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その他の物語

                 


 弁当箱に卵焼きとご飯をつめているアイコの後ろに立って、その様子を見ていた。
「なあ、ぼく自信ないよ」と私は言った。
「なに、ぼくとか言ってるわけ?気持ちわるー」とアイコは言った。
「こないだみたいに目が変になっている人が面接官だったらどうしよう」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ」
「ずっと薄目みたいな感じで、目が合うとあさっての方向に目玉が逃げるんだよ。目をそらすんじゃなくて目玉だけが動く感じわかる?なんか人間じゃない感じなんだよ本当に」
「それはこないだの話でしょ」
 アイコは冷蔵庫からウインナ―をニ本取り出して、包丁で切り目を入れた。フライパンに薄くサラダ油をひき、ウインナ―を入れて小刻みに振っている。彼女が腕を振る度に尻が左右に揺れていた。
 アイコの尻を左手で優しく撫でた。
「ちょっと!」とアイコは言って、フライパンを掴んだまま振り返る。「もっと触ってくれますか?」
 私はアイコのジーンズの後ろポケットに手を入れたり出したりする。
「働き出したら、二人で毎晩ビール飲めるかな?」と私は言った。
「当たり前じゃない。生活だってまた楽になるし、マサルだって何か好きなもの買えるわよ」
「好きなものか。そうだなあ、もし仕事が決まったら毎晩ビールを飲むよ」
「それから?」
「それからビールを飲みすぎて肝臓と腎臓を壊して」
「はいはい。それから?」
「それから飲酒運転で人身事故を起しちゃうよ、きっと」
「車なんて一生働いたって買える訳がないでしょ!年金だって払ってないくせに」
「そりゃそうだけど。中古とかあるだろうし」
「免許もないくせに。ていうか中古以外で買った物なんてあるの?」
「まあまあ」と私は言ってアイコの両肩を掴んで揉む。
 アイコは火を止めて私の手を振り払う。二つ並べた弁当箱にウインナ―を一本ずつ入れて、すぐさま冷蔵庫を開けると梅干しを二粒手掴みしてそれぞれ白米の中央に埋め込んでいく。
 弁当にフタをし終わったところを見計らい、アイコの両肩を掴んで振り向かせて抱き締める。「よし、ちょっとはやる気が出てきた。キスしよ」
 目を閉じてキスをした。キッチンに漂う油の匂いが急にきつく感じられた。
「朝なんだから舌は入れなくていいのに」と私は言った。
「もうキスしないからね」とアイコは言った。
 アイコは弁当をハンカチで包み終えると、靴下を履いたり、髪にドライヤーをあてたり、歯を磨いたり、忙しなく部屋を歩き回る。
 出勤の準備がほとんど整ったのを見て、私は求人票を机の上から取ってきてアイコに渡した。
「見てみてよ。この仕事内容の部分」
「ちょっと、あたし今からウンコしたいんだけど。出勤前なのよこっちは」
 
