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品質劣化?それとも向上?日本酒の熟成について考える

こんにちは、ボンです。

今日はいつもの飲みだおれ日記とはテイストを変えて、近頃話題の「熟成」について考えてみようと思います。とはいえnoteの趣旨を見失わないように、酒はちゃんと飲みながら書き進めていきます。ということで今日の酒はこちら!!

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当社で一昨年に限定販売した「追想の1996 あの時君は若かった」です。

この酒は1996年に長期熟成を念頭に醸造された本醸造酒を、「平成最後の年越しにこの酒を飲みながら時代をしみじみ振り返ってもらおう」ということで23年越しに蔵出しした商品です。ナッツ様の香りとビターな甘みがなんかクセになる1本で、自分用に確保したやつをタイミングを見てちびちび飲んでます。

夏になるとおいしいのが炭酸割り。コップやジョッキに氷をたくさん入れ、日本酒:炭酸水=6:4ぐらいの比率で割ります。この日はレモン風味の炭酸水も使ってみましたが、個人的にはプレーンよりこちらが好み。べたつく感じが一切なくなり、さわやかにググっと飲み干せます。

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この酒はもう市場にないので全く宣伝にならないのが残念なところではあります(笑)ただ甘めの熟成酒で、「ちょっとこれ燗にするにはくどいかな…」みたいなのが手元にあれば、気分転換でこういった飲み方をしてみるのもおすすめですよ。

話題になったきっかけ

新型コロナ禍で消費がますます冷え込んでいる日本。日本酒もといアルコール業界も例外ではなく、せっかく造った新酒が売れない厳しい状況が続いています。当社も含め、来年の酒造りは大幅な減石(生産減)で向かえることが確定。

そんな中でフレッシュな酒で人気を博している蔵元さんの酒が、来年まで売れ残ってしまった場合に品質が落ちてしまうんじゃないと危惧した日本酒ファンが、ここにきて「熟成」に向いた酒を注目し始めています。

「熟成酒大好き!燗酒大好き!年がら年中熟成のことばかり考えてます!」な私ボンにとっては、触れねえわけにはいかねえな!てやんでい!!という状況で、このnoteを認めておるわけですね。はい。

ただですねえ。こういう議論が起きること自体非常に良いことだと思うのですが、偏った価値観にどちらかが気圧されて一切の反論がされなくなる、というのは一番ダメだと思うんですよね。定期的に誰かが俎上に載せるぐらいがちょうどいいんじゃないかと。この手の話題は各方面で議論が深まれば深まるほど業界にとって有益だと思っています。

なので今回は僕自身の見解も含ませながら、皆さんが考える上での素材になるようなイメージで書いていきます。それを前提に最後までお付き合いいただけますと幸いです。

それぞれの立場における「熟成」

そもそも熟成の意味するものとはなんでしょう。ググってみました。

熟成意味

まあ要するに時間経過とともに味がよくなることを「熟成」と呼びます。早速主観が入ってきそうな流れですが、貯蔵したものが美味しくなれば熟成、不味くなれば劣化。そういった分岐になるのだと思います。そもそも「醪が熟成する」と言いますし、出来上がった酒はすでに熟成してます。

それを考慮した時に、蔵元→酒販店→飲食店or一般消費者という流通の中で、この言葉が持つ意味というのは大きく変わってくると言えます。

まず蔵元と酒販店ですが、両者はある程度一致した部分があります。それは「酒のベースを示さなければならない」という点です。流通している酒の状態に1~5のフェーズがあったとして、蔵元は1の段階から一定の評価を得られる酒を出さなければなりません。

当然ですよね。おいしくない酒を出せば自分たちの首を絞めることになるのは自明ですし、多様な楽しみ方がされる今の日本酒市場において、「自分たちの酒はこれだ!この酒はこういう酒だ!」というベースが示せないと、下流の人たちが基準を持って楽しめないわけです。

そういう意味では特約店制度が主流になっていることもあり、多くの酒販店が蔵元と同様の基準で熟成を考えていると思います。蔵元とコンセンサスが取れているからこその特約店なので、そらそうなりますよね。

無論酒販店によってはまとめて仕入れたロットを自家熟成させて、蔵元の手が回らない部分で楽しみ方を提案してくださるお店もあるので、両者の価値観が完全にイコールではないことは補足しておきます。

次に飲食店ですが、ここで重視されるのは「自分たちにとっての付加価値」だと思います。熟成以前に、自店舗の料理やコンセプトに合わせた酒を揃えるのが飲食店ですよね。燗の付け方、温度変化、酒器の使い分け、ペアリング…etc.

