ジャグジー風呂にご用心
週末に行った温泉の露天のジャグジー風呂で立て続けに2人のおじさんから話しかけられた。大抵どこでもそうだが、ジャグジー風呂は横に2つ並んだ形をとっているので話しかけやすい空間ではあるものの、突然の出来事に「なんだここは裏のオトナの社交場なのか」と少なからず辟易した。
ひとりは背の低い、歳の頃50代半ばと思しき男性で、相模原市のマンホールの蓋みたいな顔をしていた。彼はぼくに
「今日はいつもよりぬるいですねえ〜
いつもはもっとあったかいんだけどね〜」と、独り言のようなトーンで話す。
ジャグジー風呂に入る瞬間から強烈な視線を視界の端に捉えて、
「これはもう100で話しかけられるか乳首を捻り回されるかのどっちかだな」
と悟ったのだが、その予想が見事に的中。乳首捻りは外れたが。
もうひとりはボキャブラ世代の芸人(「X-GUN」とか「フォークダンスDE成子坂」)のメンバーにいそうな顔立ちをしていた。歳は40代くらい。
彼は唐突に、
「普段何分くらい入ってます?」
と聞いてくる。続けて
「どれぐらい入ってるのがいいのかな〜と思ってつい話しかけちゃいました」と。
「日によってまちまちですかね〜」とぼくが答えるや否や、彼はバシャ!っと湯からあがり、中の大浴場の方へと少しばかり垂れた尻を携えて消えていった。なんだお前。
この2人からのメッセージとはなんだったのか。なにか今後自分にとって大きな転機となる出来事への伏線なのか。ちょっと考察してみよう。
まず相模原のマンホールから。
「今日はいつもよりぬるいですねえ〜」。
これはつまり、温度に敏感な人の発言と捉えてよいだろう。いやしかし、温泉に入りに来る客で温度を気にしない奴などいないだろう。即ち温度に敏感であって然るべき。
彼はこの「ぬるさ」というものに僅かばかりの“不快感”を感じていて、それを誰かと共有したかったのだろう。だが露天風呂で外気が低ければある程度この「ぬるさ」というものは想像に及ぶものだろうし、かといってぼくに対してなにか話しかけるきっかけを作ったにしても弱すぎる。
「今日はいつもよりぬるいですねえ〜」。
待てよ。彼は「いつもより」と前置きしている。いつも入っている訳ではないぼくに対して何故「いつもより」を付けたのか。
つまりぼくはここのジャグジー風呂にいつも入っているような雰囲気、風体(風体といっても全裸だが)だったのであろうか。ただの湯船ではなく、ジャグジー風呂に。
ジャグジー風呂。ジャグジー。泡。あぶく。、、、あっ!!
まさかぼくが常にあぶく銭をチャラつかせている豪遊ロイヤル高慢ちき上級国民に見えたのか!なんて失敬な!
じゃあボキャブラおじさんはどうだ。
「普段何分くらい入ってます?」
うーん、ますますわからん。見ず知らずの赤の他人にジャグジー風呂の入浴時間の目安を伺うことになんの意味があるのか。しかもぼくひとりに聞いた所で統計が取れない。おまけに何分入ったからといってどうだというのだ。
察するに彼(ボキャブラおじさん)はジャグジー風呂に何分入ったかによって健康にどのような良い効果を得られるか、または逆に入りすぎることでどれくらい悪い影響をもたらすのかを知りたかったのであろう。
そんなことより去り際の垂れた尻が満月と重なってまるで皆既月(ケッ)食の如くであった。
「普段何分くらい入ってます?」は置き換えるならば、
「普段人間が定める時間の概念に則って考えるとおよそ何分ほど入ると体内の循環機能が活性化されるとお考えです?」といった所だろうか。
いやまてよ、もしかすると非合法なあっちの世界での隠語だとも考えられるな。たとえばぼくはその時の返答として
「いや〜日によってまちまちですね〜」と答えたのだが、その時の彼(ボキャおじ)の瞳の奥が一瞬色を失ったように見えた。彼からすればその曖昧なぼくの受け答えに「ああ、こいつはシロウトだな」と悟ったのだろう。
もしあの時「5分ですね!」などときっぱり答えていたら、あとで脱衣所で5gのコ◯インの類をこっそり渡されていたかもしれない。
ただの地元の温泉と侮るなかれ。このようなやりとりがあのジャグジー風呂で日夜繰り広げられていると思うとゾッとする。人間の言語を用いて高次元の世界へ彼らはいざなおうとしているのかもしれない。
まだまだ謎は深まるばかり。
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