見出し画像

白木のうそぶき

ヨークシャーテリアを放し飼いしている成城在住の白木弥生(62)さんの自伝的小説『嗚呼美しき薔薇色の日々」の出版を記念したイベントが秋葉原の書泉ブックタワーの男子トイレにて行われた。告知もなくゲリラ的に開催されたイベントにも関わらず、トイレには長蛇の列。
イベント開催を知らず用を足しに来た男性は最後尾の客に
「これは小の列ですか?大の列ですか?」
と問うが、それに対し客は
「どっちもだよ!」
と答えるのみ。我慢の限界を迎えた男性は最前列まで走り、白木弥生の座るテーブルに置かれた花瓶の中に用を足した。もともと水の入ってなかった透明の花瓶はすぐさま真っ黄色に染まり、会場はそれまでにない熱気に包まれた。



白木の半生はひと言で言うと壮絶だった。農家の跡取りとして家業を継ぐ傍ら、競馬中継の実況、そうめん流し器の実演販売、宅建業者のスーツの仕立て、全国の張り込み捜査官へのあんぱんのデリバリーピストン、左官のバイト他、数ある仕事を1日でこなす日々。しかし明らかに1日でこなすにはキャパオーバーであった。猫の手も借りたいほどに多忙を極めていたし、実際借りていた。
あまりに多忙を極めたせいで、とうとう3日目でガタがくる。なんと眼球がめり込んで後ろから出てくる難病、その名も『眼球後頭部』にかかってしまったのだ。これは大変だ。
しかしすぐさま知り合いのコネを辿り、指圧の神様ジェット浪越先生のもとを訪ねてなんとか完治までこぎつけることができた。ジェット浪越は言う。「君みたいな患者は実に92年振りだよ」と。お前何歳やねん。

しかしこんな困難にも耐え、働くことをやめない白木弥生。何故そこまで働くのか。
「ヨークシャーテリアがね、わたしに言うの。『私をケージから出せ』って。
わたし驚いちゃったわ。この子で14代目のヨークちゃんだけど、毎回わたしに駆け寄って言ってくるのよ、『私をケージから出せ』って。
おかしいわよね、ケージに入れたことなんて一度もないのにね、ハハハハハハハハハハハハハハハ」
そう言って紅茶を飲み干すと、白木はすぐさまヘルメットを目深に被り、香川県で張り込みをしている捜査官のもとへアンパンを届けに行った。







続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?