  転職カウンセラー
 いま、求人をご覧になっているお気持ちを持って就職活動中の方に素晴らしいアドバイスをして下さい。悩んでる顔を笑顔に変える仕事です。
 
「うんいいじゃない。マサルにぴったりよ。がんばってきてね」アイコは求人票を私につき返す。「ちょっと、もれちゃうからどいて!」
 用を足して出てきたアイコは鏡の前で何度かポーズを取り、鞄を肩にかけた。
「じゃあ行ってくるね。マサル、履歴書とか書いたの?」
「書いたよ」
「ちゃんと面接の準備して、早めに家を出るのよ」
「わかってるよ。今日は面接がんばるから、夜は刺身でビールが飲みたいな」
「そんな余裕がどこにあるわけ?」
「まあまあ」と私は言った。
「まあまあじゃねえよ!」とアイコは言った。「おめえが働かねえから刺身が食べれないのよタコ。このイカ野郎。マグロバカ」
 アイコがアパートを出て行くと、私はベッドにもぐりこんでテレビをつけた。面接は午後三時からで時間はまだ充分にあった。
 アパートのドアに鍵を差し込む音が聞こえた。ベッドから急いで抜け出して、玄関に走る。ドアの端に縦長の光が差し込み、その幅がゆっくりと広がる。切り取られた長方形の風景にアイコの顔だけが横から突き出る。朝の光に顔が包まれていた。
「びっくりした?」とアイコは言った。「ごめんね。言いすぎたわ。がんばってきてね」
「うん。キスしてよ」と私は言った。
「だめ」
 アイコを引き寄せて抱き締めた。「もう、どこにも行かせはしないよ」
「アホ、しょぼいこと言わないで。仕事に行かなくちゃ」
 アイコが再び出て行った後、姉が海外旅行のお土産に送ってくれたベルギーチョコを冷蔵庫から取り出してベッドに入って食べた。テレビでは、高校教師の援助交際、政治家の不倫、警察官の女子トイレ盗撮が同じ一週間に起きたニュースとして並べられていた。
「立派な人っていないなあ」と司会の男が何度も言って首を振っていた。
 ベッドに腰掛け、弁当箱を開けた。まだ温かかった。食べ終えると、流しに行き、弁当箱に水を注いだ。ベッドに戻り、毛布にくるまった。
 うとうとして目覚めると十一時を過ぎていた。キッチンに行って窓を開ける。冷蔵庫からレタスとキュウリを取り出して洗った。レタスをちぎり、キュウリを切る。食パンを四枚取り出すとマーガリンを塗って、トースターで焼いた。二枚で塩をふったレタスを挟み、もう二枚でカラシを塗ったキュウリを挟んだ。それぞれを包丁で真っ二つに切る。切り口を上にして皿に並べて、インスタントコーヒーを入れた。
 キッチンに立ったまま、サンドイッチを食べてコーヒーを飲んだ。部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。電器ポットが再沸騰を始めた音がキッチンから聞こえてくる。沸騰し終わるまでその音にじっと耳を澄ます。部屋の右隅に吊るしてある、アイコの仕事用エプロンがハンガーからずり落ちそうになっているのが目に留まる。
 私は立ち上がる。
「面接で参りました、田中と申します」と私は言って、テレビに向かってお辞儀をした。
 鏡の中の自分に深々と頭を下げる。
「田中マサルです。よろしくお願い致します」
 
   


 
 五分前にビルに着いた。四階でエレベーターを降りて正面がその会社だった。ドアが開け放たれていた。
「失礼します。面接で参りました。田中です」私は部屋に向かって会釈した。
 ジーンズにカジュアルな白いシャツを着た女が左側から出てきた。
「面接の方ですね。どうぞこちらへ」
 部屋は左側に広くスペースが取ってあり、そこにはたくさんのデスクやモニター、スーツを着た人達が見える。私は右側のパーテーションで細かく区切ってある一角に通された。白いテーブルと椅子が二つあった。
「履歴書はお持ちですか?」女は私の目を見て微笑んだ。心に繋がっている目の動きが魅力的な女だった。
 履歴書と職務経歴書の入ったクリアファイルを女に渡し、椅子に腰掛けて面接を待った。
 こちらから右斜め奥の一角でも、同じように面接を待っていると思われるスーツの女が座っていた。唇を強く結んで口角を上げ続けている。女と目が合って、すぐにお互い逸らした。もう一度見ると女はテーブルの下で膝小僧を掻いていた。太ももがむっちりしていて、スーツのズボンがきつそうに見えた。やがて女はこちらからは見えない位置に座りなおした。
 
