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キスの終わり

 夜ごはんを一緒に食べよう、という話だった。アケミさんが電話をかけてきて、ナナコも早く帰ってこられるみたいだから三人で、と言った。土曜日の午後三時過ぎで、私は一週間分の洗濯を終えてアパートで本を読んでいた。
「五時くらいからどう?夜はあたしも出ないといけないし」
「いいですよ。じゃあ五時にいきます」
「突然でごめんね、リョウ君。今日何か予定あったんじゃない?」
「いえ、大丈夫です」
「リョウ君、何も買ってこなくていいからね」
「はい」
「いい?ほんとよ。何も買ってこなくていいからね、ケーキとかそういうの」
「ええ、わかりました」と私は言った。
「でもね、リョウ君」アケミさんの声が低まり、電話口で煙草を吸っているような一呼吸の間が空く。「ちゃんとシャワーを浴びてくるのよ」
 続いて笑い声が聴こえてきた。
 電話を切るとすぐに服を脱いで浴室にいった。ナナコとアケミさんの住むマンションまでは電車で四十分くらいだったが、徒歩の時間やアケミさんの好きなチーズケーキを買っていく時間を入れると少し急ぐ必要があった。
 シャワーを頭頂部から浴びながら目を閉じてじっと立っていた。目を開け、後頭部にシャワーがあたるように俯く。顔の周りを流れ落ちていく水の粒に目を凝らして、気持ちが外向きになるのを待った。
 
 ナナコとは大学四回生の秋に共通の友人を通じて知り合った。最初は友人を間に学生食堂の隅でコーラを飲みながら雑談をした。私はある金属新聞社に、ナナコは小さな化粧品会社に内定していた。どこの会社の面接官が一番人生にくたびれた顔をしていたかとか、鼻毛が飛び出ていた面接官の話だとか、哀愁と加齢臭が漂うポマード頭の社長がどうしたとか、面接は演技力だよね、そうだよね、とか学生らしい気楽なお喋りだった。ナナコは色白でおとなしそうに見える顔立ちをしていて、口数は少なかったがよく笑う子で笑顔が可愛かった。肩の力が抜けていて、その場の空気にすぐに馴染んでしまう感じも好ましかった。
 三日後には二人きりで一日を過ごした。朝からナナコの柔らかい手を握って遊園地に行って、ジェットコースターに乗ったり、キャラクターショーを見ながらホットドックを食べてコーラを飲んだり、お化け屋敷で体を密着させたりしてから最後に観覧車に乗って挨拶程度の軽いキスをした。夕方には繁華街に行き、フライドポテトを食べながら映画を観てから、カフェでパスタを食べてエスプレッソを飲んだ。それからホームレスが住む薄暗い公園のベンチで長い時間キスをした。
 ナナコのキスは痛かった。あまりに強く舌を吸われるので、引っこ抜かれてしまうんじゃないかというくらいだった。微妙なところでその痛さが快感のような気もしなくはなかったが、お返しとばかりに私がナナコの舌を強く吸うと、彼女の方は腰を震わせて、むしろ舌を挿し入れてくるようだった。お互いの口のまわりが唾液で濡れているのを肌に感じていたし、それがぷんと臭ってきてもいたので、このへんでキスを終わりにしようと私が思うと、ナナコは察したかのように強く舌を吸ってくる。キスの終わりが見えなかった。
 夜の公園にナナコが舌鼓を打つ音が鳴り響いている間、私は控えめでおとなしそうに見えていたナナコの意外な積極性を興奮へと結びつけようと努力をしながらも、誰か別の女とキスをしているような気もしてきて、何度か目を開けて彼女の顔を見たが、顔が近すぎるし暗いので女かどうかも分からなかった。
 誰かの足音に助けられて長いキスを終えてから、コンビニのATMで内定祝いに祖父にもらった金を下ろして、二人でラブホテルに行った。
