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マイクロノベル181-192

181.
公園にシーソーがふたつ並んでいる。懐かしくなって座ってみた。そうだ、僕たちはシーソーに乗ってこどものように遊んだのだ。君は楽しそうに笑い続けた。それからベンチに並んでひとつのアイスクリームを分け合って食べた。気がつくと僕はひとりでシーソーに座り、夕焼けを見ている。

182.
人混みの中をあてもなく歩いていたら、懐かしい匂いを感じた。確かに君の匂いだった。あわてて振り返っても、君に似た人はみつからない。何かの拍子に匂いの記憶が蘇っただけだったのかもしれない。時に匂いの記憶は残酷なほどに現実的だ。それでも僕は君の姿を探すのをやめられなかった。

183.
過去へのタイムトラベルは因果律を破るが、未来に行くだけならその問題は起きない。事実、僕はそのための装置を作って、三日後の世界に着いた。さて、これからどうするか。一年後ならいいだろう。では、五年、十年、いや百年なら?戻れない旅と知って、それでもなお出かける勇気が僕にあるだろうか。

184.
君と出かけた遊園地でジェットコースターに乗った。がたがたと音を立てながら坂を登り、てっぺんから勢いよく駆け下りる。地面が近づくと上昇に転じて空へ。雲を抜けてぐんぐん上り、成層圏だ。やがてコースターは出発点に戻る。こどもたちは顔を紅潮させて口々に今の体験を話している。

185.
大地は平らではなく球体だと主張する科学者が現れたのは十年ほど前だ。彼らはさまざまな観測結果から大地が球体である証拠と称するものを見つけ出した。もちろん平面派も黙ってはいない。海の向こうへ大調査団が送り出され、それが昨日ついに帰還した。広場に集まった市民に調査団は何を語るのか。

186.
小さなこどもがしゃがみこんで地面に小石を並べている。十個ほど置いたところで手が止まった。立ち上がって、並べた石をあちらこちらから見ては考えこんでいる。しばらくして決心したらしく、手にした石をひとつの石の隣に並べた。こどもは満面の笑みを浮かべながら僕を見上げて、「できた」と言った。

187.
完璧な密室殺人と思われた。窓にも扉にも内側から鍵がかけられていた。警察もお手上げの状況の中、名探偵の僕が呼ばれた。密室など概念にすぎない。みんなが密室だと思い込むから密室なのだ。密室と思い込ませた人物、それが犯人だ。僕は密室という概念を解体するための呪文を唱えた。

188.
物置からこどもの頃に大切にしていた人形が出てきた。わたしはこの子をなんと呼んでいたのだっけ。埃を払って部屋に持っていく。この子はわたしがおとなになってからのことを知らない。「知ってるよ」と人形が言った。「わたしはずっとあなたを見ていたから」わたしの目に涙が溢れた。

189.
こどもの頃はよく紙飛行機で空を飛んだ。上手に折れる子もうまく折れない子もいたけど、仲よく飛んで遊んだ。みんなで雲の中に入るのが楽しかった。久しぶりに紙飛行機を折ってみる。今の僕はその頃より上手に折れる。それはきれいな軌跡を描いて飛んだ。でも僕はもう空を飛べないのだ。

190.
久しぶりに蔵を開けたら、母が使っていた足踏みミシンが目にはいった。若い人は知らないだろうが、これをきちんと回し続けるにはコツがいる。わたしが小さい頃の服はぜんぶ母がこれで作ってくれた。ちょっとおしゃれな服がわたしには自慢だった。錆びたミシンは軋みながら回り始めた。

191.
「これで未来が見えるんだ」僕は覗きこんでいたビー玉を君に手渡した。
「何も見えないよ」ビー玉を覗いて君が言う。
「おかしいな」と僕。「僕には君といる未来が見えたけどな」
「待って」君はもう一度ビー玉を覗きこむ。「ほんとだ」君が笑った。「わたしにも見えた」

192.
空に光輝く巨大な人の姿が現れた。それを目にして、ある者は畏れ、ある者は祈り、ある者は大声で笑った。畏れたものには慈悲が、祈ったものには救いが、笑ったものには赦しが訪れた。だけど、僕は知っている。あれは人々の心が見せる幻に過ぎない。その空虚さが持つ力を僕は怖れた。


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