 腕時計を見ると三時半を過ぎていた。
 テーブルの一点を見つめて静かに座っていた。ざわめきにしか聞こえなかったオフィス内の音から、早口な一人の男の声が際立って聞こえてくる。パーテーションの向こう側からだった。男の声に耳を合わせた。
「つまりは経営者の視点だな。わかる?未経験でも泣きながら仕事やって喰らいついていった女の子もいるぜ。十九歳でな。よっぽど悔しかったんだろうな。泣いて泣いて、それでも諦めなかったからな。今では三百人からのスタッフに指示を出すまでに成長してるからな」
 何の話だろうな、と思う。
 猫背になっているのに気が付いて、背筋を伸ばす。自分の書いた履歴書を思い起こし、なぜ転職カウンセラーを希望しているのか、職務経歴に交えて頭の中で何度も語った。
 四時前に再び女がやってきて奥に誘導した。窓際に革製のソファが向き合っていた。間にはガラステーブルが置いてある。ソファに座り、握ったこぶしが膝の上で時々震えるのを私はじっと見ていた。
「よっぽど悔しかったんだろうな」と男の声がまた聞こえてきた。「泣いて泣いて泣いて、それでも諦めなかったからな。今では三百人からのスタッフに指示を出すまでに成長してるからな」
 