 その夜、肉体の隅々まで丹念に撫で合った後から、私とナナコはお互いについて少しずつ知っていった。知っていったものの中にはアケミさんのこともある。彼女は十九歳の時にナナコを産んでいた。スナックを経営していて、いつもミニスカートをはき、エステ通いの成果なのか太ももには変に艶があって光っていた。ナナコの父親は「国立K大学」の教授で、教え子の一人だったアケミさんは、学業以外のことも彼に教わったがその期間は短く、妊娠がわかるとアケミさんは大学を辞め、ナナコを産んで一人で育ててきた。
 いつか三人でご飯を食べていて沈黙がテーブルを包んだ時、まだ学生だった私は若さから無理に沈黙を打開しようと、こう訊いてしまったことがある。
「『国立K大学』ってもしかして京都大学ですか?」
 このときだけはアケミさんもナナコも黙りこむことで非難してきた。二人は明るく何でも話してくれるという印象を持っていたが、私が何でもないと思ったところが訊いてはならないところだったらしく、だったら最初から「国立K大学」なんて言わずに「ある大学」とか言えばいいのにとも思ったが、他人の事情は計り知れるものでもないし、沈黙を破るために質問をした自分をまず戒めて、以後は余計な詮索をしないようにした。
 
 マンションのドアが開いて、アケミさんが顔を出した。
「リョウ君いらっしゃい。入って」
「お邪魔します。すみません、五時すぎちゃいました」
アケミさんの後に続いてダイニングキッチンまで歩いていった。アケミさんはタイトな黒のミニスカートに白のブラウスを着ていた。
 キッチンテーブルの中央にホットプレートが置いてあり、囲むように四方にはカルビ、ジンギスカン、ウインナー、フランクフルト、タマネギ、キャベツ、ピーマンなどが皿に並べて置いてあった。
「焼肉ですか。いいですね」と私は言った。
「いいでしょ」とアケミさんは言って髪をかきあげる。
「これ少しですけど、よかったら」私はチーズケーキの入った袋を手渡そうと目の前に掲げた。「チーズケーキを――」言い終わらないうちにアケミさんはひったくるように取って冷蔵庫の一番上に置いた。「ありがとう。そこ座って」
 テーブルの奥の席に言われるままに座った。アケミさんはしゃがみこんで冷蔵庫を開けた。スカートから出た太ももとふくらはぎがぴったり密着しているのが目に入り、慌ててドアの方を意味もなく眺めたり、振返って壁にかかっているカレンダーを眺めたりしたが、ついまた見てしまう。膝を頂点に密着した太ももとふくらはぎの間に一本の線が入っているのが尻の割れ目のように見えた。
「ビール飲むわよね?」
「はい。いただきます」
 アケミさんは缶ビールを二缶取り出してテーブルの端に置く。それから角を挟んで私の左に座った。
「じゃあ乾杯しよ」アケミさんが缶ビールを手渡してくる。
「あれ?ナナコは?」
「もうちょっとかかるみたいだから、先に乾杯しておきましょ。あたしも夜はあれだし」
「そうですか。じゃあ」
 缶ビールをぶつけ合って乾杯する。乾杯なんてしなければ良かったと思うような鈍くさい音がした。
「元気だった?」とアケミさんが言った。
「ええ、元気でした」
「顔見るの久しぶりね。お花見の時以来かしら?」
「そうですね」
 アケミさんはビールを一口飲んでから、私の顔をじっと見た。
「髪、そろそろ切った方がいいんじゃない?」
「あ、そうですか?」
「短い時のほうが可愛かったわよ」
「可愛いほうがいいですか?」
「あたしはね」
 アケミさんは左肘をテーブルについて、左手で顔を支えるようにして止まったまま、上目遣いに私の顔を見ている。私は缶ビールを半分ほど一気に飲み干す。ナナコが早く来ればいいなと思った。缶をテーブルに置いてアケミさんの方を見ると、まだこっちをじっと見ていた彼女と目が合ってしまう。あんまり目を合わせるのもどうかと思い、目を伏せるようにそらすと、アケミさんの胸の谷間が目に入ってしまう。これはやばいと左に首ごと目をそらす。そらして不自然になった首をほとんど反射的に素早く戻す。どうもぎくしゃくするなと思う。
