しばらくしてまた姿を現す。何年もこうしてきた。そして、これからもこうして生きていくのだ。

195.
僕の町にも巨大な怪獣が現れた。怪獣は火を吐き、ビルを破壊しながら、城跡のほうへ向かっていく。町がさんざん破壊された頃、ようやく戦獣隊の戦闘機が到着し、怪獣は銃撃であっけなく倒された。だけど僕たちが心の底で怪獣を待ち望んでいる限り、必ずまたどこかに次の怪獣が現れる。

196.
空間には過去から現在にいたる全ての情報が残っている。その情報を集めて過去の好きな時間を覗き見られる装置を作ってみたんだ。もちろん見るだけだ。起きてしまったことに介入できるわけじゃない。自分の過去と向き合う勇気があるなら、使って構わないよ。僕?僕は二度とごめんだな。

197.
ミクロな粒子がマクロな物体と絡み合うたびに世界は分裂を繰り返す。僕Bは僕Aと殆ど同じ人生を歩むだろうけれども、僕Zの人生は相当に違っているのかもしれない。数えきれないほどの僕がいて、自分が知らない人生を生きているのだと思った時、数えきれないほどの僕は一斉に涙を流す。

198.
「見て」と君が地面を指差した。君と僕の影が並んでいる。その背中から翼がゆっくりと開くところだった。君と僕が翼を羽ばたかせて空へ舞い上がる。君と僕はそれを見上げる。「もっと高く」ふたりの君が同時に叫んだ。僕たちはさらに高く上り、僕たちは手を繋いでその姿を追いかけた。

199.
神社の境内に狐の親子が住み着いている。人が近づいても恐れるでもなく、親狐はのんびり寛いでいるし、子狐たちは駆け回っている。今日もいつも通り親子がいる。これからもずっといるのだろう。僕がこどもの時にもいたし、母がこどもの時にもいたのだという。狐たちは時々コンと鳴く。

200.
テラスでコーヒーを飲んでいたら、向かいの歩道に彼女の姿を見つけた。指鉄砲で狙いをつけて、一発。かすったか。彼女はあたりを見渡して僕に気づいた。彼女が指鉄砲で僕を一撃。僕はすっかり撃ち抜かれてしまい、もう彼女から目を離せない。彼女が近づいてきた。「下手ね」彼女が笑った。

201.
電子がひとつ、[右|左]のスリットを通った。僕は君に[顔を向けて|背を向けたまま]、言わなくてはならない言葉を口にする。君は[僕の手を取り|僕の背中を叩いて]、言葉にならない声を出す。顔を上げた君の目には涙が浮かんでいる。僕がもうひと言口にし、君は[涙を拭う|立ち尽くす]。

202.
散歩していたら、目の前を魚の群れが泳いでいった。その後ろを巨大なジンベイザメがのんびりと泳いでいく。道幅がジンベイザメにはちょっと窮屈に見えるけれども、気にしていないようだ。僕も地面を蹴って泳ぎ始めた。前からこどもたちが泳いできた。みんな楽しそうに笑っている。

203.
占い師の水晶玉で明日の自分を見た。僕は彼女に何かを言い、彼女が泣き出す。これは必ず起きる事実だ。もし未来が決まっているのなら、自由意思はないのだろうか。そうではないのかもしれない。僕たちの行動は決まっていても、意識は自由なのかもしれない。僕がその時に何を思うかはまだ決まっていないのかもしれない。

204.
秘密ならたくさんある。僕はそれを鍵のかかる箱に閉じ込めている。新しい秘密をしまうときには古い秘密が飛び出さないように気をつけるのだが、たまに失敗し、あわてて捕まえて箱に戻す。いっそ蓋を開け放ってしまいたい誘惑に駆られることもあるが、今のところはそれを抑えて生きている。


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