酒は同じでも自宅では味わえない、そのお店でしか味わえないものであるから、いわゆる飲食店価格で酒が売られていてもみんな気にしないで飲みます。家で出てくるような野菜炒めにただテキトーに見繕った酒が「ペアリングです、価格は野菜炒め800円、酒は900円ね」と言われても納得できないし、そんな店でわざわざ酒を飲もうと思いませんよね。

飲食店における熟成はそのエッセンスの1つとなり得るわけです。自家熟成させてた酒が思いのほかおいしくなった、じゃあこれに合わせる肴をサービスしよう。自店でしか楽しめない味を提供するための手段としての「熟成」となります。

最後は一般消費者。ここだけは誰にも干渉されず&しない自分だけの世界を楽しめる飲酒シーンなので、自分の興味の赴くままに、言ってしまえば「実験」ができます。自分も他のお蔵さんの酒を飲むときはこの立場なので、好きなように燗つけてみたりして飲んでます。まあ、基本的に数週間で飲み切ってしまうので自家熟成に至ることはほぼないんですがね…(笑)

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つまり一般消費者は前出の他3者とは違い、唯一「自分のための熟成」を楽しめるポジションとなります。変な話、放置しすぎて不味くなっても自己責任。先ほど「実験」という表現を用いましたが、誰に勧めるわけでもないので思い切った冒険ができるのです。

一応補足しておきますが、同じ立場でもポリシーによって考え方は変わってきます。あくまでも一般論として捉えてください。

熟成に正解はない

僕が日頃燗酒ばかり飲んでいるのは耳にタコができるくらい言ってきたことでありますが、もっと言えば愛飲している多くの酒が「熟成酒」と呼ばれるジャンルです。メイラードで色づき心地よい熟成香が香る。みなさんも熟成酒と言われたらこの手の酒を思い浮かべるのではないでしょうか?

しかしこれが熟成酒のすべてではありません。例えば通念上熟成には不向きな「生酒」をあえて熟成させたいわゆる「生熟」の酒。実は日本酒業界でこれはめちゃくちゃ意見がわかれるジャンルなんですけど、一定数以上のおいしいと感じる層がいるわけなので熟成として成立しています。

あと忘れてはならないのが「ひやおろし」「秋上がり」と呼ばれるジャンル。これらは秋まで貯蔵して味が深まった頃合いで出す酒で、一番身近な熟成酒でしょう。他にも洞窟で熟成させた酒、水の揺れを利用した湖底・海底熟成と呼ばれる酒など、多種多様な熟成が存在します。そもそも前に書いた通り「醪が熟成する」と言うくらいなので、流通している酒すべてが熟成しています。身も蓋もないですね。

結局何が言いたいかというと、「熟成酒には明確な定義がない」ということです。当社も入会している長期熟成酒研究会では、「満3年以上蔵元で熟成させた、糖類添加酒を除く清酒」を「熟成古酒」と定義付けしていますが、これも熟成の基準を定めたものではありません。

熟成酒は茶色くないとダメなわけでもないし、独特の香ばしいフレーバーがないとダメなわけでもないし、何年も寝かせてないとダメなわけでもないし…。青冴えの熟成酒があってもよし。落ち着いた吟香が香る熟成酒があってもよし。1年以内の熟成であってもよし。「熟成酒」という一括りのジャンルで語るには余りにも広義的すぎるのです。

ちなみに当社の「長期熟成吟醸酒七福神」はこちらから。
https://kikunotsukasa.shop-pro.jp/?pid=133863923

酒ごとの最適解

ここまで読んだだけでも、「熟成論争」がいかに決着のつかないテーマであるかをおわかりいただけたかと思います。だからこそ自分の考えの押し付け合いバトルではなく、「自分の熟成酒愛PR合戦」に終始してほしいと感じるのです。

ところがです。正解がない熟成酒なのでどんな楽しみ方をしてもいいというのは正真正銘本音なのですが、それぞれの酒には飲み頃としてのベストがたしかに存在します。「どんな楽しみ方をしてもいい」と書いといて秒速で矛盾したことを書きますが、少なくともその「ベスト」にはリスペクトを持ちながら楽しまなければならないと思います。