「ねえ、プレートにスイッチを入れてくれる?」
「はい」
 プレートが温まるとアケミさんはカルビと野菜をのせてから、隙間にウインナーを十本ほど転がした。
「アケミさん、ウインナ―好きなんですか?」
 アケミさんは急に口角を上げて微笑んで、ビールを一口飲む。
「あたしはフランクフルトの方が好き」アケミさんは一人で吹きだして笑い、私の左肩をパシッと叩く。
 一緒に笑っておくこともできそうだったが、心から笑えるわけではなかったから、無理せず素直に笑わない方がいいようにも思うが、愛想がないと思われるのもあまり面白くないと自意識過剰に考えている自分がおかしくて自然な笑いがこみ上げてきたので、その笑いをもって目配せを交わすと二人で同じことを笑っているみたいになった。
 
 焼いた肉と野菜を食べながらビールを四缶ずつ飲んだ。話題はアケミさんの仕事の愚痴と三年前にアケミさんとナナコが二人で海に行ってナンパされて、アケミさんがナナコの姉と間違えられた話でもう一時間が過ぎていた。肉を食べるペースが落ちたのでプレートの温度を下げて、キムチをつまみながらビールを飲んだ。
「ナナコおそいですね」と私は言った。「電話してみましょうか?」
「いいわよ。早く抜けられるって言ってたけど、抜けられなかったのよ、きっと」
 アケミさんがトイレに立ったのでケイタイを確認したが、ナナコからのメールはなかった。これからアケミさんと二人きりでどんな話をすればいいのか見当がつかなかった。
 トイレから戻ってきたアケミさんの顔は急に白くなったように見えた。化粧直しでもしてきたのかな、と私は思う。自宅で頻繁に化粧直しなんてすることもないか。
 アケミさんは冷蔵庫から新しい缶ビールを二缶取り出すと自分の席に一缶置いて、どうぞと私の目の前にも置こうとして踏み出した右足の踏ん張りが利かず、冗談かと思うほどスローモーションで床に沈んでいった。
「あれ、大丈夫ですか。足フラフラしてるじゃないですか」
 私は席を立って腕を伸ばした。アケミさんは私の左手を掴んで、膝を起し、ゆっくり立ち上がる。すると立ち上がった反動にしては強い力で胸元に飛び込んできた。アケミさんの手が私の背中に回されて、なんとなく私も彼女の細い腰に手を置く。彼女の体からいい匂いがした。
「もうお腹いっぱいですね」と私は言って、つき返している訳じゃないように装いながらアケミさんを優しくつき返した。「トイレ借ります」
 ジーンズのボタンを外し、ブリーフを半ばまで下ろして用を足そうとしたが、男性器特有の事情が盛り上がっていて、しばらく便器を前に静かに立ち尽くして待たなければならなかった。何やってるんだお前は、と口に出してそれを叱ってみた。大声で笑い出しそうになって口を塞ぐ。おれも酔っているのかもしれないな、と思う。
 戻るとアケミさんは細長い煙草を吸いながらビールを飲んでいた。プレートの左右に焦げ付いた肉がよけられて、中央にフランクフルトが二本のっていた。
「まだ食べるんですか?」と私は言った。
「まだまだいけるわよ?」とアケミさんは言った。
まだまだいけるわ、なら分かる。まだまだいけるわよ?という「よ?」はどう受け取ればいいのだろう。そんなのどうでもいいか。
「ねえ、乾杯しましょうよ」
 缶ビールをぶつけ合った。液体を包んだアルミの器が内にこもったような音を立てる。乾杯なんてしなければ良かったと思う。
 アケミさんは煙草をもみ消すと、箸でフランクフルトを無造作に転がし始める。
「ナナコとは最近どう?」
「いつも通りです」
「ふうん、最近デートしてる?」
「いや、お互い忙しかったので九月に太陽の塔を一緒に見にいったくらいですね」
「もう付き合ってどれくらいだったかしら?」
「二年です」
 アケミさんはフランクフルトを気のない様子で転がし続けている。
