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『苺とチョコレート。』

2021-05-06

 我が家には「お風呂に入るときに一個だけ食べ物を持っていっても良い」という条例がある。
 今日はいちご温泉にしようか、と私が提案すると
「ねえ、とと。いちごにチョコレートを乗せようよ。そしたらチョコレートが喜ぶじゃん」
 私は狼狽した。いちごとチョコを両方食べたいという、条例に反した自らの欲求を実現させるために、ストレートに感情を訴え泣き喚く手法よりもずっと有効な戦略、すなわち、チョコレートを擬人化し苺と一緒になれた時のチョコレートの歓喜を第一に想起させることで、私がもっとも自然なかたちで受け入れたくなってしまうような、心理学に裏打ちされた提案を図ってきたのだ。
 彼女の思惑通り、そう言われるとぐうの音も出なくなってしまった私は、うろたえながらチョコレートの封を切ると、パンツを下ろした。


 風呂に浸かりながら、口のまわりを赤と黒に染めて幸せそうに笑う彼女を前にして、私の口腔内にも、甘酸っぱい苺の香りと濃厚なチョコレートの余韻が渾然一体となった、幸福の余韻が漂っていた。
 私はしばらく呆然としながら、その余韻の中にちゃぽんと身を委ねていた。

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