(以下の文章5回ぐらい書き直しました)

あえてこういう書き方をしますが、酒は調味料を足してできあがる飲み物ではありません。予測はできても米の状態や菌類の働き等で出来上がりは変わってきます。そういう物だからこそ、いかにも早飲みに適していて冷蔵がベストだと思っていた酒が常温に放置してたらなんかうまくなった、的な隙が生じるわけです。調味料で造れるなら放置したら不味くなるように設計すればいいだけですからね。

ただし。各蔵元には独自のポリシーやスタイルがあり、市場に登場する酒はそれを体現したものです。そして酒屋さんから買って1年常温放置しないとおいしくならない酒を造って売ってる酒蔵はないです。だから買ってきたらまずその味を楽しんでほしいな、と。

よく買ってきた本を読まないことを「積ん読」(つんどく)なんて言いますけど、本とは違って酒は味が変化します。本は紙の色が変わることはあっても文章は変わらないですからね(笑)味が変化する酒でそれやっちゃうのもったいなくね?って思っちゃいます。

酒蔵と熟成

元々酒は熟成ありきだったってご存知でしたか?

江戸後期に生酛造りが確立された頃。12月~2月の期間に出来上がった酒は火入れを行い、秋口まで貯蔵されていました。この時に出荷される酒を「新酒」と呼びます。現代の新酒といえばフレッシュぴちぴちのイメージしかないのでギャップがありますよね。

そういった時代からパラダイムシフトと言ってもいいでしょう。現代の日本酒市場において熟成の存在感は大きく変化しました。なぜこうなったのか。

まず簡単なところで言えば保存環境が劇的に発展しましたよね。「冷蔵庫ができてからマグロの刺身が食べられるようになった」というのは有名は話ですが、日本酒においても同じですよね。蔵人しか飲めなかった生酒がどこでも飲めるようになった。「冷や酒」は常温を指す言葉だけど、それ以上に冷やすことが可能になったので「冷酒」という言葉ができた。

要するにフレッシュな状態で保存できる環境にあるため、熟成ありきで酒を考える必要がなくなったと言えます。これくらいはそこらへんの人でも言えることだと思いますので、次に酒蔵経営的な視点で見てみます。

…、結論から言うと熟成ってめちゃくちゃハイリスクです。例えばとある熟成酒が突然超人気銘柄になったとしましょう。現代の口コミによる拡散はすごい、1年足らずで蔵にあった酒が全部なくなってしまいました。どうなるでしょう。

そう、需要があるのに供給が追い付かなくなります。まだひやおろし程度の熟成だったら良いかもわかりませんが、2年熟成がマストだったらどうしましょう。2年も酒が出せません。その間にブームは終わってしまいます。

対してフレッシュな酒が同様の状況になった時。蔵に酒が無くなったらすぐさま生産して出荷できます。日本酒が地酒の枠を飛び越えて全国各地で飲まれるようになったことで、このような要素も大いに影響していると考えられます。

それにキャッシュフローの問題もあります。酒を造るには当然コストが発生しますが、熟成ありきだと出来上がった酒がすぐにお金になりません。継続して造り続けている銘醸なら問題はないかもしれませんが、仮に自分が日本酒ベンチャーで新ブランドを立ち上げるとしたらリスクしかない熟成酒は選択肢に入らないでしょうね…。

それこそ江戸時代ぐらいの酒蔵だと、自分の土地で米を作付けさせてそれで酒を造っていたでしょうから、そういったリスクもなかったでしょう。このように現代の酒蔵経営では熟成酒というのはなかなかに扱いづらいものとなり、文明の進歩とともにある意味必然的に在り方が変化したものと言えます。

最後に

ここまでつらつら書いてきましたが、最初に書いた通り今回は特に何か結論めいたものを書くつもりはありません。熟成の「要素」をひたすら書いてみました。いかがだったでしょう。正直結論のない文章を読むことほど苦痛なことないですよね、すいません(笑)

再度書きますが、この話題についてはどれか特定の考えが正しいというのはないと思います。定期的に話題に上ってみんなで熟成談議に華を咲かせる。これが大事だと思います。捉え方は置かれている立場によって違うので、僕らメーカーからすれば他の立場の意見が聞けることはとても新鮮で参考になることばかりです。

今回の記事が熟成談議の良い素材になれば幸いです。

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