 腹はもういっぱいだったが、手持ちぶさたでついビールを飲んでしまう。
「あのね、リョウ君」とアケミさんは言って、意味ありげに沈黙を置いて私の目をじっと見た。急に険しい表情になっている。
「ナナコと結婚する気ある?」
「そのつもりです」と私は言って、アケミさんの表情にあわせて目に力を入れた。
 アケミさんは箸を置き、両手を握り合わせて肘をテーブルの上に置いた。
「ナナコのどこが好き?」
 なるほどな、と思う。焼肉にビール、今日のいつもと違う展開の全てはこういうことだったのか、と思い当たる。アルコールで鈍くなった頭をなんとか働かせようと気を引き締める。
「優しいところです。それから良い意味で普通なところ、控えめなところが好きです。ナナコとは幸せな家庭を築けると思っています」
「そんなの幻想よ、リョウ君わかってる?」
 悪酔いした者同士の不毛な議論が始まるのだけは避けようと私は思う。
「そうですかね」
「そうよ。リョウ君、言っておくけど結婚したら苦労するわよ。そのことわかってるの?」
 母親としての顔をアケミさんは見せ始めているのかな、いや、不在の父親の顔を担って結婚の決意を試しているのかもしれないな、と思う。私はただ頷いて見せた。
「あの子は何も分かっていないのよ。あの子が化粧品会社を辞めた本当の理由をリョウ君は知ってるの?」
「肌に合わなかったんですよね?」
「責任が持てなかったからよ。あの子は入ってすぐにアルバイトのシフトを任せられた。あの子にとっては産まれて初めての責任との遭遇。それだけのことでカリカリして、神経質になって、最後に放り出したのよ」
「そうでしたか」と私は言った。話がどこに向かっているのかさっぱり分からなかった。
「いい?リョウ君はいつかあの子にこう言うわ。『もう少し責任を持って何事にも取り組んで欲しい』ってね。あの子は今稼いだお金をどう使っているか知ってる?貯金はおろか、グルメに走って服を買って終わり。家賃すら払っていないのよ。二十歳を過ぎて家賃すら払っていないのよ!家事だって何ひとつやっていないわ。あの子の『優しさ』はそういう何一つ責任を持っていない気楽さからくる『優しさ』なのよ。リョウ君分かってる?あの子は空っぽなの。毎日、舌鼓を打ってるだけなのよ」
 現実を突きつけて決心の強さを探っているのかなと思ったが、自分の娘なんだから何とかしろよ、という声も胸の底から聞こえてくる。とはいえ親の思い通りに育つ子供もいないだろうし、十九歳でナナコを産んで苦労してきたアケミさんの想いを想像すると厳しい言葉は愛情でもあるのだろうし、おれだって空っぽだし、と無限に続きそうな酔った思考を私は分断し、アケミさんの発言を肯定も否定もせずに堪える。思い切りよくビールを飲み干し、缶をテーブルの上に置こうとしたが思わず握り潰してしまう。
「新しいビール出すわね」
「すみません」
 アケミさんは缶ビールを私の前に置くと、ゆっくり小さな低い声で何かを言ってから自分の席についた。
「え?」と私は訊き返した。
「あの子はグルメなのよ」とアケミさんは言った。
 今度は聴きとることができたが、意味が分からなかった。アケミさんはまっすぐにこちらを見て、深く頷いた。
「いい?リョウ君はまずこう言うのよ。『もっと責任を持ってくれ』って。家事や生活やいろんなことを一緒に責任を持つようにしようってね。でもね、いくら言っても無駄なのよリョウ君。あの子は『責任なら持ってるわ』って言うわ。そしてリョウ君はこう言うのよ。『そうじゃなくて、責任を持ってくれ』ってね。するとナナコはこう言うのよ。『責任なら持ってるわ』ってね!」
「アケミさん、フランクフルト焦げてますけど」
「あら、いけない!」
 アケミさんは慌ててフランクフルトを箸で挟み、自分の小皿にのせようとしたが、それは皿の上を滑ってテーブルの下に転がってしまう。
