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マイクロノベル61-72

61.
その図書館には大きな百科事典ただひとつが収納されている。かつて発行された最大の百科事典で、ありとあらゆることがらが書かれている。もちろん、まだ存在しない技術やまだ発見されていない法則についても項目が用意されていて、その記述をもとに技術が開発され、法則が発見される。

62.
「いいわよ」唐突に彼女が言った。
「なんのこと?」と僕。
「わたしと寝たいと思ったでしょ。だから」
「当てずっぽだろ」
「私にはあなたの心が読めるの。テレパシー」
「信じないよ」
「安心して。いつでも読めるわけじゃないから」彼女は微笑んだ。「でもだいじな時には分かるの」

63.
光ったボタンを押す。すると別のボタンが光るので、それを押す。順番に規則があるのかないのかは分からない。だんだん手の反応が速くなって、殆ど光ると同時に押せるようになった。そしてついには光るより先に手がボタンに伸びるようになっても、意識はまだ光の規則を理解していない。

64.
駅前広場に大きな時計台がある。一時間に一度、分針が12を指すと時計の中から人形が現れて踊る。だから分針が11を指す頃からこどもたちが集まり出して、今か今かと待ち構える。その数はどんどん増え、時計台の前を埋めつくす。針が動く。こどもたちの歓声が時を告げる鐘の音に変わる。

65.
山の頂上に着くと、パラボラアンテナが置かれていた。直径10メートルほど。説明書きによれば、今はもう使われていない電波望遠鏡らしい。観測施設があったのだろう。それは今この瞬間にも遠い星の知的生命体から送られた信号を受けているのかもしれないけれども、観測する人はいない。

66.
公園の木陰で小さなトカゲを見つけた。注意深く近づいてつまみ上げると、驚いたのか、口を大きく開いて舌を動かした。この子の祖先はずっと大きくて、ペルム紀の大絶滅を生き延びたのだ。その瞳には太古の森が映っている。そっと地面に下ろすと、二億年の時を越えて呼ぶ声が聞こえた。

67.
犬の声が聞こえたので振り返ると、垣根から透明な犬が顔を出していた。屈折率が空気と違うらしく、目を凝らせば犬の姿が分かる。近寄って撫でてやると、うれしそうに透明な尻尾を振った。しばらくして家の中から呼び声がした。透明な犬はぼくに向かってひと声鳴き、庭に戻っていった。

68.
何十年ぶりだろう。こどもの頃はいつもこのお寺で遊んだ。ともだちと一緒に来る時もあれば、ここで出会った子と遊びもした。夕暮れが迫ると、「もうお帰り」という声がして、それが解散の合図だ。懐かしい思いで散策していると、「もうお帰り」というあの声が僕の心に直接語りかけた。

69.
「占ってあげるよ。シャッフルして」僕はトランプを手渡した。
「恋愛運を」と彼女。
受け取ったカードを一枚ずつ並べる。「ハートのエースだ。近々運命の出会いがあるよ。この位置なら、一か月以内ってとこ」
「はずれよ。下手くそね」彼女が言った。「その人は今目の前にいるもの」

70.
公園のベンチに腰かけて、折り紙で飛行機を折った。ごく普通の紙飛行機だけど、調整しだいではよく飛ぶはずだ。風の頃合いを見計らって飛ばしてみる。翼の角度を何度か直すと、うまく風を掴まえて高く真っ直ぐに飛んでいった。真夏の青空に白い飛行機雲が残された。夏休みの始まりだ。

71.
右目だけで見る時と左目だけで見る時の違いは視差だけではないことを知っているだろうか。僕はこどもの頃に気づいた。右目で見る世界と左目で見る世界は巧妙に調整されているので気づかない人が多いと思うけれども、実は全く別の世界なのだ。時折調整に失敗して、違いがあらわになる。

72.
水族館の小さな水槽でそこにいるはずのない姿を見た。驚いて近くの係員に声をかける。「プレシオサウルスの仲間です」その人はこともなげに答えた。「網にかかったんですが、小さいせいか、みなさんあまり関心がないようで」大水槽の前では家族連れやカップルがジンベイザメに夢中だ。

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