 男がクリアファイルを手にこちらに歩いてきた。二十代後半から三十代の前半に見える。顎にばんそうこうを貼っていて、伸ばした黒髪を真ん中から左右に分けている。
 私は立ち上がり、頭を下げる。爽やかと自分で思う笑顔を浮かべて顔を上げて、真っ直ぐに男を見る。「田中マサルです。よろしくお願い――」言っている途中で男は手の平を向けて私を制して、「ちょっと待って」と言い、ドアの方へ歩いていった。
 面接官の男はドアの前で腹の出た中年の男にしきりに頭を下げていた。是非ともよろしくお願い致します、と何度も言っては恐縮して見せていた。
 男が手の平で髪をかきあげながら戻ってくるのが見えた。私は再び立ち上がる。
「田中マサルです。よろしくお願い致します」
 男は軽く頷くと音を立ててソファに腰掛けた。私にも座るように手で指し示す。
 求められて自己紹介をした。話しながら私は男の様子を見ていた。男は背を丸めて履歴書と職務経歴書に目をやっていたが、他のことを考えているようだった。いつも以上に私の言葉がどこにも届かずに霧散するのを私は感じる。目の前で文庫本を開いてその世界の中に男が入ってしまったような感じだ。私は用意していた自己紹介を短くして切り上げた。
 数秒間の沈黙があく。
「え?これで終わり?」
 男は急に顔を上げて、細い目で私の目を初めて見据えた。鋭い目だった。それは未熟な高校生が街ですれ違う人間の顔をいちいち睨みつけたり、探ったりする時のあの狭量さを感じさせる目だ。
「終わりです」と私は言った。
「おい、これ何点なんだよ?自分でさ。この自己紹介さ」と男は言った。顎のばんそうこうを擦っている。
「0点ですね」と私は言ってみた。
「0点?」男の声が大きくなった。「0点?それで俺はどうすればいいの?」
「どういう意味ですか?」と私は言った。
「だからよ。さっきの子だってもっと長い自己紹介してたんだよ。なんであんたはこういう経歴があってそんなに短いの?」
「自己紹介は長さが全てではないとわたくしは思っております」と私は言った。
「そりゃそうだけど、じゃあなんで0点なんだよ?」
「何点だったら良かったですか?」と私は言った。
「はあ?」と男は言った。
 男の長い話が始まった。理想的な自己紹介についての短い説教と面接官の立場を利用した長い個人的な語りだった。成功者は偉い、俺は偉い、外向的な者は偉いというところが主訴で、出世物語や成功物語を信じ、他には物語はないと思っていることが窺われた。
 黙って頷きながら話を聴いていると男は気分を良くしていき、それに比例して実際的な面接からは遠のいていく。
「夢とかある?」
「あります」と私は言った。
 しめた、という風に男は目を輝かせる。実際にはそうした訳ではないのに、彼が舌をべろりと出したように感じた。
「じゃあ、なんで今すぐその夢に取り組まないの?」と男は言った。質問の形を取りながら断言していた。何かの「成功本」に書いてある文句をなぞったらしかった。
「松村会社の社員育成の仕方知ってる?」
「知りません」と私は言った。
「あ、知らない?」
 経営者の視点でものを見れるように社員を育成していくという話が体育会系の精神論と絡み合い、そこに突拍子もなく「五億の金を動かした男」の話などが加わり、やがてダメな人間と成長する人間という彼の主観区分が客観であるかのように語られていった。
「じゃあ何か質問あるかな?」
「仕事内容についてお聞きしてもよろしいでしょうか」と私は言った。
「仕事内容は営業だよ。うちは経験が一番の財産と考えてるから、まずは営業をやってもらってからになる。まあ、つまりは経営者の視点だな。わかる?未経験でも泣きながら仕事やって喰らいついていった女の子もいるぜ。十九歳でな。よっぽど悔しかったんだろうな。泣いて泣いて、それでも諦めなかったからな。今では三百人からのスタッフに指示を出すまでに成長してるからな」
 男は手の平で髪をかきあげて、その細い目でじっと私を見た。彼は話したいことを話して気分が高揚しているみたいだった。
「他にはある?質問、何かある?」
「この会社で働いていて良かったと思うことはどんなところですか?」
「良かったこと?まあ、そりゃ色々あると思うよ。でもやっぱり……」と男は言って俯いて顎に手をやっている。「やっぱり、人を動かせることだな。やりがいがあるしな。待てよ……そうだな、信頼だな!仲間との信頼な!これは財産だよ。うん。他には?何でもいいよ。何かある?」
「目標といいますか、日々どんなことに向かって仕事されていますか?よろしければお聞かせください」
「目標?そりゃ人によって色々だと思うよ。車買うために頑張ってる奴もいるし、それぞれだと思うよ。まあ、俺は会社を上場させたいだけだからな」
 男は続けて、上昇志向と年収についての話を語り始めた。話を聴くのに疲れが出てきたのを私は感じる。彼がもっとも気持ちの良いポイントで相槌を打つのを控えて、話を短くする方向に態度をシフトさせた。
「何か他には?質問ある?」
 男は目を輝かせている。彼の眉毛の青い剃り跡を私は見る。彼が鏡の前で髪形や眉毛を整え、満足いくまで鏡の前でポーズを取っている姿が頭に浮かぶ。彼が鏡の前にいる時間を外面から計算してみる。彼が顎にばんそうこうをしている理由をいくつか考えた。彼が初めて自慰をした時の様子をイメージした。それから何か質問しなきゃな、と私は思う。
「経営者の視点で働いて、年収をあげて、三百人からのスタッフに指示を出して、成長して、会社を上場させて。それで、その、どうするんですか?」と私は言った。「そこからはどうしますか?」
 男は俯いてガラステーブルをじっと見つめる。向かい合って、私達は何をしてるんだったっけな、とふと思った。テーブルに映っている男の顔を私は見た。初めて池を覗き込んだ猿みたいに見える。
 長い沈黙が続いたが、男は質問には答えなかった。あまりに長い沈黙のせいで、私の質問が無効化したというような感じだ。
「他には質問ある?」と男は言った。
「ないです。今日は大変勉強になるお話をありがとうございました」と私は言った。
 言った後で私は愕然とする。言葉とは裏腹に、私の声の調子や態度といった非言語の方は逆のことを言ってしまっていた。故意ではなかったし、皮肉を言うつもりもなかった。ただあまりに言語と非言語がかけ離れてしまった為に、私も彼も、私の本音を聴きとってしまった。
「そう」と男は言った。
 彼の目が落ち着きなく左右に動くのを私は見ていた。
「じゃあ面接の結果は後日連絡します」と男は言った。「結果は俺だけじゃなくて、皆で話し合って決めます」
「はい」と私は言った。
「俺一人じゃなくて皆で厳正な審査をして、連絡します。俺一人では決められないのでね。もし不採用になっても皆で話し合った結果ですので。俺一人の責任では決定できないからね?分かりましたね?」
 