「いやだわ」アケミさんはしゃがみこんでテーブルの下に入っていった。
「プレート切りますね」
 私はプレートを切り、キムチを一口食べてビールを飲んだ。やっぱり今日はこなければ良かったなと思った。壁時計を見ると七時を過ぎていた。冷蔵庫の上のチーズケーキが目に入る。甘い物が食べたい気分だった。もう一度キムチをつまんでビールを飲んだ。
 あれ、と思う。転がったフランクフルトを拾うにしてはずいぶん長い間アケミさんはテーブルの下に入り込んでいるような気がした。何をしているのだろう?恐ろしくてテーブルの下を覗き込む気にはなれなかった。
 アケミさんの黒髪がテーブルの向こう端から静かに現れる。アケミさんは何事も無かったように立ち上がり、素手で拾ったフランクフルトをプレートの上に投げ入れる。
「それでもいいの?リョウ君。それでもナナコと結婚する気持ちはあるの?」
 そういう古臭い手だったのかと私は思った。やはり結婚の決意のほどを確かめようとこうした訳の分からない言動をしているんだな。いくら若く見えて美人だといっても、やることは古臭いものだな。
「それでも結婚します!結婚させてください」と私は言って頭を下げる。
「バカね」とアケミさんは言った。
 アケミさんの手がプレートの真上に垂れ下がっている電気の紐に伸び、二度上下する。蛍光灯が消えて、部屋は一気に暗くなる。オレンジ色の小さな常夜灯だけがうっすらとアケミさんの顔を照らした。
「ねえ、あたしはあの子とは違うわよ」アケミさんは微笑み、ゆっくりとテーブルの下に入っていく。
 オレンジ色の常夜灯をじっと見る。自分の想像を越える展開のせいなのか、酔いのせいなのか、頭がぼんやりした。
 テーブルの下で私の両膝が掴まれて、ぐっと左右に広げられる。大きく広がった股の間にアケミさんが顔を出し、上目遣いに私を見る。彼女の手がベルトを外し、ジーパンのボタンを全部外す。
「腰を浮かして」
 腰を少し浮かすとジーパンとブリーフが足首までずり下ろされる。硬直していたペニスが丸出しになり、空気に触れて脈打つ。「いつから起ってたの?」アケミさんは即座にそれを口に含み、優しく上下し始める。スイカに齧りついているような音がひっきりなしに鳴り、自我がゆっくり後退していく。
「めて?」と下から声が聞こえた。「じょう?あのきょちょわちがおでぴょ?」
 ワインのコルクを抜いた時のような音と供に、アケミさんの唇が離れる。
「大丈夫よ、ナナコはもう戻ってこないわ。正直者かどうか確かめてあげる」
 正直者?ふと我に返る。ナナコ、正直者じゃないみたいだよおれは、こんなことになっちゃって。スイカを齧る音が鳴り、「正直者ね、ほんとに」という声が下から聞こえる。「こんなに硬くなっちゃって」
 アケミさんはスカートを捲り上げて私の膝の上に座り、右手でペニスを擦りながらキスをしてくる。私は力を込めて唇を閉じ合わせる。
「気にしないの。あたしだってキムチ食べたのよ」
 アケミさんの湿った舌が、私の上唇と下唇の割れ目に沿って優しく何度もなぞる。私は彼女の舌使いをじっと見ながら唇を堅く閉ざしていた。やがて彼女の唾液が私の顎まで垂れて、そこから剥き出しのペニスにだらりと滴り落ちる。反射的に力が抜けて、我を失った瞬間、今度は彼女の尖った舌が一直線に私の唇を挿してきた。アケミさんは硬く尖らせた舌を強引に何度も出し入れした。奥まで挿し入れてくる。吐き気がした。右手で彼女の動きを押し留めて言う。喉ちんこまでは入れないで下さい。アケミさんは嬉しそうに笑って私のペニスを掴み、「いいわよ、ちんこ入れても」腰を上げてゆっくりとその上に沈んでいく。誤解が生じたことを訂正するか、そのまま流してしまうか一瞬迷った間に、アケミさんは深く沈みこんだ。


(2006)

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