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マイクロノベル13-24

13.
図書館に入ってすぐの所に大きな台があって、一冊の本が置かれている。革装で分厚いその本は図書館ができた時からずっとそこにある。訪れた人々はまずその本のページをでたらめに選び、嬉しそうな顔をしたりちょっと残念そうな顔になったりして、それから目的の本を求めて中に入る。

14.
この町で生まれた人のほとんどは、ここで恋をしてここで子供を育て、町から一歩も出ることなく生涯を終える。高い塀に隔てられた向こうに何があるのかは誰も知らない。まれにそれに疑問を持つ人間が現れて町を出るが、二度と戻ってはこない。僕もたぶんもう戻ることはないのだろう。

15.
ランニングから戻る途中、歩道の端で弱々しく鳴く子猫を見つけた。しばらく様子を見ていたが、親猫が現れる気配はない。かがみ込んで手を出すと、恐れることもなく顔をすりつけてきた。飼い猫だったのかもしれない。僕は子猫を連れて帰った。その夜、人間が初めて火星の大地に降りた。

16.
その物語の始まりは誰も知らない。読み始めて、気がつくと物語は既にかなり進んでいるように感じられる。気がつく時点が人それぞれらしいことは分かっている。人々の記憶を突き合わせて、物語の全体像はかなり整理されてきたけれども、どのように始まったのかはまだ想像の域を出ない。

17.
夕陽が沈みかける頃、鳥たちが一斉に山に帰っていく。ひとつの大きな川の流れのように、蛇行したり回転したりを繰り返しながら目の前の山を目指す。毎日繰り返される光景。でも、今日は少し様子が違った。大きな川は夕陽を目指すかのようにまっすぐに高く上り、やがて見えなくなった。

18.
橋から川面を眺めていると、川ではなく自分が動いている気になる。この錯覚は練習すれば制御でき、認知を切り替えて、川が流れているようにも自分が動いているようにも感じられる。今僕は上流に動いていると感じている。さっきからもう2キロほど来ただろうか。風が涼しくなってきた。

19.
こどもたちが思い思いの駒を手に盤を囲んでいる。ひとりが駒をマスに置いた。隣の子はその横のマスに駒を置く。次の子は少し離れた場所に。最初の子が駒を動かすと、三番目の子がそれを取って自分のふたつめの駒と置き換えた。取られた子は次の駒を置く。ルールは自然に決まっていく。

20.
恐竜が発見されたのは小さな無人島だった。成獣でも体長は約10センチ。地面に掘られた穴に暮らしている。天敵がいなかったから生き残れたと考えられている。その愛らしい姿はたちまち人気になった。今は島全体が保護区になっている。しかし、一種だけ生き残るなんてありうるだろうか。

21.
こどもが地面に描いたマスに石を並べている。小さな子が真似をする。石を三個置き、隣のマスに二個置く。その隣に四個置くと、年長の子がそこにもう一個足した。小さい子が笑い声を上げる。次は六個。その隣を空けたまま、そのまた隣に六個の石を置いた。子どもたちが楽しそうに笑う。

22.
公園で一枚の黒い羽根を拾った。カラスの翼から抜けたのだろう。日に透かしてみる。この羽根はたぶんついさっきまで空を飛んでいたのだ。突然強い風が吹いてきた。羽根は風に煽られて手を離れ、ちょっと躊躇う様子を見せてから、ぱたぱたという羽ばたき音を残して大空に消えていった。

23.
恒星の光がその惑星の生命を維持している。惑星は赤外線を放射せず、廃熱を利用する小さな生態系が存在する。その廃熱を更に小さな生態系が使い、その廃熱がまた別の生態系を維持している。階層化された生態系の奥には恐ろしくゆっくり活動する生命がいて、そこには知性も育っている。

24.
古いLPを小さなプレイヤーに載せる。スイッチを入れて、レコードの端に慎重に針を落とすと、ぷちぷちとノイズが聴こえてくる。そうだ、音楽の始まりは決まってこのノイズだったのだ。初めて買ったシングル盤もアルバイト代で買ったLPもこのノイズで始まった。そして、音楽が流れだす。

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