 外は暗くなっていた。地下鉄沿いの通りはスーツを着た人達で埋め尽くされていた。そこに混ざって通りを歩いた。等間隔でやってくる街灯の柔らかい光を待ち望みながら、暗い道を私は歩いていった。
 
   


 
 革靴を脱いでいるとアイコが玄関まで小走りでやってきた。
「転職カウンセラーのお帰りかしら?」とアイコは言って、私の顔を覗き込んで笑う。頬が山のように盛り上がっている。「どうだったの?いい感じ?」
「営業だった」と私は言った。
「どういう意味?」
「だめだったよ」と私は言った。
 脱いだ靴を下駄箱に入れてから、アイコを真っ直ぐ見つめた。彼女は無言で立ち尽くしている。一歩踏み出してアイコを抱き締めた。
 アイコの手が私の背中を励ますように上下していた。彼女の肩越しに私は部屋を眺める。始めにテレビが見え、次にテーブルが見えた。テーブルの上には皿と缶が並んでいるのが見える。大皿には何かの切り身が並んでいる。二つの小皿には醤油とわさび。
「刺身とビールなの?」
 私はアイコを突き飛ばしてテーブルに向った。
 大皿が中央。小皿がその両脇に並び、銀色の缶はテーブルの左右に一本ずつ配置してある。大皿には、ちくわが薄切りされて綺麗に並べてあった。
「刺身とビール?」と私は言った。
「ちくわと発泡酒」とアイコの声が後ろから聞こえた。
 振り返るとアイコは床の上で膝を抱えて、頬を赤らめていた。
 二人で乾杯した。ちくわを食べて、発泡酒を飲んだ。わさびが鼻をつんと突き刺すのが気持ち良かった。
「勘違いしてないかなって思って」とアイコは言った。「別にあたしはマイホームとかマイカーとかはいらないよ。給与が安くてもいいから、何でもいいから一緒に働こうよ。あたしだって二十五なのよ?マイカーやマイホームを求めた人達がどういう末路を辿ったかくらいあたしだって見てきたんだから」
「末路?」
 アイコは自分の人生観や価値観を熱心に話した。私はアイコの声に注意深く耳を澄ませる。必然的に高まったり低まったりする声の揺れや大小や、そのリズムに耳を傾けて、話を否定したり、肯定したりはしなかった。濃密な時間が流れて、過ぎ去った。
「でも今日はどうしてだめだったの?面接はどんな感じだったわけ?」
「ぼくはさ」と私は言う。心に湧きあがっている感じに言葉を与えようと、しばし時間を使う。「つまりぼくはさ」
「なに、ぼくとか言ってるわけ?きもいからやめてよ」とアイコは言った。
 私は吹きだしてしまう。
「笑ってる場合じゃないのよ。いい?個性もアイデンティティーも出世も真実も何もなし。病んだ魂も、世知辛い世の中なんてのもなし。働いて、我々のちくわと発泡酒を維持するの。あとはユーモア。それだけ。わかった?」
「わかったよ」と私は言った。「それでさ、もう一本ない?発泡酒」
「もう一本だけあるの」とアイコは言った。また頬が赤くなっている。
「じゃあ半分して乾杯しよ」言った後で、何の乾杯なんだこれ?と私は考える。
「うん、乾杯しよ」アイコは立ち上がってトイレの方に歩いていった。「お米も残ってるからウンコした後でおにぎり握ってあげるね」
 部屋の隅でアイコのエプロンが今にもずり落ちそうになっているのに私は気が付く。昼間のうちに戻しておけば良かった。彼女が踏ん張っている間に立ち上がり、正しい位置に戻そうと思う。あるべき場所に。


(2007)


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